【愛の◯◯】OGの千葉センパイが邸(ウチ)に来た

 

『ピンポーン』とベルが鳴った。

 

「千葉センパイだ」

 

× × ×

 

スラリとした長身の、短髪……だったはずだが、

「……髪伸びました?」

「伸ばしてる、さいちゅう」

「どうしてまた」

わたしが理由をたずねると、

千葉センパイは穏やかに微笑み、

「羽田さんの……長い髪に、あこがれて」

「エッうそでしょ」

千葉センパイが……わたしの長い髪の……影響を……。

困惑していたら、

「ごめん、嘘」

「……え、え、じゃどうして」

「タカに言われたんだ」

「タカくんって、幼なじみの?」

「そ。――わたしも迷ったんだけどね。

 中途半端に…伸ばしちゃってるかな?」

「そんなことはないですけど」

「羽田さん」

「ハ、ハイ」

「あなたは――素敵ね」

「ととと唐突になにを」

「これから――もっともっと素敵になっていくよ、あなたは」

 

そ……そう言われましても。

 

わたしが困惑に困惑を重ねていると、

 

「憧れてるのわたし、羽田さんに。

 別にいいでしょ? 後輩に憧れたって」

 

「……とりあえず、玄関でいつまでも立ち話は止(よ)しましょう」

「あ、ゴメンね」

 

千葉センパイのお邸(やしき)訪問、

のっけから、ヒートアップな展開。

 

 

× × ×

 

 

「きょうは朝から大掃除で、体力使っちゃった」

「それなら遠慮なくくつろいでくださいね」

 

きのう香織センパイをもてなしたのと同じところに千葉センパイを案内した。

 

ソファにゆっくりと身を委ねる千葉センパイ。

 

「大掃除は――疲れますよね」

「となりのタカの家も手伝ってあげたから」

「それは――ふたりぶん疲れちゃう」

「毎年恒例なんだよ」

「家族ぐるみのつきあい――」

「そ。わたしとタカの関係も、親公認~」

「か、関係って!」

「えへへ」

「『えへへ』じゃないですよぉ、穏やかじゃない」

「でも羽田さんだってそうでしょ?」

「おっしゃる意味が――」

「アツマさん、アツマさん」

「ぐっ」

「親御さん公認なんでしょ」

「……イジワル言いますね、千葉センパイも」

「ふふ♫」

「なんか、葉山先輩みたい」

「影響されてるのかな」

「――たまには、千葉センパイも葉山先輩と会ってみたらどうですか?」

「それねー。最近あんまり連絡できてないし」

「葉山先輩はウキウキ気分で年を越すようです」

「うれしいことでもあったの」

「あったんですよ」

「どんな?」

「……『臨時収入』が、入ったんです、彼女に」

「へぇ~~っ」

「メロンソーダが100本ぐらい買えるような」

「えっなに、そのたとえ」

「…ほら、葉山先輩といえば、メロンソーダじゃないですか」

「ダメだよぉ~ひとを飲み物で象徴させちゃあ」

「…ノリいいですね、きょうのセンパイ」

 

「大学デビューしたわけじゃないんだけど、環境が変わって、気分がハジケたのは確かかな」

「いいんじゃないでしょうか…元気がないよりは」

「大学楽しいよ。早く入りなよ、大学」

「『受験』っていう手続きがあります」

「楽勝楽勝、羽田さんなら」

「あまり気を抜くと…」

「あなた、そんなにマジメだったっけ?」

「すっ、少しはマジメにもなりますよ!」

「マジメそうに見えて実はそんなにマジメじゃないところにも、わたし、憧れてるんだよ」

「せ、センパイがひどいっ」

「いまのは先輩の特権で言っちゃった☆」

「……ぜったい大学デビューしたでしょ。しましたよね!?」

「そうやってスネてる羽田さんもかわいいから憧れるな☆」

「…………なにか飲み物持ってきましょうか」

 

× × ×

 

どうしよう。

なんだか千葉センパイに振り回されてる。

わたしにしても、午前中はお邸(やしき)の大掃除だったから、

その疲れが、にじみ出てきちゃう感じ。

 

とりあえず飲み物を取りに行くと、

ダイニングにアツマくんがいた。

 

「千葉さんをもてなしてるんじゃなかったのか?」

「飲み物よ、飲み物」

 

わたしはインスタントコーヒーでいいか…。

 

…、

 

……、

 

………そうだ!!

 

 

ひらめいた!!

「ハァ!? いきなりなんだよ」

「アツマくん、

 わたしひとりだけだと、もてなし切れないの」

「なんだそりゃ」

「あなたもいっしょに千葉センパイ、もてなして」

「来い、ってか?」

「そうよ、わたしといっしょに来て」

「……」

「なにムスッとしてるのよ」

「……きのうはおれを部屋に軟禁していたくせに」

人聞き悪いわねえ!! きょうときのうは違うの

「めちゃくちゃだよ……おまえはほんとに」

そう言いながらも、

アツマくんは腰を上げた。

 

 

× × ×

 

 

「はじめまして、じゃ……ないですよね?」

「ああ。きみをどっかで見た気がする。

 どこだろうなぁ……大会がやってるプールで、だったかなぁ…」

 

ちゃんと千葉センパイの顔見て話しなさいよ。

 

「わたし千葉南(ちば みなみ)っていうんですけど、いっしょの大会、出てましたよね?」

そしてニコーッ、と笑って、

「――アツマさん。」

 

「あー、おれは、アツマだよっ」

「なんでそんな投げやりなのよっバカ」

「脇腹にパンチすな」

「なんで大学2年にもなって、ひとの顔見て話せないわけ!?」

「話せるよ……」

「なにテレビ画面向いて話してんのよっ、言ってることとやってること100%違うじゃないの!」

 

このままだと――アツマくん連れてきたのが逆効果になるじゃない。

役に立ちなさいよ。

 

「羽田さん、カリカリしないの」

「彼の態度がヒドくてなんとお詫びしていいのやら」

「わたしは――アツマさんと知り合えただけで、もうじゅうぶんうれしいよ」

「そんな…」

「なんでも言えるんだね――羽田さんは、アツマさんに」

どうしてうらやましそうな顔なの……センパイ

「わたし……タカに、なかなか、怒れないから。

 叱ってやらなきゃ、と思うことも、あるんだけどね。

 だけどタカ、あんまりからだとか丈夫じゃないし、傷つけちゃうかな…と思ってしまうと、あまり、強く当たれないんだ」

「――優しくて、いいじゃないですか」

「そっかなあ??」

千葉センパイは……わたしには真似できない、優しさを持っているんだと思います。

 それこそ…わたしのほうが…センパイに、憧れる。

 優しさをもっと、誇ってくださいよ

 

「そっかあ…。

 わたしはわたしで、いいのか」

 

「――愛は、すぐ脇腹パンチするもんな」

「空気ぶっこわさないでよ、アツマくん」

「どんな空気だよ」

「せっかく泣かせる展開に持っていけるところだったのに」

「そんなに読者は泣かせる展開お望みだったのか?」

 

アツマくんが『読者』とか言い出したので、

彼の後頭部にスコーン、と一発お見舞いした。

 

「……暴力的な後輩でごめんな、千葉さん」

「誤解を生む表現しないでっ、センパイに対しては、暴力的じゃないっ!!」

「言ってねーよ、そんなこと」

「問答無用!! 日本語力低すぎるのよ、あなたは」

「フン!!」

だからテレビ画面にはなにも映ってないでしょーが!!

