【愛の◯◯】見たいし見せたい浴衣姿

 

期末テストの結果が、あらかた返ってきた。

大きな変化、なし。

ってことは、順調。

のはず。

 

わたしは自分よりも、むしろ弟の成績のほうが心配なわけだ。

利比古もそろそろ、期末の結果が返ってくる頃合い。

 

× × ×

 

「としひこ~~」

「なぁにお姉ちゃん」

「期末テスト、返ってきたでしょう」

「あぁ、まだお姉ちゃんに言ってなかったね」

「返ってきたのね?」

「うん、そうだけど」

「見せなさい」

「そうなると思った」

「素直でいいわねえ利比古は」

「ぼくのほうから見せるべきだったかも」

「真面目で偉いわ」

 

 

「――はい、どうぞ」

目を通すわたし。

「英語がよくできてるのは予想通りとして」

「うん」

「他がまあまあなのも、予想通りね」

「…ガッカリしてるの? それは」

「えっ、してないわよ、ガッカリなんて」

利比古は弱ったような声のトーンで、

「……どうしても、お姉ちゃんの優秀さと、比較しちゃうとさ」

「申し訳なく思ってんの?」

口をつぐむ弟。

しょうがないなあ。

しょうがないったらありゃしないんだから…。

「わたしはわたし、利比古は利比古でしょ」

そっと弟の左肩に手を乗せるわたし。

「利比古は利比古なりにがんばってるのが…伝わってきたから」

「ほんと?」

「ほんと」

立ち上がって、くるりと踵(きびす)を返し、

「暑いでしょ。冷たい麦茶、持ってきてあげる」

 

比べてしまうと――、

つらいよね。

努力することは、忘れないでほしいな……と思いつつ、ダイニングに向かって歩を進めていたら、リビングのテーブルに置かれてあったチラシに目が留まった。

 

「ハイ麦茶」

「ありがとう」

「利比古は暑さに強いほう?」

「とても強くはないなぁ」

「プールでも行く?」

「お姉ちゃんと!?」

「そのつもりだったんだけど。……あ」

「『あ』ってなんだよ」

「ふふーん♫」

「『ふふーん♫』ってなんだよ…」

利比古は氷が入った麦茶をグイッ、と飲み、

「お姉ちゃん、プールとか行ってる場合なの? この夏」

あー。

そこ、突くかー。

「受験生なんでしょっ?」

「わたしは――ダイジョーブだから、ダイジョーブ博士

ダイジョーブ博士ってだれ」

「『パワプロ』って野球ゲームに出てくるの。新作が出たのよ、『パワプロ』」

「…ゲームとか、やってるヒマ、あるのかな」

あちゃー。

「そりゃお姉ちゃんなら勉強の合間にゲームやる余裕くらいあるだろうけど」

あっという間に利比古は麦茶を飲み干し、

「受験生はみんな必死だと思うよ、夏休みは、特に」

責めるような口調で言う。

「塾とか予備校とか行かないの。ほら、夏期講習とか」

「夏期講習か~。アツマくんが行ってたな~、おととし」

「ぼくはお姉ちゃんと話をしてるんだけど」

ううっ。

「そりゃ、お姉ちゃんは夏期講習とかに頼らなくても、自分で勉強なんとかするかもしれないけど」

真剣な表情で、わたしの眼を見るように、

「みんな必死だよ」

わたしは、持ってきた夏祭りのチラシを、あわてて背後に隠している。

「――お姉ちゃん、なに持ってるの?」

気づかれたっ。

「なんかの紙?

 もしかしたら、夏期講習の案内とか?

 …なんだ、やっぱりやる気だったんだね。

 受験のこと、あんまり頭にないんじゃないかとか思ったけど、邪推だったか。

 …でもやる気があるんなら、夏期講習の案内だったら、そんな隠したりしないですぐに見せればいいのに――」

「ごめん利比古……そういうのとは関係ないの……」

「え……関係ないって」

「これはね、実は――」

「――まさか、夏祭りのチラシとか」

 

「どうしてわかるの……」

 

弟はチラシをひったくって、

「…受験のこと話してたから、見せにくかったんだよね」

「怒ってる…? 利比古」

「ぜんぜん。」

「…ホント??」

「来月の下旬かぁ」

「花火もあるらしいよ。いろんな人誘って行こうよ」

「それ、どんな大所帯になるの……」と呆れ気味に言ったと思ったら、弟は、

「浴衣姿見せたいよね、お姉ちゃん」

「わたしが? だれに??」

「アツマさんに」

 

「わたしだって……利比古の浴衣姿……見たいし。

 それに、わたしの浴衣姿見たって喜ぶかしら? …アツマくん」

 

「きっと喜ぶよ」

「どーしてわかるのっ」

「お姉ちゃんだもん」

「……?」

 

 

 

【愛の◯◯】卵焼きは甘くない仕様で

 

わたしには、キョウくんという幼なじみがいる。

去年の春、湘南で再会を果たして、それからわたしはキョウくんの家庭教師になった。

浪人生だったキョウくんを、見事わたしは第一志望合格に導くことができた。

「夢を叶えたんだね」って言ったら、彼は「まだ夢への第一歩だよ」って。

そういうキョウくんが――これ以上ないくらいにまぶしくって、素敵で。

 

× × ×

 

