桜子は、駅にすでに来ていた。
「遅いよー」
待たせたのは、事実。
「岡崎くんからわたしを誘ったんでしょうが」
「そうだな。そうだったな」
まったくもう……といった顔で、
「早くやろうよ。
独自オープンキャンパス。」
× × ×
おれと桜子のふたりだけで、
独自オープンキャンパス。
…とはいっても、
冬休みに入って講義のない大学のキャンパスを、ぶらぶら歩き回って、雰囲気を吸収するだけ。
だいたい、『オープンキャンパス』とは本来、学生を募集する大学側の立場からの名称のはずである。
なんだか、おかしい。
おれたちはアツマさんの通っている大学に来ていた。
「人が少ないね」
「そりゃそうだ」
「アツマさんいないのかな」
「さーな」
桜子はイジワルに笑い、
「ここまで来たら……会ってみたいんじゃないの?」
違う……。
それはきょうの目的じゃないんだよ、桜子。
「学生会館とかあるんでしょう? アツマさん音楽を聴くサークルに入ってるって聞いたよ。もしかしたら――」
「いや、きょうはいいんだ、ホントに」
無理強(じ)いしたかな……と反省顔になる桜子。
少し、ドキッとする。
桜子の反省顔が……かわいいから。
「顔をそらさないでよ、岡崎くん」
桜子は気を取り直していた。
「受けるんでしょ? ここの大学。
わたしもたぶん受けるよ」
「――マジか」
「ぶっちゃけて言うと――すべりどめ、みたいな感じだけど」
「おれはすべりどめじゃない」
「第一志望なの?」
「さあなぁ。秘密だ」
足を止めて、
桜子に向かい合う。
「桜子。きょうのおまえは……」
「え、なに」
「……私服だけど……」
「う、うん……」
「……なんか、センスがズレてるな」
「!?
突拍子もないこと言わないでよ」
「もうちょっと…なんとかならないのか」
「べつに奇抜な格好してないじゃない!」
「そういう意味じゃない」
「どういう意味」
「…………ダサい」
おれを置き去(ざ)るようにして、
キャンパスの出口に向かい、早足でどんどん桜子が歩いていく。
失望させちゃったかな。
――大事なことを言う前に。
× × ×
学生街が形成されている。
12月24日だけに、クリスマスの雰囲気に、学生街は包まれている。
定番のクリスマス曲が鳴り響いている。
「さっきはすまなかった」
まだ、不満そうだったが、
「12月24日に免じて許してあげる」
なんじゃ、そりゃ。
「――見て、楽器屋さんがあるよ」
ほんとうだ。
エレキギターだ。
「あすかちゃんだね」
「あすかさんだな」
ふたりでウインドウを見る。
「ねえ、岡崎くんもなにか楽器をしたほうがいいと思うよ」
……。
「今度は、おまえから突拍子もないこと言ってくるのかよ」
「岡崎くん、特技は?」
「……射的。」
「お祭りの、射的?」
「まあ、そういったゲーム、全般かな」
「あんまり役に立たないね」
……ひでぇ。
「ゲーセンのモグラ叩きとかワニワニパニックとか、そういうのも得意なんだ」
無様(ぶざま)にも食い下がってみるが、
「動体視力や反射神経がもともといいんでしょう? もっと価値のあることに活用したほうがいいよ」
「価値のあることって…、なんだよ」
はぁ……と白いため息をつく桜子。
「いっぱいあるでしょうに」
書店に、
強制的に連れていかされた。
学習参考書のとなりに、児童書コーナーがあって、
どうやら桜子はそこがお目当てらしい。
「『絵本なんか見てどうなるんだ』って顔してるわね」
悪いか。
「あ。あった。わたしの好きだった絵本。
クリスマスシーズンだから、平積みされてると思ったけど、やっぱりだった。
ねぇ岡崎くん、絵本ってすごいロングセラーが多いんだよ。
わたしの好きなこの絵本も、そう。
わたしのお母さんが産まれたてのころから――おばあちゃんが読み聞かせていたんだって」
「三世代、か」
「ま、そういうことね」
「買うか?」
「買おうかな」
「半分出すぞ」
なんなら……ぜんぶ出してやろうか?
「…わたしの私服ダサいって言ったの、そんなに謝りたいの」
吹き出しそうに笑いやがって。
おれは本気だっ。
「なら…半分カンパしてよ。
クリスマスプレゼントと思って、受け取っておくよ」
「……」
× × ×
夕方に近づき、
街のテンションが上がっていく。
12月24日ならではの賑わい。
騒がしさのなかを、桜子と歩いていく。
――騒がしさを突き破るように桜子が言ったのは、
ジングルベルのメロディや鐘の鳴る音が喧(やかま)しく反響する、
学生街のメインストリートの真っただ中に来たときだった。
「――瀬戸くん誘わなかったのは、意味があるんでしょ」
ドクン、と胸が跳ねあがる。
「そりゃあ……おまえだけ誘う、ってことは、そういうことだわな」
「そういうことってどういうこと」
「うっ……」
「うろたえないでよ。具体的に140字以内で説明してよ」
「140って、ツイッターかよ」
「140でも150でも160でも何文字でもいいんだけど、」
「デタラメかっ」
「うるさいわね。これは現代文の記述問題の練習兼ねてるんだから」
「――」
「どうしたの?」
「――現代文の試験問題とは、ワケが違うんだ」
桜子は相づちも打ってくれない。
「試されてるのかな――いま、おれ。
試験、というか、試練、というか。
制限時間というか、制限『期間』も、あるし。
スポーツ新聞部の締め切りは、ある程度ごまかしはきくけど、
この『締め切り』は……守らないと、取り返しつかないから」
「……岡崎くん」
「ん?」
「……」
「……」
やけにためらってんな、と思った、瞬間、
「…岡崎くん。
わたし、
うすうす、気づいてきてる――」
群衆のなかで、立ち止まる。
予想外の行動だった――、
桜子が、おれのダウンジャケットの袖を、つかんできたのだ。
「岡崎くん、伝えたいことがあるんだよね」
桜子の話し声が微妙に震えている。
「――先に、
先に、わたしから言わせてもらえない?
実はね、
わたしから、打ち明けたいことも――あったのよ」
めまいがするぐらい、
寒い。
「――フラれちゃった。
瀬戸くんに、フラれちゃった。」
「それが――告白代わり、ってか」
「告白? どうなのかな」
「桜子。おれはちゃんと、言い切るよ、これから」
強くなる、彼女の握力。
「大声出たらごめんな」
彼女の握力はますます強くなる。
『早く言ってよ、言い切ってよ』
こころの声が、伝わってくる。
だから。
「ずっと、言おうと思ってたんだけど。
桜子。
おれは、桜子のことが――好きだ。」