 

「羽田さん」

「なんですか……」

「来てよかった」

「うそっ!」

「ほんと。

 だってさあ。

 ――夫婦喧嘩が見られるなんて、思いもしなかったもの

 

 

「……千葉センパイも、『夫婦喧嘩って言ったひとリスト』の仲間入りですか。」

「すごいリスト、作ってるんだねえ」

「……ほんとうは、作ってません。

 わたしだって……嘘ぐらい言います……」

「泣きそうな顔も、かわいい」

「……でしょ? 

 わたしかわいいんですから

「お~」

 

 

年の瀬に…、

なにやってんだか。

 

 

 

 

 

【愛の◯◯】OGの香織センパイが邸(ウチ)に来た

 

早いもので、ことしもあと3日。

 

年末だから、というわけでもないけど――、

お邸(やしき)に、特別ゲストがやって来ます。

 

 

「アツマくん、言ってあったと思うけど、きょうとあしたは、お客さんが来るわよ」

「…おまえの学校の先輩だっけ?」

「そうよ、OGよ。立て続けにふたり」

「なんだかあわただしいなあ」

「そんなこと言わないで、おもてなししてよね」

「どんな…??」

 

若干うろたえ気味のアツマくんに追い打ちをかけるように、

ピンポーン、とベルが鳴った。

 

「ほら、来たわよ」

「エッ、もうかよ」

「そんなにうろたえてないで、ちゃんと出迎えてあげてよ」

 

× × ×

 

大学生になって、

ずいぶん大人びた気がする。

そんな、印象。

 

待ってました、香織センパイ

「お邪魔するね、お邪魔しちゃうね、羽田さん」

「どうぞ、どうぞ」

 

そこらへんにボケーッと立っているアツマくんと、香織センパイの眼が合った。

「アツマさん……ですよね?」

人見知りモードのアツマくんは、

「はいそうですアツマです……。はじめまして、ですかね?」

なにが「ですかね?」よっ。

「たぶん、はじめましてですね。

 牧田(まきた)香織と申します。

 羽田さんには、文芸部でとてもお世話になって――」

「香織センパイ、お世話になったのは、わたしのほうですよ」

「そんなことないよ、羽田さん。――あなたはわたしの『文学の師匠』だから」

「大げさですよぉ」

「…大げさとか言うわりには、得意顔じゃねーか」

アツマくんはちょっと静かにしてて

「――香織さんは、文芸部の前の部長さんだったんですよね、たしか」

「――よくご存知で。」

「『静かにしてて』って言ってるのに! どうしてスルーするわけ!?」

「部活で愛を制御するのも大変だったでしょ」

「なに言い出すのよ!! バカッ」

「足を踏まなくてもいいじゃないのー、羽田さん」

「踏まなきゃ気がすまないんです」

「香織さん、なにか食べたいお菓子とか、ある?」

「……痛くないんですか? アツマさん」

「いちいち痛がっていられないのさ」

「すごいですね……」

 

なんかムカつくので、

 

「なによ、慣れてるだけじゃないの、あなたは」

 

すると、香織センパイは眼を見張り、

 

「……そんなに、アツマさんの足、踏んじゃうの?」

「この1年で300回は」

「デタラメ言うんじゃね―よ、愛」

 

カチンときた。

 

「アツマくんはもうどっか行ってて」

「そういうわけにはいかない」

「どうしてよ。自分の部屋で反省でもしたらどうなの」

「なにを反省すべきなのか知らんが……香織さんが食べたいお菓子を、おれはまだ聞いていない」

「どうしてお菓子にこだわるわけ」

「……おれだって、香織さんをおもてなししたいのさ」

「苦し紛れの言い訳……」

 

「さあ、食べたいお菓子を言ってくれ。たぶんたいていのリクエストには答えられる」

「そんなにお菓子がいっぱいあるんですか!? このお邸(やしき)」

「お菓子の家ができるくらいだ」

「それはすごい……。じゃあ、お言葉に甘えて――『パイの実』って、ありますか?」

「ある、ある」

「やった!」

「いま持ってきてあげるよ」

「わ~~い」

 

香織センパイとアツマくんが、お菓子で盛り上がってる……。

どうして、こういうことに……。

 

× × ×

 

 

「アツマさんを締め出さなくてもよかったのに」

「お菓子を出したら、きょうの彼の役目は終わりです」

 

香織センパイがお帰りになるまで部屋で待機してなさい、と命じておいた。

 

「厳しいんだね、アツマさんに」

「厳しくしてます」

「でも……、

 ときには優しくしたり、優しくされたりするんでしょ」

 

……そのとおりなので、

なんて言っていいか、わからなくなる。

 

「羽田さん――」

「はい…」

「――恋心が、顔に出てるみたい」

「…相変わらず、恋愛小説家の思考回路ですね」

「いまの羽田さん、かわいい」

そう言ったかと思うと、わたしを眺め回すようにして、

「ブラシ効果も――あったみたいね」

「ブラシ効果?」

「ヘアブラシ。」

「あー、センパイが、わたしにくれた、ヘアブラシ…」

「ちゃんと髪、整ってるよ。ひと安心」

「ちゃんとしますって。何歳だと思ってるんですか」

「18歳」

「……」

「――学校のこと、訊いてみたいんだけどさ」

「文芸部なら、順風満帆ですよ」

「だよね。あなたが部長なんだし」

「わたしだけ、がんばってるわけではなくって。

 みんな、がんばってますから」

「みんなのこと、見てるんだね、羽田さん」

「それこそ、部長として」

「あなたを部長にして大正解だったよ」

「ありがとうございます」

「――伊吹先生は、相変わらず?」

「そうですね、おおむね、相変わらず」

「だよねぇ」

「だけど――わたし、前よりも、伊吹先生は頼りがいのある先生なんだって、思うようになりました」

「ほほー」

「センパイ、わたし、志望校が伊吹先生の出身大学と同じなんですけど」

「ほほーっ」

「伊吹先生が好きだから……っていうのも、少しは、志望理由なのかも」

「おおおっ」

 

× × ×

 

「そっかー、哲学を専攻したいのね」

「センパイ。センパイわたしに、『教員免許をとったほうがいい』って言いましたよね?」

「うん、言った言った」

「教職課程の講義も、受けようと思います」

「やっぱりそうするべきだよ羽田さんはー。哲学専攻だったら、社会科かな?」

「社会科ですね」

「絶対、損はないから。……でもなんでまた、哲学?」

「話すと長くなっちゃいそうなんですよね」

「まあ進路のことだもの」

「長くなりすぎて、我慢できなくなったアツマくんが部屋から出てくるかも」

「そ、そんなに話すことあるんだ、志望動機で」

「志望動機だから、ですよ」

「そっか……」

 

カップに残っていたコーヒーを、ぐい、と飲み切って、

 

「わたしが志望動機について話すよりも先に――」

「んん?」

「香織センパイに――どうしてもお訊きしたいことがあるんですが」

 

センパイは、少し姿勢を正して、

 

「それってもしや、『恋愛小説』のこと?」

「やっぱりわかりますか。」

「だってさ――約束したじゃん、卒業間際に。

『いま書いている恋愛小説は、絶対に完成させる』

 ってさ。」

 

緊張感の芽生えを自覚しながらわたしは、

 

「………完成しましたか?」

 

すると、返ってきた答えは――、

 

とっくに完成したよ!