少しだけ荷物を携えて、副都心線の駅を降りる。

理工系の学部が集まるキャンパスはすぐそこだ。

キョウくんはここで学んでいる。

オフラインの講義を受けている最中のはずだ。

オフライン講義を。

――フィクションなので、オフライン講義が実施されているのです。

――フィクションですよ。

――フィクションですから。

そこんとこお願いしますよ…と誰に言うでもなく、キャンパスの門の傍らに立つ。

大学か。

わたしの選択は、正しかったんだろうか。

ついついそういう考えが脳裏をよぎってしまうけれど、せっかくキョウくんに会えるんだから、めんどくさいことは、棚上げにしておく。

 

で、少し早く到着してしまったので、区立図書館に立ち寄って、軽く海外文学の棚を物色して時間をつぶす。

そしてキャンパスに戻って、「もうキョウくんの講義終わったのかな?」と考えながら、構内に入ってベンチに腰を下ろす。

わたしみたいな部外者が入ってきても、道行く誰も、気にも留めない――あぁ大学なんだねー、って思う。

やがて彼の姿を、建物から吐き出されるようにして出てくる大量の講義終わりの学生群のなかに見つける。

控えめに手を振るわたし。

すぐに彼は気づいてくれる。

 

× × ×

 

戸山公園。

ウォーキングやランニングするひとの他にも、楽器を吹いているおじいさんがいたりなどして、賑やかな風景だ。

都会の公園はいいよね――と思いながら目を細めていると、

「公園じゃ屋外で暑いけど、むつみちゃん大丈夫だったの?」

と心配げな声をかけてくれる。

「カラオケとか、そういう選択肢もあったんだぜ」

「涼しいから?」

「うん」

「キョウくんのほうが歌う曲に困っちゃうじゃない」

レパートリーがあるとは思えない。

しかしキョウくんはしおらしく、

「おれは……むつみちゃんの歌うの、聴いてるだけで楽しいけどさ」

そんなに、キョウくんの前で歌う機会は、多くはなかったけど。

「よく知ってるね、わたしが歌上手いって」

あえて自画自賛してみる。

キョウくんの顔をのぞきこむようにして、余裕をもたせた笑顏を作ってみる。

「……当たり前さ。小学校の音楽のとき、むつみちゃんがいちばん歌上手かったから」

「お、おぼえてるんだね…そんなむかしのこと」

お互いに照れ合ってしまう。

このままデレデレとなってしまうのが恥ずかしかったので、

「でもわたしばっかり歌うのもねー。連続で歌ってばっかりだと消耗しちゃうもの」

「そうだった、そうだよねそもそも。カラオケはだめだやっぱり。ごめんすまない」

「テンパらないで」

苦笑しながらおどけた声で言い、

「はい、タオル」

「あ…申し訳ない」

こっちのペースになる。

「公園のほうが絶対健康的でいいわよ」

「きみの言う通りだ」

「飲み物も持ってきたしね。熱中症対策は万全」

「さすが……で、なにしようか」

「なーに言ってんのぉキョウくん」

「?」

「お昼の時間でしょ、お昼の!」

「あ! もしかして」

「もしかしなくても弁当作って来てるのよ」

「そーだったんだあ」

「――天然ボケ? キョウくん」

 

キョウくんの体内時計やら時間感覚やら諸々(もろもろ)が気になったが、それはどうでもいいから、お弁当を広げるのであります。

「あっ、この卵焼きすごく美味い」

でしょでしょ?

「キョウくん、『甘い卵焼きは苦手だ』って言ってたよね」

「よくおぼえてるね」

「だから塩辛いぐらいがちょうどいいと思ったの」

「味付けがそんなに自在にできるもんなんだね。やっぱりきみはスゴいや」

でしょでしょ?

「卵焼きの味加減ぐらいなら、わけないわよ」

「――もったいない気もするなあ」

んーっ、

「宝の持ち腐れ――ってこと?」

「そうだよ、きみは料理のほかにもいろんなことができるんだから、その腕前をどこかで活かせればいいと思うんだけど」

キョウくんがそう言ってくれて、うれしい気分。

でも、ちょっとだけフクザツ。

たしかに、現在(いま)のわたし――持て余してる部分もあるんだと思う。

キョウくんが「もったいない」って言うのも、分かる。

「ありがとうキョウくん。――でもわたしなかなか踏み出せなくて」

手にしたオニギリを見つめながら、「弱いね…」ってつぶやく。

するとキョウくんはまるで妹想いのお兄さんみたいな表情になって、

「少しずつで、いいじゃないか」

あたたかみのある声が、わたしを包んでくれるみたい。

「そうだよね……それはわかってる、わかってるんだけど」

「たとえば――定期的に、弁当を作ってきてくれるとか。むつみちゃんがイヤじゃなかったらの話だよ」

「そんなくらいで、踏み出せるのかな」

「ん~、若干、おれに都合よく話したりしてるのは自覚してる」

彼は苦笑い。

「そんなにわたしに弁当を作ってきてほしいの?」

「――勝手な願望。」

「勝手なんて言わないでいいよっ」

「えっ」

「いくらでも作ってあげるっ」

それから、おもむろにオニギリをもぐもぐするわたし。

――踏み出せるか、踏み出せないか、なんていうシリアスなところに持っていかなくてもいいんだ、たぶん。

きっかけはなんでもいいんだ、たぶん。

きっかけなんてむしろ、そこらじゅうに広がってる。

だけれども。

きっかけを与えてくれるのは、できるかぎり彼であってほしい、キョウくんであってほしい。

どうしてか?

