【愛の◯◯】手始めはカウンターの店員さんに

 

午後3時過ぎ。

都内某喫茶店

オリジナルブレンドコーヒーを飲み切った姉。

満足げな微笑みで、

「91点」

と採点結果を言う。

「辛口のお姉ちゃんにしては高評価だね」

「素晴らしい完成度のオリジナルブレンドだったんだもの。素材の良さが如何なく抽き出されていたわ」

「素材ってコーヒー豆?」

「もちろん」

向かいの席の姉はニヤリとして、

「コーヒー豆の違いだとか、利比古にはまだ判らないみたいね。わたしだったら、一口目で、『違い』が判るんだけど」

確かに、味わいの微妙なニュアンスだとか、ぼくには判らない。

国内でも指折りの『女子大学生コーヒー博士』であると思われる姉は、抽出方法などにも詳しい。いや、詳しいというレベルではない。ネルドリップがどうとかサイフォンがどうとか、講釈を延々と聞かされて参ってしまったコトが何度もある。

「利比古。コーヒーを美味しく飲むためのガイドブックを今度あんたにプレゼントするわ」

そう言うやいなや、オリジナルブレンドコーヒーの2杯目を注文するために、店員さんに向かって挙手をする。

 

× × ×

 

「お姉ちゃんって喫茶店でアイスコーヒーをあまり頼まないよね。熱いコーヒーを年中飲んでる。アイスコーヒーが苦手なの?」

91点のオリジナルブレンドコーヒーの3杯目を味わっていた姉が、コーヒーカップを静かに置いた。

ぼくの質問に答える気が無いのだろうか? 何も言うコト無く、視線をこちらにジワァッ……と注いでくるだけ。

「訊いちゃいけないコトだったの? アイスコーヒーにまつわるイヤな過去でもあるの」

「な・い・わ・よ」

「だったら、アイスコーヒーをあまり飲まない理由を教えてくれても……」

余裕たっぷりにニコニコと、

「それを教えるのは、利比古にはまだ早いわ」

早い!?

時期尚早!?

Why!?

「そんなコトよりも。わたし、『新機軸』を導入したいのよ」

白いコーヒーカップを両手で軽く持ち上げながら姉が言う。

いきなり『新機軸』って。

なにそれ。

どういう風に新しい機軸なの。

「あんたには言ってあったわよね? アツマくんとのふたり暮らしにおける『ポイントシステム』を導入したって」

そのコトですか。

「お姉ちゃんが好き勝手に導入したシステムのコトだね。『愛ポイント』なるモノを考案して、自由過ぎる裁量で、アツマさんに付与したり付与しなかったり……」

「簡潔に説明してくれてありがとう」

「お姉ちゃん、まさか」

「そのまさかよ、利比古。アツマくんだけじゃなく、あんたにもポイント付与してあげたいの」

なんだかすっごく面倒くさいコトになってきたぞ。

クーラーの効いた夏の室内。背中がヒヤリとする。氷が入った袋を当てられたような悪寒。

「例えば。お会計の時に、3杯目のコーヒー代金をあんたが出してくれたら、550ポイント付与してあげるわ。このお店のオリジナルブレンドコーヒー1杯分が550円だから、550ポイント」

背中の冷気に苦しみつつ、ぼくは、

「あのね、お姉ちゃん。誰でも550円気軽に出せると思ったら大間違いだよ?」

「えっ、まさかのドケチな利比古!?」

「ドケチじゃないよ。財布の中身がかなり寂しいコトになってるんだ」

「ドケチの反対ってコト? お財布が寂しいのは、ムダ遣いの結果?」

「分かんないけど……気付いたら、厳しい財政事情になってた」

「浪費してしまった結果でしょう、それは」

右手を顎(あご)に軽く当てて、姉は、

「夏休みになったら、バイトを始めたら? 懐(ふところ)が寒かったら稼ぐのよ。もし、バイト始めるのをあんたが決意したら、ボーナスポイントを2000ポイント進呈してあげるわ」

ううぅむ。

痛いトコロを突いてくる。流石は姉だ。

サークルの先輩女子に、『羽田くんはまだバイト始めてないの!? 大学生としてそれはどうかと思うわよ』と言われたばっかりなのだ。

ハタチになろうとしているのに、バイト未経験。確かに、マズいのかもしれない。

重い腰をなかなか上げられない。フリーペーパーのアルバイト情報誌を街中(まちなか)で見かける時、思わず視線を逸らしてしまう。

弱く、

「ぼくに合うバイトは、何なのかな。お姉ちゃんは、ドイツ語を翻訳するバイトをやってるけど、ぼくだったら、ひょっとしたら、英語を扱うバイトなら向いてるのかも……」

「どうして自分で判断しようとしないのかしらね。優柔不断過ぎるわよ。英語に自信があるのなら、自分自身のチカラで積極的にバイトを探してみなさいよ」

うぐ。

ストレートパンチ的な御(お)コトバ。

えぐるように繰り出してくるコトバのパンチ。容赦が無い。

「突き放すようなコトバを言っちゃったけど」

柔らかな声で姉は、

「少しなら、提案してあげるわ。あんたの得意な英語関連でしょ? 姉としての意見。塾講師とかよりは、断然、英会話教室の先生よね」

「あーっ、なるほど。受験英語みたいなのよりも英会話の方が教えやすいのかな……って自覚、あるよ」

「自覚があるのならば!!」

端麗な顔立ちにドヤ顔的な態度が絶妙にブレンドされた表情でもって、

「もっと積極的に動いてみるのよ。スマートフォンでも簡単に情報が調べられるでしょ。『英会話 バイト』って入力して検索したら、星の数ほど検索結果が出てくるわよ」

「それもそうだね。分かった、ありがとう、お姉ちゃん。帰宅したら、早速……」

「帰って検索する前に!!」

「……えっ?」

「カウンターに店員さんが立ってるでしょ? 日常会話で役に立つ英語のフレーズをあの女性(ひと)に教えてくるのよ」

「むむむ無茶ぶりなっ」

「ドン引きしないのっ☆」

「す、するよ。するからっ」

「カウンターに行ってきて日常会話レクチャーに成功したら、2250ポイント」

「半端じゃない!? 2250!? 気紛れだよね、完全に気紛れでポイントの値を決めてるよね!?」

「〜♫」

「お姉ちゃん!! そういうトコロ!!!」