 

「嘘じゃ、ない、ですよね」

 

「嘘なわけないじゃない。もっと信用してほしいよー、後輩には」

 

「さっ、さすが、香織センパイです」

 

じつは、

ここまで有言実行だとは、思っていなかった。

 

「大学が夏休みになる直前には、出来上がってた」

「そんなに早く!?」

「それでね、せっかくだから、公募の新人賞に出してみようと思って――」

「と、投稿したんですかっ!?」

 

センパイはパイの実をひとくち食べて、

 

「うん、したよー」

 

と、平然と言ってのけた。

 

「け、け、結果は……」

 

胸の鼓動が速まったのも束の間、

 

「まるでダメだった。一次(いちじ)で終わり」

 

センパイは即答する。

 

「……ガッカリじゃ、なかったですか?」

「べつにべつに。

 一度負けたぐらいで、わたしへこたれないから」

「強いですね……すごい精神の強さ。

 わたし、香織センパイほど、メンタル強くないです…」

「そんなことなくない?」

「ありますっ!」

「――だとしても。

 アツマさんが、あなたの弱ったメンタルを、励ましてくれるんでしょ?」

「それは……元気づけてくれるひとは、彼だけじゃなくって……」

「アツマさんを大事にしないとダメよー。羽田さん」

「大事に…してます…」

「じゃ、もっともっと大事にするのっ。

 先輩からの、ご忠告~~」

それはそうとして!!

「わっ、ビクッた」

「……、

 小説書くなんて、わたしには、できません!!

 香織センパイは、たぶん――いや、たぶんじゃなくても、

 天才なんですよ。」

「あらら。まさかの天才認定」

「誇ってください。

 後輩からのお願い、です」

「『天才』ということばは、むしろ羽田さんのためにあるんでは」

「だって――、

 なにかを『創作する』なんて、全然わたし自信ありませんよ!?

 本をいくら読んだって、読みっぱなしで、オリジナリティなんか別の次元の話であって――」

「――でもさ? 自信あることなら、ほかにいくらでも思いつくでしょ?」

「じ……自画自賛は、したくないです……」

「そだなー。

 あなたが自覚してない、あなたの得意なこと、掘り出してあげたい」

「そんなことできるんですか!?」

「できるのよ、これが」

「たとえば、どういう……?!」

「羽田さんは……」

「わたしは……?」

「羽田さんは……教え上手。

 

「……根拠をお願いします」

「それこそ話すと際限なく長くなって、アツマさん出てきちゃうよ」

「そんな……!!」

「ヒント」

「!?」

「『教員免許』」

 

 

 

 

 

 

 

【愛の◯◯】「大好きなあんたのためなら無理できる」

 

「29日、大井競馬の東京大賞典

 30日、KEIRINグランプリ。

 31日、オートレースのスーパースター王座決定戦、ボートレースのクイーンズクライマックス――」

『ボカッ』と、マオが殴ってきた。

「マオは暴力をおぼえたのか」

見ると、ムカムカしたような表情で、

「ソースケ、あんたギャンブルのことしか頭にないわけ!?」

「『公営競技』と言ってくれ」

「まだ未成年よね、競馬法守るって、この前約束したよね」

「約束破ってないぞー。有馬記念も、観るだけだった」

有馬記念といえば――、

 羽田愛ちゃんの先輩が、万馬券、当てたらしいよ

 

アツマさんやあすかさんといっしょに住んでいて、なおかつアツマさんの恋人であるところの、羽田愛さんの、先輩――が、万馬券を当てた。

 

「サラキア……か」

「そうそうサラキア。その馬が、万馬券の立役者だったらしくて」

「――クロノジェネシスが主演女優賞なら、サラキアは助演女優賞だな」

「クロノジェネシス牝馬なんだよね。アーモンドアイも牝馬だし、牝馬のほうが強いんじゃないの?」

「グランアレグリアとかな。牝馬しか勝たん状態になりつつあるな」

「女の子が、男子と対等に渡り合える競技って――ほとんどないよね」

「そこが競馬の面白いところだ」

 

にしても、万馬券当てたっていう羽田愛さんの先輩は、いったいどんな買い方したんだろう。

馬単かな?

 

「けっこう身近に、同じような趣味のひとがいるもんだな」

万馬券当てた、愛ちゃんの先輩のこと?」

「そう」

「葉山さんっていうんだけどね、藤(フジ)先輩と仲良しなの」

「ほほお、藤村さんと」

藤村さんは、マオのひとつ前のサッカー部チーフマネージャーだったお人(ひと)だ。

愛さんの先輩ということは、葉山さんはあの超名門女子校に通っていたというわけで、

「藤村さん、どういう接点で、葉山さんと知り合ったのかな」

「――運命的な出会いがあったんだって」

「いつ?」

「ふたりとも高3だったとき」

「どこで?」

「サッカー部の練習場で。偶然練習場のあたりを散歩していた葉山さんに、サッカーボールが飛んできたのが、きっかけだったとか……」

「なんか、話せば長くなりそうな気配だな」

「そうだよ、いろいろあって、仲良くなって――、家庭教師みたいに、葉山さんが、藤(フジ)先輩の受験勉強を教えてあげたりしてたみたい。

 そして、ふたりとも高校を卒業したいまでも――強い友情で、結ばれてる」

「いい話だ」

「ソースケ、葉山さんとお近づきになりたいとか、思った?」

競馬ファンなのなら」

「わたしが葉山さんにあんたを紹介してあげよっか」

「やった~」

「…ただし、あんたがハタチになってからね」

「厳しい…」

 

× × ×

 

「それにしても、競馬からでしか話が広がらないようじゃ、ソースケも先が思いやられるわね」

「すまない……競馬のことばかり、考えてるわけでもないんだが」

「高校で、校内スポーツ新聞出してたときのあんたは、もう少し視野が広かったと思うんだけど」

「成長してないどころか、退化してるのかな、おれ」

「弱気な考えはやめてよ」

「大学に入ったはいいけど、新聞系サークルも出版系サークルも存在してなくってさ」

自分で作ればいいじゃない!

 

訴えかけるような眼で、

マオの気迫が、おれに迫ってくる。

 

「ソースケなら…できるよ。創意工夫あるんだし」

「…人が集まるかどうか」

「やってみなくちゃわからないよ」

「やる前に、よく考えてみないと」

「バカなの!? あんた」

呆れたようなマオは、

「『やりながら考える』に決まってんでしょ!!」

と、叱りつけるように言ってくる。

 

「やりながら、考える……」

人がものを考えるってのはね、なにか行動しながら考えるってもんなの

「……おまえかしこいな」

「悟(さと)ったんだよ。お店で働き始めて。

 飲食店で接客してると、考えてばかりいるヒマなんてないでしょ?