キョウくんのためなら――無我夢中になれるから。

わたしは残りのオニギリを無我夢中でほおばって――次もがんばろう、って、強く強く、決意する。

 

 

 

【愛の◯◯】優しい時間、愉快な時間

 

「弟の誕生日が近くて、プレゼントでTシャツを縫ってあげたいので、そのための買い物がしたい」

苦しい言い訳だった。

部活を休む口実。

ただ、文芸部のみんなは案外、スンナリと受けいれてくれた。

「弟さん想いでいいね」と言ってくれる部員の子もいたけど、もしかしたら弟想い云々以前に、『居候』というわたしの事情をよく理解してくれているから、あっさりと欠席を認めてくれたのかもしれない。

羽田さんもいろいろあるんだよね、大変だよね……って。

ちなみに、もちろん「Tシャツ縫うから買い物したい」というのは欠席するためのでっちあげなのだが、利比古の誕生日は来月だから、近いといえば近いのである。

本当に、Tシャツを縫ってあげてもいい。

 

× × ×

 

部活欠席の本当の理由は、伊吹先生がお邸(やしき)に家庭訪問に来るから、先回りして帰って、心の準備も含めた諸々(もろもろ)の準備をしておきたかったからだ。

伊吹先生は「仕事を終えてから伺(うかが)うね」と言っていた。

とりあえず制服から着替える。

CDラジカセで音楽を聴きながら、考え事をしつつ自室で待機する。

5時半になると同時に階下(した)に降りる。

まずは明日美子さんを捜(さが)す。

そしたら、ソファにごろごろと寝転がっている明日美子さんを発見した。

これから伊吹先生に応対するとは思えないリラックスっぷりだ。

でもそれでこそ明日美子さんだから、わたしは少しホッとした気分になる。

「おはようございます」

「あら、わたし眠ってたのかしら」

ふあ~、とあくびして、「伊吹先生まだ来られてないよね?」と訊いてくる。

「来てたら起こしてますよ」

「そうだった、そうよね」

常識では測れないマイペースっぷりだ。

「えーっと、2年ぶりかしら」

「伊吹先生が邸(いえ)に来るのが?」

「そう」

「はい、そうですよ。わたしはあんまし思い出したくない出来事でしたが」

「先生と愛ちゃんがケンカしたんだよね」

「はい……あまりにもわたしがお子様な出来事でした」

「でも仲直りできたからよかったじゃない」

「そうですね……あのときもいろいろありましたし、それからも先生とはいろいろありましたが」

「担任なんだよね? ことしは」

「担任じゃなかったら家庭訪問しないですよ」

「そうだった~」

――で、お茶は何にしようかとかお菓子は何出そうかとか相談していたら、あっという間に時間が経ち、

玄関のチャイムが鳴った。

 

× × ×

 

わたしと明日美子さんが隣り合い、伊吹先生を向こうに回して2対1の面談のかたちが出来あがった。

伊吹先生はいささか硬い口調で、

「きょうはよろしくお願いいたします、お母さま――じゃなかった。えっと…」

「明日美子でいいですよぉ~」

「は、はいっ。明日美子さん、きょうは娘さんのご様子をお訊きしたいというか、なんというか」

「娘じゃないですが」たまらず先生にツッコみたくなって、ツッコむ。

しかし明日美子さんは、

「どっちだっていいじゃない。細かいこと気にしない気にしない♪」

『えぇ……』と同時に声を上げるわたしと伊吹先生。

「逆にこっちからお訊きしたいんですけど、愛ちゃんは学校でどうですか?」

思わぬカウンターパンチを食らって悩む伊吹先生。

どうですか? という問いが漠然としているからだろう。

「娘さんは……非常に優秀です。優秀というのは学業にとどまらず、校内でのいろいろな場面で、そうなんでありまして」

娘じゃないんですが。

わたしも最早『娘さん』でも『愛さん』でもどっちでもよくなってきちゃった。

「――それ聞いて、わたし安心しました」

明日美子さんの先生に対する返答に、一瞬ドキッとする。

明日美子さんが本当にわたしのお母さんになったみたいな感覚。

「もっとも、わたしは愛ちゃんを普段から信頼してますから、きっとそうなんだろうって――なんの心配もいらないって思ってるんですけど、やっぱり先生に太鼓判を押してもらえると、安心するものですね」

