【愛の◯◯】大胆なお誘いは伊吹先生の特権

ーー終業式。

来週は、クリスマスと、関西旅行。

それはもちろん楽しみなんだけど、

なんだけど、ね…… 

 

期末テストの結果が返ってきていた。

少しだけ持ち直した。

悪くいえば、成績、少し「しか」戻らなかった。 

 

ほぼ全生徒が大学に進学する学校だから、

この時期になると、空気が次第にピリピリしてくる。

受験モード。

はりつめた空気が、高等部3年の教室から伝わってくる。 

 

そして、来年は、わたしたちがーー。 

 

進路。

すべてはこの2文字。 

 

 

 

どうしたらいいんだろうか。

決めるのはまだ早い、っていう見方もあるだろうし、

もう決めなければならない、って見方もあるだろうし。 

 

× × ×

 

「決めるべきか考え続けるべきか、それが問題だ」

「なに、その微妙に『ハムレット』っぽいセリフw」

「さっさやか、いつのまにわたしの教室に」

大岡昇平が『ハムレット日記』って小説を書いていてね」

「題名だけ知ってる」

「なら読んでみるといいわ。

 にしても、さっきのセリフはどういう意味があったの」

「それは……、志望校、を、決めるのがいいか、もう少し悩むのがいいか、

 要するに進路のことを思案していて」

「うーん、2年の冬だし、まだ早い気もするけど、ある程度固めておいたほうがいいかもしれないし、微妙だよね。

 でもさー。

 愛、あんたは大学で何やりたいの?

 どこ受けるかよりも、そっちを固めるほうが先なんじゃないの?」

 

図星……。 

 

「図星、って顔してる。かわいいかわいい」

「そ、

 そう言うからには、

 さやかのほうは、明確な進路希望ってものが、『かたち』として在(あ)るのよね……」

「在(あ)るよ(即答)」

 

「……どんな?」

 

「まだ教えな~い」

「ず、ずるいよ」

「(窓の外を見て)あそこに桜の木があるでしょ、

 あの木に桜が咲きはじめる頃になったら教えるよ」

 

× × ×

 

「見晴らしが丘」

 

丘に立って、都心を眺めている。

さやかは……期末の成績わたしより良かったから、

このまま行けばーーさやかが受ける大学は、自然と限られてくる。 

 

『羽田さん、なにたたずんでんの?』

 

「伊吹先生……」

「なにかを思いなやんでる顔ねえ。

 そういう顔も、かわいいよw」

「教師がそんなこと言わないでください」

「がっくし」

 

「先生。

 わたしの悩み、言います。

 

 わたしーー、

 これから何がしたいのか、わからないんです」

 

「将来の夢、みたいなもの?」

「まあ、そんなところです。

 未来があまりにも漠然としすぎているんです。

 

 なんとなく大学選んで、なんとなく大学入って、なんとなく4年間過ごしてーーってのが、わたし一番イヤなんですけど……。

 でも、このままだと、そうなっちゃいますよね。

 こわいです」

 

「えらいね、羽田さんは」

 

「えらい!? どこがですか」

「真面目じゃん。

 将来のこと、真剣に考えてる。

 深刻に考えすぎな部分もあるけどねぇ」

「深刻なのは…やっぱしマズいですか」

「あたしは不安ね」

「………」

「この前、羽田さんかなり荒れてたじゃない? コーラ飲んでべろんべろんになって」

「あれは将来のことの悩みとは関係ないところで荒れてたんですっ」

「ーーそれはそうなんだけど、さ。

 羽田さん、あのとき、

 

『先生のウチに泊まらせてください!』

 

 って言ってたよね?」

 

「あれは…勢いで……」

 

 

泊まらせてあげようか

 

 

「い、いいんですか、ヤバいんじゃないですか先生、そんなことしたら」

「なんだか乗り気ね羽田さん。

 土日ならヒマだよっ」

「土日ってーーあしたあさって!?」

「あなたが深刻になりすぎないように、あたしと武彦くんが、いてあげるから」

「そんな…行く理由が……」

 

でも、

どういうわけか、

伊吹先生に、寄りかかりたい。

あのときメルカドで、『泊まらせてください!』って言っちゃったのは、

口から出まかせじゃなくって、

本心だったんだ。