 自然と、動きながら考えるようになったよ。

 考えながら動いてる、とも言えるけど――どっちだっていい。

 とにかく、なにもしないで、ただ考えてるだけ……っていうのは、わたし、なんか違うと思う」

「――いいこと言うなおまえ。

 たしかに、ひとりで考えてると、考えが堂々巡りになって、なにも考えないのと同じになっちゃうもんな」

「だから――ひとり暮らししてるときのソースケが、心配でたまらないんだよ。年が明けて、大学始まったら、またひとり暮らしなんだし」

「大丈夫だ。ひとり暮らししてても、おれは鬱になってない」

「でもソースケは案外、生真面目になったりもするでしょ? いまの大学選ぶときだって、家族会議の連続だったって――」

「ま、それは過去だ」

「……約束、していい?」

「どんな約束?」

「わたしからの、約束……。

 わたし毎日ソースケに電話する。

 一日も欠かさず、電話するから。

 いいよね?

 どんなにお店の仕事で疲れてても、わたし、必ず声を聴かせる」

「……無理してないか? マオ」

うん。無理してる

「おい…」

「無理するに決まってんじゃん!!

 大好きな……あんたの、ためなら」

 

 

 

 

 

【愛の◯◯】愛の愛情表現が……好きだ。

 

愛が葉山と電話している。

 

と思ったら、

「センパイが代わってって」

と愛が言ってきた。

 

「なんだ葉山」

『あのねぇ、きょうの午後3時25分から、なにがあるか知ってる?』

「……どうせ、お馬さんだろ」

『あったり~~』

有馬記念か?」

『大的中』

「性懲りもねえなぁ」

『だって有馬記念がいちばん大事なレースだし』

「国民的行事、とか言うつもりか」

『そう言っちゃいたい勢いだよ』

「テレビでやるよな?」

『やらないわけないでしょ』

「観てやるよ」

『やった~~~』

「でも、愛に伝えれば、それで済む話じゃなかったか」

『羽田さん、高校生だから…』

「おれだってまだ未成年だが」

『早生まれ、か』

「そうだよ」

わたしのほうが……少しだけ、お姉さん

 

クッ……。

 

「おれにはむしろ……葉山は『妹』みたいだよ」

うそっ

「そんな声出すなっ、ビビるだろーがっ」

『戸部くん……ショックだな』

「……。

 有馬記念に、話を戻すが」

『どうぞ』

「どうせ――おまえが買った馬券のゆくえを見守ってくれとか、そういうオチがつくんだろ」

『そのとおり』

「めんどくせーやっちゃな…」

『あとから、戸部くんのスマホに、馬券画像送るから。予想の解説もつけて』

「おまえはおれに競馬を啓蒙(けいもう)したいのか」

『うまいこと言うねぇ戸部く~ん』

おちょくるような葉山の話しぶり。

つきあってられん。

キョウくんは……よくつきあえてるよな……。

キョウくんの前だと、態度も違うのか。

 

「キッパリと言っておく。ハタチになってもギャンブルはやらん」

『――ま、戸部くん意志固そうだしね』

「えーと、それからだな、」

『?』

「年末年始は、寒いから……体調の変化には、気をつけろよ、おまえ」

『……羽田さんより先に、言われちゃった』

「愛だけじゃなくておれだって心配してるってことだ」

『ありがとう……。』

「いい年越しを」

『戸部くんも、よいお年を』

「ああ。」

『羽田さんを、くれぐれもよろしく』

「はいよ…」

愛してあげてね……羽田さんの、名前のごとく……

 

…余計なっ。

 

× × ×

 

葉山の馬券画像が送られてきた。

また牝馬(ひんば)5頭ボックスを買ったらしい。

マイルチャンピオンシップのときと違うのは、『3連複』ではなく『馬単』であるところ。

つまり、有馬記念には牝馬が5頭出走するわけだが――首尾よく牝馬でワンツーフィニッシュとなれば、葉山の馬券は当たる……らしい。

 

 4:ラヴズオンリーユー

 7:ラッキーライラック

 9:クロノジェネシス

10:カレンブーケドール

14:サラキア

 

――ふむ。

 

『今年は牝馬の年だから!! 牝馬が強いから』と葉山のメールには書かれていたが、

 

ルメールは……買わなくていいのか?」

 

 

× × ×

 

 

愛が、ピアノでアジカンの曲を弾いている。

 

「あら、アツマくんじゃない」

「きょうはなんだか、朝から葉山に振り回されてるみたいだよ」

有馬記念がどうとか?」

「ハタチになったとたんにお馬さんにのぼせやがって」

「仕方ないでしょ。葉山先輩なんだし」

 

そんなに愚痴るもんじゃないのよ……と、おれに目配せしたかと思うと、ガンガンアジカンの曲を弾いていく。

 

「…受験勉強の、ウォーミングアップか?」

「よくわかったわね」

「でもどうしてアジカンなんだ。しかもほとんどが初期の曲」

「なんとなく」

「……ほんとうになんとなく、って感じだな」

 

演奏の手を止めて、おれの横を向き、少しうつむき加減になる。

微妙な間(ま)があく。

物思い?

なにか気にしてるんだろうか。

気にしているとしたら――、

もしかすると。

 

「愛……」

「……うん」

「もしや……おとといの夜のこと、まだ引きずってたりする?」

 

ハッとした顔になる愛。

 

「……『引きずってる』、っていうのは、少し違うかも。

 でも、アツマくん、あんなにわたしに積極的だったから……」

「びっくりさせちゃったか。

 邸(いえ)にふたりきりだったから、ついおれもヘンなテンションになっちまって……とか、言い訳ならいくらでもできるけど、

 おれは言い訳はしないよ。

 悪かった。――ごめんな」

「――素直に、謝りすぎ」

すでに愛は、おれと向かい合いになっている。

「もっと堂々としてよね」

立ち上がって、

一歩一歩おれのほうに近づき、

左肩にぽすん、と顔を乗っけてくる。

 

まるで――おとといの夜の、再現みたいに。

 

「――まだ午前11時だぞ」

甘えてくるような声で、

「それが?」

「おとといの……続きでも、したいってのか」

「おバカねぇ、あなたは」

左肩に顔をすりつけながら、

「違うってば。」

「じゃあ、なんでいきなりスキンシップを――」

「――ただ寒かっただけ。あなたであったまりたかっただけ」

「おれは毛布かコタツ代わりか」

「そんなこと言ってない!」

苦笑いしながら答える愛。

「からだがあったかくなんないと、勉強はかどらないもん」

 

 

 

「ありがとう、アツマくん」

そう言って、愛は自分の部屋へと引き上げていった。

 

残されたおれは、その場にあぐらをかいて、悶々(もんもん)とする。

 

……愛は、とつぜん甘えてきやがるから、心臓に悪い。

突拍子もないスキンシップを繰り出してくる……。

 

だけど、

なんだか、

あいつの愛情表現は、ぜんぶ受け入れてやりたくなる。

 

あいつの突拍子もない愛情表現が、

おれは、好きだ。

 

 

…愛の体温が、

ほのかに、残っている。

 

 

 

 

【愛の◯◯】姉に代わっておしおきよ!?

 

「~♫」

「楽しそうですね、あすかさん」

「利比古くんだ」

「ハイ利比古です」

「……利比古くんも元気いいね」

「――あの、」

「なに?」

「それが、もしかして、『ホエール君』ですか?」

「あー、わたしが持ってるぬいぐるみ?

 そうだよ、これが『ホエール君』」

「かわいいですね」

「でしょっ?

