ハンバーグを作ったんです。
ただのハンバーグじゃ、面白くないから、
・目玉焼き乗せ
・和風ソース
こんな工夫をこらしてみた。
……果たして、
これが『工夫』と言えるのかどうか……。
アツマくんが喜んでくれるのなら、別にいいんだけど。
× × ×
ところできょうの夜は、お邸(やしき)の3分の2が不在です。
利比古も、
あすかちゃんも、
明日美子さんも、
流さんも、
みんな――出かけてしまった。
えー、つまり、
12月25日の夜は、
アツマくんと、ふたりきり。
× × ×
「アツマくんサラダももっと食べてよ」
そう言って、彼のサラダを山盛りにする。
「こんな食わせる気か」
「野菜は大事よ」
「もうじゅうぶんサラダは食った気がするが…」
「ダメよ。自分に甘えちゃ」
「なんじゃそりゃ」
文句を言いつつも、わたしの盛ったサラダを彼は食べてくれる。
まじめ。
「美味しい?」
「ああ。美味しい。」
わたしはうれしくなって、
「ハンバーグは?」
「美味しい。」
「どのくらい美味しい?」
「え……」
迷いながらも、彼は、
「ひゃ、百点満点。A判定」
「なにそれ」
可笑(おか)しくて、いまにも爆笑しそうになってしまうわたし。
「おれがせっかくホメてんのに」
「ごめん~」
『ごちそうさまでした』
「愛、後片付けはおれがやる」
「え、いっしょにやろうよっ」
「おまえは休んどけ」
「どうして?」
「おまえひとりで料理、作ってくれたんだから……せめて、後片付けぐらいは」
「恩返し、ってこと」
「そうだな」
こうして後片付けはアツマくんに任せることになったが、
彼が食器を洗っているあいだも、わたしはテーブルに居座っていた。
「…なぜそこを動かない」
「見守ってるの」
「かえって集中できなくなるだろ」
「えぇ~~ひどい~~」
すると、なにかピンと来たように彼は、
「あーわかった。おまえがここに居続ける理由」
う。
「リビングにひとりでいるのが、さみしいんだろ」
「どうしてわかるの……」
笑いをこらえきれないようにして、彼は、
「バレバレ」
「……だって、あっちに行っても、だれもいないでしょ」
ふたりきりなんだから。
「おまえは案外さみしがりやだもんな」
「だれだって、ひとりはさみしいものでしょっ」
――せっかく、彼がいてくれて、ひとりきりじゃないんだから。
「今夜はアツマくんについてくよ」
「なんじゃそりゃ」
「……『なんじゃそりゃ』が口癖なの? 食事中も言ってたよね」
「悪かったな」
「とにかく……アツマくんのそばで、過ごしたいの」
「おれにひっつきたい、ってか」
「それは……その……」
「図星なんだな」
× × ×
スカパーの音楽専門チャンネルを観ている。
今年ヒットした曲を振り返る、的な番組。
でも、今年の流行が、サッパリわからない。
大きなソファで、彼と寄り添っている。
こんな夜ぐらい、距離はゼロでいたい。
「退屈そうだな」
「さすがにわかるのね」
「映画でも観るか? といってもおまえ、あんまり映画が好きじゃなかったっけか」
「よくわかってるわね」
「せっかくDVDもブルーレイも山ほどあるんだけどな…」
「あなたにしたって、あまり映画やドラマ、観ないでしょ」
「若干、宝の持ち腐れ状態だな、邸(ウチ)の円盤のストック」
「『円盤』?」
「DVDやブルーレイのことだよ」
「オタク用語みたい」
「便利だろ、漢字2文字で言えるんだから」
「……いずれにせよ、映像を観る以外のことがしたいわね」
「アナログのボードゲーム、とか?」
「う~~~ん」
「アナログゲームも、なぜか世界中から取り寄せたみたいに、いろいろ邸(ウチ)には揃ってるんだが…」
「…わたしが絶望的に弱い」
「だよなー。なんのゲームだったら、おまえと楽しめるんだろうか」
「――もっと原始的なゲームをしない?」
「なに、『しりとり』とかか」
「どうしてわたしの思ってること伝わるの」
「それは……、
おれとおまえ、だからじゃないか」
一瞬の静寂。
「……しょうがないなあ、アツマくんは」
「恥ずかしくなってきた……」
「言ったこと後悔しないでよね」
「…了解。」
「よろしい。
じゃあ、しりとり、やろうよ」
「先攻は?」
「アツマくん」