うれしそうに明日美子さんは笑う。

伊吹先生も安堵の表情になって、

「普段から信頼されていらっしゃるってことは――お邸(うち)でもとくに問題なく過ごされているんですね」

「はい。順調です」

明日美子さんのほうからも、太鼓判を押してもらえた。

「よかったです。進路だったり受験だったり、ことしはいろいろと大変なことが多いと思うんですが――きっとだいじょうぶだからね、愛さん」

と、伊吹先生がわたしのほうを向いて穏やかに励ましてくれる。

「そうよ、愛ちゃん。だいじょうぶじゃないときがあったら、だいじょうぶにしてあげるからね」

と、明日美子さんが言い、わたしの左手にしっとりと右手を置いてくれる。

「それに――わたしだけがいるわけじゃないですから」

これは明日美子さんから先生に向けて。

「6人――でしたっけ」

「そうです先生。ぜんぶで6人です。6人で互いに支え合っているので。家族です」

家族なんだ、と、明日美子さんは断言する。

わたしも同意を込めて、うなずく。

しばらくしみじみとした時間が流れていく。

心地よい時間。

わたしと明日美子さんと伊吹先生との、優しい時間。

――が、せっかく優しい時間にひたっているのに、アツマくんが不用意にドタドタと階段を降りてくるのだ。

「あ……どうも」

「ほんとしょーがないよねぇアツマくんも」

「なんのはなしだよ」

「優しい時間の余韻が台無し」

「え??」

「ほら、先生に自己紹介して」

大人の女性ふたりはクスクス、と笑い合っている。

「と、戸部アツマと申します。あの……いつもお世話になっております」

言うと思った。

『お世話になっております』って。

「アツマ、ちょうどいいわ。あなたもかけなさい」

そうやってソファに着席を促す明日美子さん。

「でも…愛の家庭訪問なんだろう?」

「お世話になっておりますって言ったからには――ね」と明日美子さんは微笑。

「タイミング悪かったねアツマくん。それともタイミングが良かったのかしら、むしろ」とわたしも畳み掛ける。

「あの、あたし実は、アツマくんの話も聞いてみたかったんです。だから――座ってほしいな~って。ダメ?」と大人の女性の余裕を含ませて伊吹先生も同席をすすめる。

伊吹先生に「ダメ?」って言われたら、アツマくんは断れないよね。

事実、恐縮そうにわたしの右隣に彼は座ってきた。

「せ、先生…話っていっても、おれ何話せばいいんですかね」

「それは今からわたしが決めるわ」

「何言ってんの愛!?」

「収拾つかなくなるし。いいですよね先生?」

「うんいいよぉ。そのほうがあたしも面白いから」

「さすが。それでこそ伊吹先生です」

さっきまでの優しい時間が、愉快な時間に変わっていく。

それはアツマくんのせいであり、アツマくんのおかげでもあるんだけど――、

やってよかった、

家庭訪問。

 

 

 

 

 

【愛の◯◯】姫ちゃんのヘッドホン

 

不機嫌な気分で目が覚めた。

パジャマのお腹のあたりが、少しはだけていて、だれも見ていないのに恥ずかしかった。

 

床に足をつけずに、椅子に体育座りみたいになって朝ごはんを食べていたら、

「コラっ姫、お行儀悪く食べるんじゃないの」

と案の定、怒られた。

 

それでまた不機嫌さがちょっとだけ加わって、髪をセットするのに時間がかかり、乗る予定だった電車の時刻に間に合わないところだった。

 

× × ×

 

星崎姫(ほしざき ひめ)。

大学2年生。

自覚している悪いクセは、あわてていると、ヘアブラシを放り投げて部屋を出てしまうこと。

きょうもやってしまった。

 

× × ×

 

先生のおっしゃっていることが約6割しか理解できなかったけど、2限を無難にやり過ごした。

それでお昼休みも3限も無難にやり過ごして、3限は必修だったので教場には戸部くんもいて、講義終了と同時にわたしは彼に声をかけたのだった。

 

「このあと予定とかある」

「ないが?」

わたしはCDショップの名前を言って、「行ってみたくない?」と戸部くんを誘った。

「なんでまた」

「一緒にCD見ようよ。楽しいじゃん」

「ひとりで行けばいい」

ごもっともだったが、

「…ごめんそんな気分じゃないの」

わたしの気分を察知したのか、一瞬真顔になった戸部くん。

「それにさ! 戸部くん音楽鑑賞的なサークル入ってるじゃない? 知識と教養を深めるためにぜひとも」

「そんな勿体(もったい)ぶらんでも、つきあってやるよ…」

彼は笑って腰を上げた。

 

× × ×

 

ひとりでCDの棚を見るよりも、

だれかとCDの棚を見るほうが楽しいのは、

真理だ。

 

わたしはクラシック音楽のコーナーに戸部くんを連れこんだ。

ホロヴィッツの音源はどっこかな~っと」

ホロヴィッツ? ウラディミール・ホロヴィッツか?」

「ほかにどんなホロヴィッツさんが居るっていうの」

「や、おれも名前しか知らないけど」

わざとわたしは大袈裟に肩を落とすジェスチャーをして、

「音楽を鑑賞するサークルなんでしょ」

「つったって、音楽のジャンルの幅は広いだろ、クラシックだけじゃないし。広く浅くなんだよ」

戸部くんの言ってる意味がわかんない。

読者の皆さんも、正直よくわかんないですよね?

「はい言い逃れ」

「――機嫌悪いんだな」

 

……そんなところだけ、するどくて、くやしくて、舌を噛む。

 

「あのさ、戸部くん」

「どうした?」

「あのね、」

一拍(いっぱく)置いて、

「時田さんって――知ってるんだよね、戸部くんは」

しどろもどろな言い方になって、すごく後悔する。

「知ってるよ…」そう言う戸部くんの声が、シリアスに響いてくる。

それで、わたしは引き抜いていたCDを棚に戻して、

「戸部くんにクイズ」

見なくたって、彼が身構えてるのはわかる。

だから――、

 

「――モーツァルトは、古典派かロマン派か」

 

「え、え、フェイントですか星崎」

 

そうだよフェイントだよ戸部くん。

残念ながら。

「答えて」

「ん…」

「これが教養よ」

「……ロマン派、かな」

バカ!

