岡崎さんと桜子さんが、ぎくしゃくしたままだ。
活動教室で、近くの席に座っているけれど、双方、眼を合わさずに――。
そんなぎくしゃくしたふたりの様子を、加賀くんが興味津々そうに眺めている。
ここは――加賀くんの教育係として、注意しなきゃ。
「加賀くんダメだよ~手を止めちゃあ」
「だって…様子がおかしいぜ、あっちのふたり」
「中学生気分が抜けきってないなあ、まったく」
「はぁ!?」
「――気くばりも、覚えないと」
「気くばり?」
「とにかく加賀くんは将棋の記事を書いて」
「……あすかさんもなんか仕事したら」
「えっ……加賀くん、
いま、
あすかさん、
って、
呼んで、
くれたよね」
「ヘンなしゃべりかたすんなよ。
呼んだよ。」
「ありがとう。
でも唐突だね。
でも、加賀くんらしいかも」
× × ×
おもむろに、
岡崎さんが、瀬戸さんのほうを見た。
そして思慮深げに、
「瀬戸、頼むわ」
「え、頼むわって何を」
その瀬戸さんの疑問には答えず、
「あすかさん、」
「はいなんでしょうか、お兄…岡崎さん」
「取材……行こうや」
× × ×
岡崎さんは、
瀬戸さんと桜子さんの両方に、
気を遣ったんだと思う。
「どこに取材に行きますか?」
「ん――サッカー部以外なら、どこでも」
「じゃあサッカー部にしましょう!」
「ぐっ…」
「お兄…岡崎さん、ハルさんと同じ中学出身だから、顔を合わせづらいんですよね」
「どうしてわかるんだ、あすかさん……」
「ごめんなさい。知っちゃいました。狭い世界なので」
黙りこくってしまう岡崎さん。
その顔を、見上げて、こう言ってみた。
「…苦手なんですか? ハルさんのこと」
わたしが距離を近づけたから、困った顔になる岡崎さん。
視線が合わさってしまうと、わたしのほうでも、照れくさい。
甘酸っぱくて――すこし目線を下げる。
そのとき、
向こうから、
誰かがやってくる。
見覚えのある、3年男子――。
ハルさんだ。
ハルさんが向こうからやってくる。
こんな偶然、
偶然じゃない。
「あすかちゃんだ」
首にかけたスポーツタオルを持ちながら、ハルさんが明るく言う。
「ハルさん、サッカー部、終わるの早かったんですね」
「きょうはね」
「――けっ、そんな練習不足で強くなれるのかよ」
明らかな挑発だった。
「お兄ちゃ……岡崎さん、そんなこと言わなくても」
「練習不足で、しかもリア充と来たもんだ」
「余計なこと言わなくたっていいじゃないですか、なんでそんなに敵意むき出しに……」
おさえて。
おさえて、岡崎さん。
ハルさんは平静を保ち、微笑んでいる。
「そ、そうだ! 練習を早めに切り上げたのには、なにか意図があるとわたし思うんですけど! 今ここで、ハルさんに取材してみたいなーって、わたし、」
「意図なんてあるわけねーよ」
「決めつけるのは……よくないです、お兄……岡崎さん」
「おれはこいつのことが嫌いなんだ」
岡崎さんのからだが、どこもかしこも震えているように、わたしには感じられた。
「そうだね」
ハルさんが口を開く。
「意図なんてなかったよ」
「もういい!! 取材拒否だ」
「――それ、取材される側の人が言うことばじゃない?」
ハルさん。
なんで。
火に油を注ぐようなことを。
「畜生」とつぶやいたなり、ハルさんに向かってずんずん歩いていこうとする岡崎さん。
止めなきゃ。
なんとしても。
わたしは通せんぼするように、岡崎さんの前に立ちはだかった。
「あすかさん――なんで、ハルの味方なんか」
「わたしは今はどっちの味方でもないです。
どうして…どうして、同じ中学なのに、そうやっていがみ合うんですか」
「同じ中学だとか――過去は関係ない。個人的な問題だよ」
岡崎さんのウソつき。
「ケンカして、なんになるっていうの――お兄ちゃ…岡崎さん。
殴って解決できるんだったら――いっそのこと、わたしを殴ればいいじゃないの」
「暴力は反対だな」
すかさず、ハルさん。
「殴られるような理由があるなら…甘んじて受け入れるけど。でも、おれのほうでは、手は出さないから」
すると、無言でわたしとハルさんに背中を向けて、トボトボとどこかに岡崎さんは歩き出した。
背中がしだいに小さくなっていく。
「追いかけなきゃ…!」
「ほうっておいたら?」
「ダメですっ! 同じ部員なんですから」
「……誰だって、ひとりになりたいときはあるもんだよ」
「そんなこと百も承知ですよ、でも…!」
ハルさんは首を横に振った。
『追ってはいけない』という、確固たる意思表示だった。
岡崎さんはその日、活動教室に戻ってこなかった。
× × ×
あくる日――、
岡崎さんは、部活にやってきた。
岡崎さんの手の甲には、
包帯が巻かれていた。