 ――これ、実は2つ目の『ホエール君』なの」

「? どういうことですか」

「もとからあったのに加えて、きのう、ゲームセンターのクレーンゲームで新しいのをゲットできて」

「ああ、同じぬいぐるみがもうひとつ、手に入ったんですね」

「厳密には同じじゃなくて、微妙に違うんだけどね」

「デザインが、ですか?」

「まー、そゆこと。

 これ、ホエール君『2号』」

「『1号』は――」

「部屋に吊るしてある」

「なるほど」

「――さわってみる?」

「え」

「――ま、さわってもなんにも面白くないか」

「そ、そんなことないです」

「テンパるとこ? そこ」

 

「利比古くんは、ゲームセンターとか行かないの? わたしもたまにしか行かないけど、きのう行ったら楽しかったよ」

「そういえば、行かないですね」

「興味ないの」

「興味ないというか、お小遣いをあんまりムダ使いしたくないというか」

「……ケチ? 利比古くんって」

「かもしれません」

「『かもしれない』じゃないよ、利比古くん絶対そうだよ」

「け、ケチって決めつけないでくださいっ」

「あのねー、あなたがあいまいな物言いばっかりしてるのが、いけないんだよ」

「う」

「『う』じゃない。

 ゲームセンター行くのに気が進まないとか、そういうわけじゃないんでしょ? 予算の都合以外で」

「…はい。」

「じゃあ、こんどわたしといっしょに行ってみよっか」

「あすかさん…と!?」

「わたし同伴がイヤなの」

「違います。……ただ、姉もゲームセンター行きを自粛したことですし」

「利比古くんは、おねーさんじゃないじゃん」

「はい……」

「利比古くんは、利比古くんだよ」

「はい……」

「決まりだ。こんど連れていく」

「決定なんですか」

「あなたの相づちの打ちかたがワンパターンなのが悪いんだよ」

「はい……」

「――次から、同じ相づちを3回続けたら、おしおきだからね」

 

× × ×

 

「なんか怒らせてしまったみたいで……すみません」

「あなたが怯えるほど怒ってはいないよ」

「で、でも、怒ってはいる、ってことですよね」

「さーどうかなー??」

「…『あいまいな物言いはやめて』って、あすかさん言いましたけど。

 あすかさんにしたって、微妙な物言いを……」

「不満??」

「怒ってるのか怒ってないのか、ハッキリしてほしいです」

「怒ってる」

「……どうお詫びしたらいいですか」

「そうねえ。

 そこにPCがあるでしょ?

 このPCで、いまからわたしの作ったプレイリストを再生するから、利比古くんはずっと聴いていなさい」

「えっ、音楽聴くだけでぼく、許されるんですか」

「プレイリストを2時間聴かされるの刑」

「どんな刑罰ですか……」

「2時間ってそうとう長いよ」

「……集中力には自信、ありますけど」

「お」

「『お』じゃないですよ、あすかさん」

 

× × ×

 

「これは――なんて曲ですか?」

「どーして自分から確認しようとしないのっ、画面に表示されてるでしょっ」

「見ていいんですか、あすかさんのPCの画面」

スマホじゃあるまいし」

「では――」

ちょちょちょっと、寄りすぎ!!

あすかさんがうまくどけてくださいよっ

 

「――トライセラトップスっていうバンドの、『Raspberry』って曲なんですね」

「そうだよ、わたしのバンドのレパートリーなの」

「『ソリッドオーシャン』でしたっけ……バンド名」

「利比古くんが酷評したバンド名ね」

「改名する案は出ないんですか?」

「棚上げ」

「……それはそうと、『Raspberry』はいい曲ですね」

佐野元春が褒(ほ)めたって、ウィキペディアに書いてあった」

佐野元春……?」

「利比古くん勉強不足だぁ」

「べっ勉強不足もなにもないと思いますけどっ!」

「急に早口になった」

「……いじめないでください」

 

「ほら、これが佐野元春の曲だよ」

「もろに1980年代って感じ、ですね」

「よくわかったね、さすがおねーさんの弟。

『SOMEDAY』ってアルバムに入ってるんだけど――82年、だったかな」

「もう40年近く前――」

「どんどん時代、さかのぼってるね。トライセラの『Raspberry』にしたって97年のシングルだし」

「――、

 いい曲だったら、時代とか、関係ないじゃないですか

おおっ!?

「オーバーリアクションは自重してくださいよ……」

「だって、お兄ちゃんと真反対のこと言うんだもん、利比古くんが」

「真反対って」

「お兄ちゃんはとにかく時代にこだわるの。ブリットポップは平成だとか、ブリティッシュ・インヴェイジョンは昭和だとか」

「はぁ…」

ビートルズ来日が昭和41年だよね、とか言ってくるの。お兄ちゃんヒドくない!?」

「そう言われても…」

「…その点、利比古くんは、かしこい。『いい曲に時代は関係ない』なんて、なかなか言えない」

「久々に…あすかさんに、褒(ほ)めちぎられた気がします」

「あらそう。もっともっと、『かしこい』って言ってあげようかしら?」

「なっなんでいきなり姉のような話しかたになるんですかっ」

「マイブームなのよ」

「ええぇ」

「さて、このプレイリスト、まだまだ先は長いわよ。」

語尾が……

「しっかり聴きなさいよ~」

「あすかさん、語尾が」

「聞き分けがないわねえ。姉に代わっておしおきよ」

「――単に、サマになってないです」

悪かったわね!!

「……あすかさんはあすかさんなので……」

 

 

 

 

 

【愛の◯◯】アツマくんと、ふたりきり

 

ハンバーグを作ったんです。

 

ただのハンバーグじゃ、面白くないから、

 

・目玉焼き乗せ

・和風ソース

 

こんな工夫をこらしてみた。

 

……果たして、

これが『工夫』と言えるのかどうか……。

 

アツマくんが喜んでくれるのなら、別にいいんだけど。

 

× × ×

 

ところできょうの夜は、お邸(やしき)の3分の2が不在です。

 

利比古も、

あすかちゃんも、

明日美子さんも、

流さんも、

 

みんな――出かけてしまった。

 

 

えー、つまり、

12月25日の夜は、

アツマくんと、ふたりきり。

 

 

 

× × ×

 

「アツマくんサラダももっと食べてよ」

そう言って、彼のサラダを山盛りにする。

「こんな食わせる気か」

「野菜は大事よ」

「もうじゅうぶんサラダは食った気がするが…」

「ダメよ。自分に甘えちゃ」

「なんじゃそりゃ」

 

文句を言いつつも、わたしの盛ったサラダを彼は食べてくれる。

まじめ。

「美味しい?」

「ああ。美味しい。」

わたしはうれしくなって、

「ハンバーグは?」

「美味しい。」

「どのくらい美味しい?」

「え……」

迷いながらも、彼は、

「ひゃ、百点満点。A判定」

「なにそれ」

可笑(おか)しくて、いまにも爆笑しそうになってしまうわたし。

「おれがせっかくホメてんのに」

「ごめん~」

 

 

 

『ごちそうさまでした』

 

「愛、後片付けはおれがやる」

「え、いっしょにやろうよっ」

「おまえは休んどけ」

「どうして?」

「おまえひとりで料理、作ってくれたんだから……せめて、後片付けぐらいは」

「恩返し、ってこと」

「そうだな」

 

こうして後片付けはアツマくんに任せることになったが、

彼が食器を洗っているあいだも、わたしはテーブルに居座っていた。

 