「んーっと…『りんご』」
「『後藤明生(ごとうめいせい)』」
「!?」
「えっ、作家の名前よ」
「……『伊坂幸太郎』」
「『宇野千代(うのちよ)』」
「よ……『吉田修一』」
「『チャールズ・ディケンズ』」
「そんなのありかよ」
「なに言ってるの」
「ず……『図画工作(ずがこうさく)』」
「アツマくんが日和(ひよ)った」
「うるせっ」
「『工藤直子』」
「『小島信夫(こじまのぶお)』」
「よく知ってたわね、進歩だわ。
『織田作之助』」
「け? …『蹴りたい背中』」
「作品名なの? じゃ、『カラマーゾフの兄弟』」
「『一千一秒物語』」
「『海がきこえる』。……どうだっ」
「『ルバイヤート』」
「チッ」
「ざんね~ん」
「と、『東京アンダーグラウンド』」
「漫画じゃない、それ」
「関係ない、しりとりは続行するんだから……、
『ドラえもん』って言ったら、負けだからな」
「『動物農場』」
「一瞬で文学に戻しやがって」
「ムダ口禁止!」
「けっ。……『ウナギの蒲焼き』」
「あきらめたのね」
「おれを見下(みくだ)したような顔すんな」
「してないわよ! 『北村薫』」
「『ルンバ』」
「『バルガス・リョサ』」
「『笹かまぼこ』」
「『小林信彦』」
「『小泉今日子』」
「『近藤真彦』」
「おい!!」
「なんにもルール違反してないわよ」
「……」
× × ×
「ずいぶん盛り上がって、よかったわね」
「しりとりは苦手じゃないみたいだな……おまえ」
「時間つぶしにもなりそう、しりとり」
「際限がなくなることもあるのが、難点だがな」
「ところで……利比古、遅いね」
「あいつが真っ先に帰ってくるはずなんだが」
「LINEは既読になってるけど、メッセージが返ってこない」
「不安か?」
「ま、まあ、取り込み中なんでしょう、弟は、弟で」
「ごまかすなよ」
アツマくんが……ぐーっ、と近づいてくる。
「……アツマくん??」
「おれだって……『家族』のことは、心配するから」
「『家族』……って」
「利比古のことに決まってんだろ。あいつだって『家族』なんだ」
「……そ、そうとも言えるよね、あはは」
焦りながら、あいまいな態度をとっていたら、
わたしのスマホの通知音が鳴り響いた。
「――あ、よかった。利比古、もう少ししたら帰ってくるよ」
「ふー」
「『心配させちゃって…』って、利比古、謝ってくると思うけど、怒らないであげてねアツマくん」
「べつに怒んねえ。ただ……」
「?」
「おまえとふたりきりでいられるのも、あと少しだけか」
そう言ったかと思うと、
顔を、急接近させてくる。
わたしと彼、
どこからどう見たって、見つめ合い状態。
しかも、
顔と顔の間隔が――ほとんど、ない。
「アツマくん……あなた、どうしたいの」
彼はなにも言わないで、
わたしの両肩を静かにつかみ、
それから、抱き寄せてくる。
彼の左肩に、わたしの頭が重なる。
どくどくどくどくどく……と、心拍数が無限に速くなる。
キス…なら、少しは、したことあるんだけど、
こういうシチュエーションは……初めてなのでは!?
落ち着けわたし。
キス、とか、そういうのだけじゃ、物足りないような、
そんな、意志――?? が、彼から伝わってきてるような、
感覚がある。
キス以上って、
それって、
まさか。
いや、ここ、リビングだし。
アツマくんは、そこらへんをわきまえていないような、男子じゃない。
でも……でも……この勢いは、なに!?!?
「愛……」
「なに……」
「いつまで……こうしてたい?」
拒絶なんて、できっこなく、
極度に気持ちがこんがらかりながらも、
アツマくんのほうに、どんどんからだを寄せていく。
このままだと、ブログの一線を超えてしまう…みたいな、危機感をおぼえ始めていたら、
スタスタスタ……という足音が、玄関のほうから聞こえてきたので、
ふたりとも、我(われ)に返っていく。
「ただいまー。お姉ちゃん、連絡遅れてごめんねー」
「……」
「どしたの? 発熱したみたいに。
しかも、アツマさんまで、なんだか熱(ねつ)っぽく――」
「……」
「体温計、要(い)る?」
「……そこまでしなくていいの。
エアコンの、設定温度……できれば、2度くらい下げてほしいかな」