きまり悪そうに戸部くんは「不正解…?」と言う。

「古典派に決まってるでしょっ!」

わたしはCHOPINと書かれたCDを手にとって、

「ロマン派ってのはこーゆーのをいうのよっ、こーゆーのを」

「悪いな、不勉強で」

「戸部くん連れてきてよかった、知識の叩き込みがいがある」

「でもさ」

不満ですか、そうですか。

「うわべ、って言っちゃあなんだけど……、そういう音楽史的な知識よりも、肌で感じる音楽のほうが大事なんだって、言っててさ…愛が。」

困ったらすぐ、羽田愛ちゃんを持ち出すのね。

同居してるからって。

「『最近になって、ロマン派とか古典派とか、わたしあんまり気にしなくなっちゃった~』って、それこそピアノ弾きながら言ってたよ」

ふーん。

聴いてみたいな。

「それはそうとして」

「??」

「時田さんだけどね」

「あ、はい」

「彼女がいた」

「あぁ……」

「中途半端なリアクションやめてよね」

「それは、悪かったな……なんか」

「謝る必要ないし。かといって、慰められるのもなんか違う気分だけど」

「うん……。どうしたら、気が紛れるか?」

あえて返答せず、視聴台のヘッドホンを両耳にぶち当てて、戸部くんをシャットアウトしようとしたが、

「そういうのはよくないと思うぞ」

両耳にぶち当てようとした寸前に、ひょいっ、とヘッドホンを持ち上げられた。

ヘッドホン強奪。

なんてひどい。

「現実逃避はもうちょい話し合ってからにしませんかー、姫さーん」

なんてひどいの。

下の名前で、

下の名前で、

下の名前で呼ぶなんて。

胸がむず痒くなる。

背の高い戸部くんの上半身をポカポカと叩きたくなったが、公衆の面前なのでやめる。

「あっ」

「――なによ、戸部くん」

「いま、おれにパンチしたいって思っただろ」

「――」

 

――けれど、戸部くんは、わたしにヘッドホンをかぶせて、「つらいよな」ってひとことだけ言ってくれた。

 

悔しいけど、残念だけど、戸部くんは本質的に優しい。

 

 

 

 

 

 

【愛の◯◯】岡崎さん、くすぶって、また、くすぶって

 

岡崎さんと桜子さんが、ぎくしゃくしたままだ。

活動教室で、近くの席に座っているけれど、双方、眼を合わさずに――。

 

そんなぎくしゃくしたふたりの様子を、加賀くんが興味津々そうに眺めている。

ここは――加賀くんの教育係として、注意しなきゃ。

「加賀くんダメだよ~手を止めちゃあ」

「だって…様子がおかしいぜ、あっちのふたり」

「中学生気分が抜けきってないなあ、まったく」

「はぁ!?」

「――気くばりも、覚えないと」

「気くばり?」

「とにかく加賀くんは将棋の記事を書いて」

「……あすかさんもなんか仕事したら」

 

「えっ……加賀くん、

 いま、

 あすかさん、

 って、

 呼んで、

 くれたよね」

 

「ヘンなしゃべりかたすんなよ。

 呼んだよ。」

 

「ありがとう。

 でも唐突だね。

 でも、加賀くんらしいかも」

 

 

× × ×

 

 

おもむろに、

岡崎さんが、瀬戸さんのほうを見た。

そして思慮深げに、

「瀬戸、頼むわ」

「え、頼むわって何を」

その瀬戸さんの疑問には答えず、

「あすかさん、」

「はいなんでしょうか、お兄…岡崎さん」

「取材……行こうや」

 

 

× × ×

 

 

岡崎さんは、

瀬戸さんと桜子さんの両方に、

気を遣ったんだと思う。

 

「どこに取材に行きますか?」

「ん――サッカー部以外なら、どこでも」

「じゃあサッカー部にしましょう!」

「ぐっ…」

「お兄…岡崎さん、ハルさんと同じ中学出身だから、顔を合わせづらいんですよね」

 

「どうしてわかるんだ、あすかさん……」

 

「ごめんなさい。知っちゃいました。狭い世界なので」

 

黙りこくってしまう岡崎さん。

その顔を、見上げて、こう言ってみた。

「…苦手なんですか? ハルさんのこと」

わたしが距離を近づけたから、困った顔になる岡崎さん。

視線が合わさってしまうと、わたしのほうでも、照れくさい。

甘酸っぱくて――すこし目線を下げる。

 

そのとき、

向こうから、

誰かがやってくる。

見覚えのある、3年男子――。

 

ハルさんだ。

 

ハルさんが向こうからやってくる。

こんな偶然、

偶然じゃない。

 

 

「あすかちゃんだ」

首にかけたスポーツタオルを持ちながら、ハルさんが明るく言う。

「ハルさん、サッカー部、終わるの早かったんですね」

「きょうはね」

 