「…なぜそこを動かない」

「見守ってるの」

「かえって集中できなくなるだろ」

えぇ~~ひどい~~

 

すると、なにかピンと来たように彼は、

「あーわかった。おまえがここに居続ける理由」

 

う。

 

「リビングにひとりでいるのが、さみしいんだろ」

 

どうしてわかるの……

 

笑いをこらえきれないようにして、彼は、

「バレバレ」

「……だって、あっちに行っても、だれもいないでしょ」

 

ふたりきりなんだから。

 

「おまえは案外さみしがりやだもんな」

「だれだって、ひとりはさみしいものでしょっ」

 

――せっかく、彼がいてくれて、ひとりきりじゃないんだから。

 

「今夜はアツマくんについてくよ」

「なんじゃそりゃ」

「……『なんじゃそりゃ』が口癖なの? 食事中も言ってたよね」

「悪かったな」

「とにかく……アツマくんのそばで、過ごしたいの」

「おれにひっつきたい、ってか」

それは……その……

「図星なんだな」

 

 

× × ×

 

スカパーの音楽専門チャンネルを観ている。

今年ヒットした曲を振り返る、的な番組。

でも、今年の流行が、サッパリわからない。

 

大きなソファで、彼と寄り添っている。

こんな夜ぐらい、距離はゼロでいたい。

 

「退屈そうだな」

「さすがにわかるのね」

「映画でも観るか? といってもおまえ、あんまり映画が好きじゃなかったっけか」

「よくわかってるわね」

「せっかくDVDもブルーレイも山ほどあるんだけどな…」

「あなたにしたって、あまり映画やドラマ、観ないでしょ」

「若干、宝の持ち腐れ状態だな、邸(ウチ)の円盤のストック」

「『円盤』?」

「DVDやブルーレイのことだよ」

オタク用語みたい」

「便利だろ、漢字2文字で言えるんだから」

「……いずれにせよ、映像を観る以外のことがしたいわね」

「アナログのボードゲーム、とか?」

「う~~~ん」

アナログゲームも、なぜか世界中から取り寄せたみたいに、いろいろ邸(ウチ)には揃ってるんだが…」

「…わたしが絶望的に弱い」

「だよなー。なんのゲームだったら、おまえと楽しめるんだろうか」

「――もっと原始的なゲームをしない?」

「なに、『しりとり』とかか」

「どうしてわたしの思ってること伝わるの」

「それは……、

 おれとおまえ、だからじゃないか

 

一瞬の静寂。

 

「……しょうがないなあ、アツマくんは」

「恥ずかしくなってきた……」

「言ったこと後悔しないでよね」

「…了解。」

「よろしい。

 じゃあ、しりとり、やろうよ」

「先攻は?」

「アツマくん」

「んーっと…『りんご』」

「『後藤明生(ごとうめいせい)』」

「!?」

「えっ、作家の名前よ」

「……『伊坂幸太郎』」

「『宇野千代(うのちよ)』」

「よ……『吉田修一』」

「『チャールズ・ディケンズ』」

「そんなのありかよ」

「なに言ってるの」

「ず……『図画工作(ずがこうさく)』」

「アツマくんが日和(ひよ)った」

「うるせっ」

「『工藤直子』」

「『小島信夫(こじまのぶお)』」

「よく知ってたわね、進歩だわ。

織田作之助』」

「け? …『蹴りたい背中』」

「作品名なの? じゃ、『カラマーゾフの兄弟』」

「『一千一秒物語』」

稲垣足穂かあ。…『リア王』」

「『海がきこえる』。……どうだっ」

「『ルバイヤート』」

「チッ」

「ざんね~ん」

「と、『東京アンダーグラウンド』」

「漫画じゃない、それ」

「関係ない、しりとりは続行するんだから……、

ドラえもん』って言ったら、負けだからな」

「『動物農場』」

「一瞬で文学に戻しやがって」

「ムダ口禁止!」

「けっ。……『ウナギの蒲焼き』」

「あきらめたのね」

「おれを見下(みくだ)したような顔すんな」

「してないわよ! 『北村薫』」

「『ルンバ』」

「『バルガス・リョサ』」

「『笹かまぼこ』」

「『小林信彦』」

「『小泉今日子』」

「『近藤真彦』」

おい!!

「なんにもルール違反してないわよ」

「……」

 

× × ×

 

「ずいぶん盛り上がって、よかったわね」

「しりとりは苦手じゃないみたいだな……おまえ」

「時間つぶしにもなりそう、しりとり」

「際限がなくなることもあるのが、難点だがな」

 

 

「ところで……利比古、遅いね」

「あいつが真っ先に帰ってくるはずなんだが」

「LINEは既読になってるけど、メッセージが返ってこない」

「不安か?」

「ま、まあ、取り込み中なんでしょう、弟は、弟で」

「ごまかすなよ」

 

アツマくんが……ぐーっ、と近づいてくる。

 

「……アツマくん??」

「おれだって……『家族』のことは、心配するから」

「『家族』……って」

「利比古のことに決まってんだろ。あいつだって『家族』なんだ」

「……そ、そうとも言えるよね、あはは」

焦りながら、あいまいな態度をとっていたら、

わたしのスマホの通知音が鳴り響いた。

 

「――あ、よかった。利比古、もう少ししたら帰ってくるよ」

「ふー」

「『心配させちゃって…』って、利比古、謝ってくると思うけど、怒らないであげてねアツマくん」

「べつに怒んねえ。ただ……」

「?」

「おまえとふたりきりでいられるのも、あと少しだけか」

 

そう言ったかと思うと、

顔を、急接近させてくる。

 

わたしと彼、

どこからどう見たって、見つめ合い状態。

 

しかも、

顔と顔の間隔が――ほとんど、ない。

 

「アツマくん……あなた、どうしたいの」

 

彼はなにも言わないで、

わたしの両肩を静かにつかみ、

それから、抱き寄せてくる。

 

彼の左肩に、わたしの頭が重なる。

 

どくどくどくどくどく……と、心拍数が無限に速くなる。

 

 

キス…なら、少しは、したことあるんだけど、

 

こういうシチュエーションは……初めてなのでは!?

 

落ち着けわたし。

 

キス、とか、そういうのだけじゃ、物足りないような、

そんな、意志――?? が、彼から伝わってきてるような、

感覚がある。

 

キス以上って、

それって、

まさか。

 

いや、ここ、リビングだし。

アツマくんは、そこらへんをわきまえていないような、男子じゃない。

 

でも……でも……この勢いは、なに!?!?

