お母さんがダイニングテーブルでお酒を飲んでいる。
わたしに気付いて、
「どーしたのよ愛。まだ寝てなかったの」
下を向くわたし。
眼を合わせられない。
いちばん伝えたいコトを言う勇気が無い。
振り絞れない。
缶ビール片手にお母さんは、
「わたしの晩酌につきあう? 日本酒、冷蔵庫にあるけど」
「……」
なにも返事できず、焦り気味に首を振るばかり。
「あらぁ」
お母さんは、
「もしかして、寝付けないから下りてきたの?」
その通りだけど、その通りだから、わたしは黙(もだ)し続けてしまう。
「ウチのベッドがしっくり来てないのかしら」
ようやくわたしは、
「ちがうの。そんなんじゃないの」
と声を出す。
でも、フニャフニャで弱く情けない声。
「だったら、心理的な問題かしら?」
当たってる。
だから、床に視線を落として、再び応答できなくなってしまう。
それでも、勇気を振り絞って、顔を上げ、お母さんの顔に懸命に眼を合わせて、
「あのね、おかあさん……」
と震える声を出し、弱々しさ100%に、
「……こころぼそいの」
と、自分の正直な気持ちを伝える。
× × ×
「よく言えたわね。自分の気持ちを」
なぜかお母さんはわたしをホメて、
「『大学生にもなって、親に弱音を吐いてしまった……』なんて、思ったらダメよ?」
と、苦笑い。
ベッドにチカラ無く座るわたしの左肩に右手を置いてくる。
「愛。わたしの推理を言ってもいい?」
小声で、
「お好きに」
とわたし。
眼の前に腰を下ろすお母さんは、
「まず、わたしたちの新居に泊まりに来たは良いけど、いつもと違って独りで寝ることになったから、『アツマくんロス』が発動して、一種のホームシック的状態になった」
とズバリの指摘。
「そんな孤独の中でベッドに横になってると、今度は将来のことに関する不安がやって来て、『だれかの助けを借りないと、眠れなくなっちゃう……』と思った」
ズバズバ言い当ててくる。
負けそう。
いや、もう負けてる。
眼の前で床座りのお母さんの背後には敷いた布団。
「寝室で助けを貸すコトできるのは、母であるわたししか居ないわよねえ」
と言われ、
「お父さんと寝室でふたりきりなんて、ますます眠れなくなっちゃうもの」
とも言われてしまう。
デリカシーの無いコトバに耐え切れなくて、ベッドに寝転び、掛け布団をかぶって、お母さんの反対側を向く。
「ねえ、愛。子守唄でも歌ってあげよーか」
容赦の無いお母さんが愉しそうに言う。
「いやだっ」
わたしは反発。
「じゃあ、読み聞かせ?」
「絵本なんてこの部屋には無いでしょっ」
「それもそーね」
× × ×
自分から心細さを訴えたのに。
いざ、お母さんに寝室に来てもらったら、反発してしまって、よりいっそう不眠に傾いていってしまう。
今はわたしもお母さんも横になっている。
寝息が聞こえてきた。
安眠のお母さんとは対照的に、羊をいくつ数えてもわたしは寝入るコトができない。
あきらめて、身を起こす。
心身ともにコンディションのすぐれないまま、床に足の裏をくっつけてベッドに座り続ける。
「お母さん」
打開策はお母さんを起こすコトしか無いと思った。だから声を掛けた。
やっぱり1回の声掛けでは効果が無く、
「おかーさんっ」
と、かなり声のボリュームを上げて再び呼び掛ける。
「おかーさん、おきてよっ!」
喚きにも似た、3度目の呼び掛け。
むくむく……とお母さんはついに目覚め、身を起こし、どうしようもない娘のわたしに眼を凝らし、
「まだ眠れてなかったの? 横に布団敷いて寝てあげるだけじゃ効果無かったみたいね」
「羊の数を200数えても、無理だった」
「横浜DeNAベイスターズの選手を全員数えるのは? それだったら寝付けそうじゃない?」
「無責任な提案しないで」
「『無責任』ってなあに」
「……」
「ひとこと多いし、声もとんがってる」
指摘されてションボリのわたし。
いちばんしてほしいコトを言うパワーが無くなっていく。
「要するに」
鋭く察知するお母さんは、
「添い寝して、あっためてほしいんでしょ」
瞬間的に恥ずかしさが最高潮に達する。
「遠慮する必要なんて無いのよ。わたしにしたって、甘えてきてくれるのは嬉しいんだし」
「だけど……わたし……甘え過ぎで……」
ふふふっ、とお母さんが笑う。
最高度にくすぐったくなってしまう。
「そんなにあなたがモジモジするのって、いつ以来かしら」
敗色濃厚。
だから、わたしはとうとう、
「おかあさん……はやく……こっちにきて……」
と、眼を閉じて、降参する。