「――けっ、そんな練習不足で強くなれるのかよ」

明らかな挑発だった。

「お兄ちゃ……岡崎さん、そんなこと言わなくても」

「練習不足で、しかもリア充と来たもんだ」

「余計なこと言わなくたっていいじゃないですか、なんでそんなに敵意むき出しに……」

おさえて。

おさえて、岡崎さん。

ハルさんは平静を保ち、微笑んでいる。

「そ、そうだ! 練習を早めに切り上げたのには、なにか意図があるとわたし思うんですけど! 今ここで、ハルさんに取材してみたいなーって、わたし、」

「意図なんてあるわけねーよ」

「決めつけるのは……よくないです、お兄……岡崎さん」

「おれはこいつのことが嫌いなんだ」

岡崎さんのからだが、どこもかしこも震えているように、わたしには感じられた。

「そうだね」

ハルさんが口を開く。

「意図なんてなかったよ」

「もういい!! 取材拒否だ」

「――それ、取材される側の人が言うことばじゃない?」

ハルさん。

なんで。

火に油を注ぐようなことを。

「畜生」とつぶやいたなり、ハルさんに向かってずんずん歩いていこうとする岡崎さん。

止めなきゃ。

なんとしても。

わたしは通せんぼするように、岡崎さんの前に立ちはだかった。

「あすかさん――なんで、ハルの味方なんか」

「わたしは今はどっちの味方でもないです。

 どうして…どうして、同じ中学なのに、そうやっていがみ合うんですか」

「同じ中学だとか――過去は関係ない。個人的な問題だよ」

岡崎さんのウソつき。

「ケンカして、なんになるっていうの――お兄ちゃ…岡崎さん。

 殴って解決できるんだったら――いっそのこと、わたしを殴ればいいじゃないの」

「暴力は反対だな」

すかさず、ハルさん。

「殴られるような理由があるなら…甘んじて受け入れるけど。でも、おれのほうでは、手は出さないから」

 

すると、無言でわたしとハルさんに背中を向けて、トボトボとどこかに岡崎さんは歩き出した。

背中がしだいに小さくなっていく。

「追いかけなきゃ…!」

「ほうっておいたら?」

「ダメですっ! 同じ部員なんですから」

「……誰だって、ひとりになりたいときはあるもんだよ」

「そんなこと百も承知ですよ、でも…!」

ハルさんは首を横に振った。

『追ってはいけない』という、確固たる意思表示だった。

 

 

岡崎さんはその日、活動教室に戻ってこなかった。

 

 

 

 

 

 

× × ×

 

あくる日――、

岡崎さんは、部活にやってきた。

 

岡崎さんの手の甲には、

包帯が巻かれていた。

 

 

 

【愛の◯◯】視えない出口

 

家の雰囲気が悪くて、月曜から調子が出ない。

「麻井会長。」

羽田がこっち来た。

やだ。

さとられたくない。

「会長。」

おそるおそる、アタシは羽田の顔を見る。

「どうしたんですか? きょうの『ランチタイムメガミックス(仮)』」

アタシは少し眼をそらして、

「どうってこと――ないでしょ」

「いいえありました」

羽田の否定を否定する気力が出ない。

「テンションがものすごーく低かったですよ」

「そうそう。会長の声が消えてしまわないかどうか心配なくらいでしたよ」と、なぎさも羽田に乗ってくる。

「言い過ぎかもしれませんけど――放送事故っぽかったです」クロはさらにキツい一撃をお見舞いしてくる。

「放送事故はひどいよぉ、黒柳くん」となぎさ。

「やっぱり?」肩を落とすクロ。

「でもね、会長」

いきなりなぎさが神妙な面持ちでアタシをじーっと見据える。

このなかで、いちばん敏感にアタシの「異変」を感じ取れるのは――たぶんなぎさだ。

「わたしたち3人とも、会長のことが気がかりなんですからね」

いやだ。

追及してこないで、なぎさ。

どこまで知ってるの、どこまで!

「――落ち込んでるんですか?」

違うよなぎさ、落ち込みとは、ちょっと違うから。

「あんまりうつむいてばっかりいると、元気が逃げちゃいますよ」

たぶん今なぎさは、『しょうがないなあ』という顔をしてる。

3人のほうを見たくなくて――視線は泳ぎっぱなし。

焦点が、定まらない。

「もしかして…ストレスがたまってるんですか?」

そう言ったのは羽田だった。

自然と、「どうしてわかるの……」という呻(うめ)きにも似たつぶやきが、アタシの口から漏れ出した。

おもむろに、羽田の顔を見上げる。

再度、「どうしてわかるの、羽田」と、声が出る。

羽田は不思議そうな表情になり、

「なんだか……姉と接してるみたいです」

えっ、どういうこと。

急に姉を持ち出すな、羽田。

しかし羽田は話し続ける。

「姉は――『どうしてわかるの……』が口癖なので」

え。

なにそれ。

「なにその口癖。おかしい」

ひとりでに、笑い声になっていたみたいだ。

「いきなり笑い出さなくてもいいじゃあないですか」羽田は不満そうに首をかしげる

羽田にストレスをさとられたショックの反動だろうか。

アタシは笑い始めていた。

 

 

× × ×

 

 