 

 

「愛……」

「なに……」

「いつまで……こうしてたい?」

 

拒絶なんて、できっこなく、

極度に気持ちがこんがらかりながらも、

アツマくんのほうに、どんどんからだを寄せていく。

 

このままだと、ブログの一線を超えてしまう…みたいな、危機感をおぼえ始めていたら、

 

スタスタスタ……という足音が、玄関のほうから聞こえてきたので、

ふたりとも、我(われ)に返っていく。

 

 

 

「ただいまー。お姉ちゃん、連絡遅れてごめんねー」

「……」

「どしたの? 発熱したみたいに。

 しかも、アツマさんまで、なんだか熱(ねつ)っぽく――」

「……」

「体温計、要(い)る?」

「……そこまでしなくていいの。

 エアコンの、設定温度……できれば、2度くらい下げてほしいかな」

 

 

 

 

 

【愛の◯◯】ダウンジャケットの袖

 

桜子は、駅にすでに来ていた。

 

「遅いよー」

待たせたのは、事実。

「岡崎くんからわたしを誘ったんでしょうが」

「そうだな。そうだったな」

まったくもう……といった顔で、

「早くやろうよ。

 独自オープンキャンパス。」

 

× × ×

 

おれと桜子のふたりだけで、

独自オープンキャンパス

 

…とはいっても、

冬休みに入って講義のない大学のキャンパスを、ぶらぶら歩き回って、雰囲気を吸収するだけ。

だいたい、『オープンキャンパス』とは本来、学生を募集する大学側の立場からの名称のはずである。

なんだか、おかしい。

 

 

おれたちはアツマさんの通っている大学に来ていた。

「人が少ないね」

「そりゃそうだ」

「アツマさんいないのかな」

「さーな」

桜子はイジワルに笑い、

「ここまで来たら……会ってみたいんじゃないの?」

 

違う……。

それはきょうの目的じゃないんだよ、桜子。

 

「学生会館とかあるんでしょう? アツマさん音楽を聴くサークルに入ってるって聞いたよ。もしかしたら――」

「いや、きょうはいいんだ、ホントに」

無理強(じ)いしたかな……と反省顔になる桜子。

 

少し、ドキッとする。

 

桜子の反省顔が……かわいいから。

 

「顔をそらさないでよ、岡崎くん」

桜子は気を取り直していた。

「受けるんでしょ? ここの大学。

 わたしもたぶん受けるよ」

「――マジか」

「ぶっちゃけて言うと――すべりどめ、みたいな感じだけど」

「おれはすべりどめじゃない」

「第一志望なの?」

「さあなぁ。秘密だ」

 

 

足を止めて、

桜子に向かい合う。

 

「桜子。きょうのおまえは……」

「え、なに」

「……私服だけど……」

「う、うん……」

「……なんか、センスがズレてるな」

「!?

 突拍子もないこと言わないでよ」

「もうちょっと…なんとかならないのか」

「べつに奇抜な格好してないじゃない!」

「そういう意味じゃない」

「どういう意味」

「…………ダサい」

 

おれを置き去(ざ)るようにして、

キャンパスの出口に向かい、早足でどんどん桜子が歩いていく。

 

失望させちゃったかな。

――大事なことを言う前に。

 

× × ×

 

学生街が形成されている。

12月24日だけに、クリスマスの雰囲気に、学生街は包まれている。

定番のクリスマス曲が鳴り響いている。

 

「さっきはすまなかった」

まだ、不満そうだったが、

「12月24日に免じて許してあげる」

なんじゃ、そりゃ。

「――見て、楽器屋さんがあるよ」

ほんとうだ。

エレキギターだ。

「あすかちゃんだね」

「あすかさんだな」

ふたりでウインドウを見る。

「ねえ、岡崎くんもなにか楽器をしたほうがいいと思うよ」

……。

「今度は、おまえから突拍子もないこと言ってくるのかよ」

「岡崎くん、特技は?」

「……射的。」

「お祭りの、射的?」

「まあ、そういったゲーム、全般かな」

「あんまり役に立たないね」

……ひでぇ。

「ゲーセンのモグラ叩きとかワニワニパニックとか、そういうのも得意なんだ」

無様(ぶざま)にも食い下がってみるが、

「動体視力や反射神経がもともといいんでしょう? もっと価値のあることに活用したほうがいいよ」

「価値のあることって…、なんだよ」

はぁ……と白いため息をつく桜子。

「いっぱいあるでしょうに」

 

書店に、

強制的に連れていかされた。

学習参考書のとなりに、児童書コーナーがあって、

どうやら桜子はそこがお目当てらしい。

「『絵本なんか見てどうなるんだ』って顔してるわね」

悪いか。

「あ。あった。わたしの好きだった絵本。

 クリスマスシーズンだから、平積みされてると思ったけど、やっぱりだった。

 ねぇ岡崎くん、絵本ってすごいロングセラーが多いんだよ。

 わたしの好きなこの絵本も、そう。

 わたしのお母さんが産まれたてのころから――おばあちゃんが読み聞かせていたんだって」

「三世代、か」

「ま、そういうことね」

「買うか?」

「買おうかな」

「半分出すぞ」

なんなら……ぜんぶ出してやろうか?

「…わたしの私服ダサいって言ったの、そんなに謝りたいの」

吹き出しそうに笑いやがって。

おれは本気だっ。

「なら…半分カンパしてよ。

 クリスマスプレゼントと思って、受け取っておくよ」

「……」

 

× × ×

 

夕方に近づき、

街のテンションが上がっていく。

 

12月24日ならではの賑わい。

 

騒がしさのなかを、桜子と歩いていく。

 

――騒がしさを突き破るように桜子が言ったのは、

ジングルベルのメロディや鐘の鳴る音が喧(やかま)しく反響する、

学生街のメインストリートの真っただ中に来たときだった。

 

「――瀬戸くん誘わなかったのは、意味があるんでしょ」

 

ドクン、と胸が跳ねあがる。

 

「そりゃあ……おまえだけ誘う、ってことは、そういうことだわな」

「そういうことってどういうこと」

「うっ……」

「うろたえないでよ。具体的に140字以内で説明してよ」

「140って、ツイッターかよ」

「140でも150でも160でも何文字でもいいんだけど、」

「デタラメかっ」

「うるさいわね。これは現代文の記述問題の練習兼ねてるんだから」

「――」

「どうしたの?」

「――現代文の試験問題とは、ワケが違うんだ」

 

桜子は相づちも打ってくれない。

 

「試されてるのかな――いま、おれ。

 試験、というか、試練、というか。

 制限時間というか、制限『期間』も、あるし。

 スポーツ新聞部の締め切りは、ある程度ごまかしはきくけど、

 この『締め切り』は……守らないと、取り返しつかないから」

 

「……岡崎くん」

 

「ん?」

 

「……」

「……」

 

 

やけにためらってんな、と思った、瞬間、

 

「…岡崎くん。

 わたし、

 うすうす、気づいてきてる――」

 

 

群衆のなかで、立ち止まる。

 

予想外の行動だった――、

 

桜子が、おれのダウンジャケットの袖を、つかんできたのだ。

 

「岡崎くん、伝えたいことがあるんだよね」

 

桜子の話し声が微妙に震えている。

 

「――先に、

 先に、わたしから言わせてもらえない?