「そろそろ下校時刻ですね」

ミキサーのそばでアタシを見守りつつ読書していたなぎさが言った。

「ひとりで帰れますか? 会長」

なぎさのそういうお節介なところ、アタシは嫌いじゃないけど、

「……帰りたくないかも」

「ど、どういうことですか!?」

「どうもこうもないじゃん。アタシ……ここから動きたくないのかもしれない。ずっとこの部屋に、とどまっていたいのかもしれない」

「よくないですよ、帰りたくなくても帰らなきゃ……。ね? 会長」

なぎさの言う通りだ。

「帰らないと、親御さんが心配しますよ?」

なにもかも、なぎさの言う通りなんだ。

そうだ――アタシ、じぶんの家に、帰らなきゃ。

「そうだね。アタシ帰らなきゃ」

そう言いつつも、いつになく重い腰が、上がらない。

「あれ、どうしたんだろ。ヘンだな。帰らなきゃなのに、からだが帰りたがってないみたいに…」

メチャクチャなことを言ってるのは、自覚してる。

「――帰らなきゃって思うほど、帰りたくなくなってきちゃった」

いつでも、本能は、ウソをつかないんだろう。

アタシ、じぶんの家に帰るのが、こわいんだ。

でも――なんとかして、帰らなきゃいけない。

というよりも、帰る以外の選択肢が、親に食べさせてもらっているアタシには、存在しない。

「もっとしっかりしろ。現実と向き合え、アタシ」

じぶんに言い聞かせたことばが、口に出ていた。

「きょうは、解散」

 

 

 

× × ×

 

 

心配そうにアタシを一瞥(いちべつ)しながら、クロと羽田が退室した。

なぎさは居残っている。

「アンタも帰ったら?」

座りながら、文庫本に左手を置いて、意味深な表情でアタシを眺めやるなぎさ。

「会長はすごいと思います」

「いきなりなんなの……」

「じぶんに厳しくって」

「……そうかもね」

「でも、じぶんに厳しすぎて、今は強がってる」

否定、できない。

否定のしようがない。

強がってる、強がってて、最近は空回りばっかり。

「会長、もうちょっと、ここに居たいですか?」

「……居たい。感情の整理をつけたい」

「じゃ、お伴(とも)するとしますか」

「なぎさは帰ってもいいんだよ」

「『イヤだ』って言ったらどうしますか?」

ことばを返せない。

「会長の気が済むまで、残ってあげますから」

…お節介。

「きょうは途中まで一緒に帰ってあげますから」

悔しい。

悔しい、から、アタシはなぎさに、頼った。

悔しくて、それでもだれかに頼って、それでまた悔しくなって。

やがて、アタシはなぎさに頼ったことを悔いるだろう。

後悔が、負のスパイラルを描いていく。

悔しい思いの繰り返しから、抜け出したくて。

けれど、抜け出す術(すべ)も全然わからなくって。

そうやってくすぶっているうちに、一学期も終わってしまう。

夏休み、もう、すぐそこ。

『どうしていいかわかんないよ、なぎさ』という弱音を口に出せず、呑み込んでしまう。

そうやって、弱音を吐けなかったじぶんを、恨んで。

恨んで、悔やんで、恨んで、悔やんで、そんな、出口のない日常。

おかしくなっちゃいそうだ。

 

 

 

 

いっそのこと――、

家出しちゃおっかな。

 

 

 

【愛の◯◯】「思春期」ってことばぐらい知っといてよっ

 

期末テスト、終わった、終わった♫

 

――と思いきや、担任の伊吹先生がすかさず声をかけてきた。

 

「なんでしょうか?」

「羽田さん、来週さ――」

「来週?」

家庭訪問したいの」

 

「それはどういう風の吹き回しですか、先生……」

 

「驚くことないじゃん」

「だって」

「だってなに?」

「……」

「ほら、羽田さんのおうちは、事情がトクベツだから、さ」

たしかに。

居候だけれど。

だけれど。

「…また、特別扱いですか」

「いいじゃない♪ いいじゃない♪」

「ずいぶんと乗り気ですね…」

「まんざらでもない顔ね」

どこがっ!!

 

「でも今後のこととかさぁ、悩んでるなら相談に乗ってあげるいい機会だよ? 羽田さん」

ぎく。

たしかに。

「――わかりましたっ」

「わかってくれたらよろしい」

「――子供扱いしないでください」

「え、なんで」

「――すぐ頭ナデナデするんだからっ」

 

「だけどさ、羽田さんもスキンシップけっこうするでしょ?」

きゃああああああああああああああああああああ!!

「えっなにその反応、大げさだよ、他の子がみんな振り向いてるよ」

「……ふさわしい場所で話しませんか」

 

× × ×

 

「……わたし学校ではみだりにスキンシップとかしてないと思うんですけど」

「そうかなあ?」

「……そうですよ」

「――弟さん、いるよね」

「唐突な」

「うん、唐突だった。ごめんね」

「いったいなんなの、もう…」

「あ、素(す)が出た」

「ぐ」

「かわいい~~」

 

必死に話題を逸らそうとして、

「わたしは松若さんが気になるんですけど。文芸部部長として」

「あ~、荒れてたね彼女」

「テスト時間が終わると同時に教室からダッシュで抜け出したとか……泣いてたみたい、って言う子もいたし」

「いろいろあるんだよ」

「正直意外でした。そんなに簡単に折れない子だと思ってた」

「思春期だからねえ」

「はぁ…」

「でも羽田さんはさすがだよ」

「??」

松若さんのことを、そんなに思いやれるなんて、なかなかできないよ。

 優しいね。

「――ありがとうございます」

 

 

× × ×

 

 

最後は、わたしのほうが、照れちゃった。

来週伊吹先生が邸(いえ)に来ることは確定。

緊張しちゃうよぉ…。

 

 

ともあれ、時間があるので、すっかり行きつけの児童文化センターへ。

すると――、

!! 源太くん

 

珍しく、長野源太くんがいる。

源太くんとは、いわば『奇縁』。

「詳しくは――去年の11月あたりの過去ログを漁ってもらえればいいんではないかしら」

「…なにわけのわからないことくっちゃべってるんだ?」

「あ、ごめんごめん」

源太くんも――もう6年生か。

「なかなか背が伸びないね」

うるせぇ

「ま、これからだよ」

「…愛さんの身長なんか、いまに追い抜いてやるよ」

ん~~~?

「どうしちゃったの?? 『愛ねーちゃん』って呼べばいいじゃないの」

「……もう子どもじゃないから……6年だし」

 

かわいい……。

 

 

 

「――そだ! 卓球しましょ! 卓球」

「おれと!?」

「あんたと」

「やだよ、愛さんに勝てっこないし」

「やってみなくちゃーわかんない」

おもむろに、源太くんの腕を引っ張っている。

「…性格悪っ」

「なんかいったでしょ」

「……いってない」

 

 

 

 

 

 

 

 

――久々に、

気持ちいい汗をかくまで、

ピンポンした。

 

それはそうと――。

 

強くなってるじゃないの!

 

 去年より、ぜんぜん!!

 なに謙遜してたのよ!? あんた」

 

「――じぶんでも、『ここまでやれる』なんて予想外だった」

 

「…成長期なんだね」

 

恥ずかしそうに、少しうつむいたので、

あえて(?)、源太くんの頭に、ポン、と手を置いてあげた。

 

…スキンシップかよっ

 

うれしくなくは、ないみたい。

 

それからわたしは少しだけかがんで、源太くんの目線になって、源太くんの左肩に手を置いて、

自信持ちなさいよ。

と励ました。

 

そしたら、源太くんの顔、かなり赤くなり始めて、

ドギマギしてるみたいに、眼が泳ぎ、黙ったきり――、

こっちまで、火照ってきちゃいそうになるじゃないの。

そりゃまあ、本気では火照りはしないけど、わたし!!

 

 

「――そっかそっか、源太くんも思春期かっ」

ししゅんき、?

そこでキョトンとしないでよっ

 

 

 

 

【愛の◯◯】「好きです羽田くん、つきあってください!!」

 

「羽田くん!

 好きです!!」

 

 

――えっ。

ぼく……告白された。

 

 

一学期が…終わるまでに…言わなきゃいけないと思って。

 その……羽田くん、

 つきあってくれませんか?

 

 

………ごめん

 

 

「なんで………」

 

 

「――きみのこと、よく知らないから。

 ごめん、つきあえない。

 本当、ごめん」

 

 

 

× × ×

 

「あっさり、ふっちゃったね」

 

その子が、去っていったあとで、

クラスメイトの野々村さんが、

ひょっこり、とその場に現れた。

 

「野々村さんもしかして」

「ごめん、目撃者になっちゃった」

 

野々村さんは小石を蹴りながらぼくの近くに来て、

「――もう少し、いい断り方は思いつかなかったの?」

うっ……。

「はじめて…だったんだ」

「告白されるの?」

ぼくは首を縦に振る。

「それにしたってさあ」

少しガッカリしたように、野々村さんは、

「泣いてるよ今頃。たぶん彼女」

 

 

 

 

 

× × ×

 

なぜだかぼくは、旧校舎のオンボロ噴水に来ていた。

噴水のへりに腰掛けて、精神(こころ)を落ち着かせようとする。

でも無理だった。

 

 

そこに運悪く、麻井会長が現れた。

ぼくと、正面で見合う形になる。

 

どういうわけか、麻井会長のほうが、戸惑ったような顔になって、

「…どうかしたの、羽田?」

と声をかけてきた。

事情を言えるわけはなかった。

ぼくが沈黙を貫いていると、

「…少しは反応しろ、このバカ」

と、うつむいているぼくの頭に、アンパンの袋を置いた。

「会長こそなんですか。ぼくにアンパン食べさせたいんですか」

「それはやだ」

「じゃ、なんで…」

「羽田、昼ごはん食べないの?」

すっかり忘れていた。

告白のショックで。

「あ、もしかしてアンパンはんぶん分けてくれるとか」

やだ

「……やっぱり、そう来ますか。」

 

会長はぼくのかなり至近距離に座り、アンパンと豆乳のかなり侘しい昼食をとり始めた。

「それで足りるんですか?」

「足りる」

 

アンパンを食べ終えると、彼女は袋をクシャクシャにして、

「――あげる」

「――はい!?」

「捨ててきなさい」

「パシリですか。」

どうしようもないなあ、というふうな顔で、

「3分以内に捨てて帰ってきなさい」

「会長命令ですか…。」

「そう! ……元気出せ、このダメ男っ

「え」

「『え』じゃないっ!! 走れ!!

 

あわてて駆け出してゆくぼくの背中に、

明日に向って走れ、羽田!!

 

――冗談なのか、本気で励ましているのかわからない大声を、麻井会長は、浴びせかけた。