 実はね、

 わたしから、打ち明けたいことも――あったのよ」

 

めまいがするぐらい、

寒い。

 

「――フラれちゃった。

 瀬戸くんに、フラれちゃった。」

 

 

 

「それが――告白代わり、ってか」

 

「告白? どうなのかな」

 

「桜子。おれはちゃんと、言い切るよ、これから」

 

強くなる、彼女の握力。

 

「大声出たらごめんな」

 

彼女の握力はますます強くなる。

『早く言ってよ、言い切ってよ』

こころの声が、伝わってくる。

 

だから。

 

「ずっと、言おうと思ってたんだけど。

 

 桜子。

 

 おれは、桜子のことが――好きだ。」

 

 

 

 

 

 

 

【愛の◯◯】夢とケジメと

 

桜子と、話をした。

 

とてもとても大事な、話をした。

 

お互いに、つらい話でもあった。

苦さの残る、会話。

 

 

 

 

 

避けられない痛みをともなう通話を終え、

スマホをカツン、と机に置く。

 

カレンダーが眼に入る。

きょうは、23日は、もう祝日じゃない。

 

祝日じゃないのなら――、

いっそ、

おれがケジメをつけた記念日にしてくれ。

 

瀬戸宏(せと こう)の、ケジメ記念日。

 

× × ×

 

あまり、眠れていなくて、

気分が正常とはいえない。

 

それでも、

ド根性振り絞って、

できる限り真面目に、桜子に語りかけた。

 

虚脱感。

 

パワーが湧いてこない。

 

けれども。

 

おれにはきょう、もうひとつ、やり遂げなければいけないことがあるのだ。

 

腰を上げろ、おれ!!

 

 

神岡恵那(かみおか えな)がいる、

約束の場所へ――。

 

 

× × ×

 

 

自販機で売っていたエナジードリンクを喉にブチ込んで、

ロビーで恵那を待つ。

 

寝不足と緊張とエナジードリンクの相乗効果で、

座って待ち続けるおれの眼は血走っていたかもしれない。

 

 

視界に、

室内温水プールの更衣室から出てきた、恵那のすがたが、入ってきた。

 

立ち上がる、おれ。

入れ替わるように座る、恵那。

 

「――いつから観てたの」

眼の前に立つおれを見上げて、恵那が訊く。

プールでの自主練習をいつから観覧席で観ていたのか、訊いているのだ。

「ちょっと、遅刻したけど、

 でも――、だいたいは、観させてもらった」

脚を組む恵那。

「――キモっ」

神岡恵那という女の、定番の捨てゼリフであり、定番の決めゼリフだった。

「キモくてごめんな」

「あのさぁ。

 わたしがプールから上がって、着替えて出てくるまでのあいだ、ぜったいヘンなこと考えてたよね」

「あまり大きい声でそんなこと言うなよ…」

「だれもいないじゃん、周(まわ)り」

「おまえは周囲にだれかいても言いそうだから困るんだよ」

からだが、あったまってきた感じがするのは、

エナジードリンクの効果か、恵那と話しはじめた効果か。

「ヘンなことは一切考えてない。

 その反対だ。

 真面目なことを、本気で考えていた。」

おれの本気度を測るようにして、恵那は見上げてくる。

ここにいても――ラチがあかない。

 

「公園。」

不器用におれは言った。

「公園、あるだろ、すぐ近くに。公園なら、ゆっくり話せる……ところもある」

 

 

× × ×

 

 

「いつまでたってもハッキリした物言いになんないね」

おれを突き飛ばすような、罵倒の威力。

「そんなんでマスゴミ…じゃなかった、マスコミに就職できるわけないでしょ」

「どうして、大学受験をすっ飛ばして、職業選択の話になるかなぁ」

「あんたの部活の人間は、全員マスコミ志望だと思ってた」

認識が大ざっぱすぎる。

「違うって」

「嘘っぽい」

「断じて違う」

「……ふん。」

 

小高い丘。

回りくどいやり取りは終わりにして、

あの丘に登って、

するべきことを、してしまいたい。

伝えたいことを、恵那に言いたい。

 

おれは丘の上に続く階段に、足をかける。

そして、ずんずん登っていく。

決して、ラクな上(のぼ)りではない。

 

――古傷がジンジンする。

 

だけど、おれは我慢する。

 

うしろにピッタリと、恵那がついてきてくれている。

 

× × ×

 

古傷を耐えしのんで、立ちながら、丘の下の景色を見渡す。

 

つまらなそうに……かどうかはわからないが、石で出来たベンチのようなところに、ちょこん、と恵那は腰かけている。

 

景色眺めもそこそこに、

「なあ、真面目な質問していいか?

 ……いいんだな。

 じゃあ質問するぞ、

 恵那は……何になりたい?」

 

「将来、何になりたいか?」

「そうだよ。

 おれの職業選択のことまで気にしてるってことは、おまえにも、なにか、未来予想図があるってことだろう」

 

足をバタバタさせる恵那。

そっくりそのまま、バタ足だ。

 

「その身振りは――、しっかり考えがあるのか、なにも考えがないのか、いったいどっちなんだ」

 

「――逆に訊くけど。

 宏は……何になりたいの」

 

きょう初めて、名前で呼ばれた。

それはそうと、

 

「強引に、訊き返す。

 …将来が未定の、証拠だな」

すかさず恵那が、

「べつにっ。なんにも考えてないとかそういうわけじゃっ、」

おれはさぁ

甲高い声で、恵那をさえぎる。

「おれはなぁ!

 何になりたいかっていうと、

 おれは恵那の――夢の支えに、なりたい!!」

 

『夢の支え』って……なんなの…。

 マンガやドラマの主人公みたいなこと言って……。

 いったいなんのつもりでそんなこと言うの……宏

 

恵那は一気にテンパり通(どお)しになって、

慌てに慌てた声を出す。

 

告白……みたいな

 

うろたえ気味のことば、そのことばが――宙(ちゅう)に浮いている。

 

恵那。

 となりに座らせてもらうから

 

はっきりと、きっぱりと、おれは言って、

ドン、と恵那の左隣に腰を下ろす。

 

弾(はず)みで、古傷が喘(あえ)ぐ。

だけど、それがなんだっていうのか。

 

不安そうな、

オドオドしたみたいな、

恵那の様子。

 

感情があからさまに顔に出ている。

強い気持ちが、へたりこんで、

弱々しい眼つきになっている。

 

小刻みな、彼女のからだの震えを、感じ取る。

 

見つめあって、ことばを喪(うしな)ったのは――、

恵那のほうだった。

 

今なら、

勝てる。

 

「おれの夢になってくれよ、恵那。」

 

 

…そのひとことで、

恵那はすべてを、理解する。

 

最大限に開かれた、眼。

なんともいえない眼差し。

ほっぺたは少女漫画のヒロインみたいに染まり、

口も少しだけ開(あ)いている。

 

 

 

「……頭から湯気が出てるみたいだぞ、おまえ」

ふるふる、と首を振って、

だってっ、なんて言っていいか、わかんないじゃん、わかんないっ、わたし

「――デレさせちゃって、ごめんな」

宏の――バカッ。この期(ご)に及んで、よくもそんなキモいこと――

なにかに気づいたようで、

デレ顔のまま、おれの首元を見てくる。

マフラー

「マフラーが?」

マフラー。あんたのマフラー、ちゃんとなってない!

ツンとした声で、そう指摘して、

おれのマフラーに、ゆっくりと触れていく。

……こういうところから、ちゃんとしてよね

そのことばの続きが、

予測できた。

宏。……わたしとつきあっていくからには

 

「わかってるよ。」

「信用できない。」

「じゃあもう一回言う。わかってる、全部」

「全部なんて、信用できないじゃん…」

「じゃあ何回でも言ってやる。何回でも、おまえのこと、理解してやる」

 

恥ずかしがって、うつむいて。

恵那は。

 

わたしだって。

 わたしも――そうするよ、宏。

 理解するだけ理解する。

 約束するから――。

 絶対に、見放さないで。

 おねがい、宏