朝っぱらからカフェに来ている。
『明日は月曜日で定休日だから。今日行っておきたいの』
愛にそう言われて、ふたりでやって来たのである。
モーニングを注文し、ふたりで待つ。
「アツマくん」
真向かいの愛が、優しい笑顔で、
「朝早くからありがとう。つきあってくれて」
おれは、
「まあ、今日は1日中フリーだし」
愛はニッコリニコニコと、
「あなたをくたびれさせちゃうかも」
「だいじょーぶだ。持久力には自信ある」
「確かに。アツマくんは、無尽蔵」
ニッコリニコニコを持続させる愛。
ツンツンデレデレから『ツンツン』が省かれたようなご様子。そんなご様子が、まだ続いている。
ワンプレートの皿に置かれた小さなコーンスープのカップに、番号のように数字がデザインされている。
「おれは『10番』だが、おまえは?」
「わたしは『1番』よ。高校野球だとエースピッチャーね。そしてあなたは控えピッチャー」
なんだそれ。
「ねえねえ。プロ野球でも、背番号が『1』だったエースピッチャーが居たのよ」
「だれだよ」
「無学ね。鈴木啓示よ。日本でいちばんホームランを打たれたピッチャー」
野球殿堂的なピッチャー……だよな。
にしても、「無学ね」と言ってきたか、とうとう。
愛の攻撃性にもエンジンがかかってきて、『ツンツン』が復活しそうな勢いだ。
「鈴木啓示の背番号も知らないようでは、先が思いやられるわねえ」
思った通り、いつもの愛に戻っていく勢いの発言。
「『先が思いやられる』ってなんだよ、『先が思いやられる』って」
「あなたはプロ野球の教養をもっと培(つちか)うべきだわ」
なに。
それ、なに。
どこまで本気の言い回しなの。
「とりあえず、ホエールズとベイスターズで100勝以上したピッチャーは、全部憶えてもらって。そのあとで、メジャーに行く前の佐々木主浩の年度別成績を頭に叩き込んでもらって――」
果てしなく面倒くさくなってくる横浜DeNAベイスターズ信者が、スープのカップを両手で軽く持ち上げる。
愛さん。
第一、あなた、メジャーに行く前の佐々木『大魔神』のこと、リアルタイムで知らないでしょ。
「ホエールズからベイスターズになるときに、当時の主力選手が参加して歌った曲があるのよ」
止まらない愛、であったのだが、隙(スキ)をついておれは、愛のプレートに残っていた小ぶりのソーセージ2本を強奪する。
「ちょちょっと!? いきなりソーセージ強奪しないでよ!? わたし食べたかったのに」
すぐに2本のソーセージを食べてしまう。
これはペナルティである。
横浜DeNAベイスターズのことになると止まらなくなる愛が悪い。
追加料金で注文した3杯目のホットコーヒーを飲んでいる愛がむすーーっ、としている。
完全にツンツン要素の復活だ。
やっぱりこっちのほうが可愛い……と思わず感じてしまい、少し恥ずかしくなりながらも、
「珍しいよな。不動産店が中にあるカフェって」
カフェと不動産店の同居。
すごい取り合わせだ。
「どんなシナジー効果があるんだろうか。おまえはどう思う?」
「答えてあげないっ」
「お」
「あなたが『シナジー効果』とか言うの、なんだかイヤだ」
「おお」
「なによその反応!?」
怒ったー。
× × ×
攻撃性を取り戻した愛にツンツンされつつ、買い物につきあってやったりする。
大量に書籍を購入した愛。手提げバッグが重そうだったから、
「持ってやるぞ?」
「だめ。わたさない」
「渡してくれよー。遠慮すんなよー」
「わたし、わたさないもんっ」
「オーッ」
「……なによ」
「可愛いな、やっぱ。そういう態度」
愛の顔面が一気に燃え上がる。
へへ。
× × ×
「せっかく思い出にどっぷり浸ろうと思ってたのに……」
「浸ればいいじゃねーか。思い出の店なんだろ? ここは」
中華料理店なのである。
昼食なのである。
大きめの赤い丸テーブルに頬杖して、プイ、とおれから視線を外して、
「羽田家(はねだけ)4人でよく来てたの」
と、少しスネた声で言う。
「小学生時代か」
「そうよ。利比古も小学生だった。小さくてあどけなくて可愛かった」
「その頃から弟を溺愛してたんだな。よーく理解できる」
さらに視線を逸らす利比古の姉。
ブツブツとつぶやくように、
「小さくてあどけなくて可愛かったけど、今みたいなイケメン大学生になる下地はあった」
うむうむ。
「うむうむ。おれも想像できるぞ、イケメンの片鱗をのぞかせていた利比古の姿が」
おれの言ったコトを完全スルーしつつも、視線をおれのほうに少し戻してくれて、
「チンジャオロースと五目あんかけ焼きそばを、それぞれ2人前頼みましょう。大皿に盛られてくるから、ふたりで取り分けるのよ」
「美味いな」
「当たり前」
「おまえってさ」
「なによ」
「チンジャオロース大好きっ子だよな」
「……『大好きっ子』なんて言わないで。好きなのは当然認めるけど」
「そんでもって、あんかけ焼きそばに対するこだわりもある」
「こだわりって。あのねーっ」
「ここの五目あんかけ焼きそば、『五目』が付いてるのがポイントだと思うんだ」
「……」
「メニュー名から『五目』はどうしても抜かせない。そういう、作り手の情熱(パッション)が伝わってくる」
「アツマくんっっ」
「んー??」
「『大好きっ子』って言うのも『パッション』って言うのも、厳禁よっ!!」
なんでかなー。
× × ×
その後、ボウリング場へ。
愛に機嫌を戻してもらうことが大目標になる。
大いにフラストレーションを発散してもらいたいところであるが、
「おれ手加減しねーぞ。全力で立ち向かってこい」
挑戦的なおれのコトバを受けて、抱えたボールを見つめる愛。
しかし、目線を上げて、力強く、
「望むトコロよ。わたしストライクしか獲らないからね」
なんだかスカパーの試合中継に出てくるプロボウラーのような眼つきである。
微塵も動じないおれは、
「かかってこいや」
と、レーンに向かう。
× × ×
ゲーム数やスコアについては、おれたちの事情で割愛。
言えるのは、戦前の自信通り、おれが愛ちゃんを圧倒しちゃいましたよ……というコトだ。
ジュークボックスの前に愛ちゃんは立ち尽くしている。
ゆっくりとその背中に歩み寄る。
できる限り優しく、左肩にポン、と右手を置いてやって、
「おまえに負けん気が戻ってきてくれて良かったよ」
ささやかな沈黙のあと、
「負けん気であなたに立ち向かったけど、結局負けちゃって、悔しさ150%だわ」
反射的にこぼしてしまう笑い声。
不用意なおれに愛がムキになり、
「勝ち誇らないでよっ!! どうしてどうしてあなたは、ボウリングもそんなに強いワケ!?」
「プロボウラー目指してみるか。喫茶店勤めとプロボウラーの掛け持ち……すげぇ取り合わせだな。どんなシナジー効果が生まれるのか、って感じだぁ」
おどけるおれに、愛の肘鉄(ひじてつ)。
ついに暴力が来た。
「アツマくんあなたもしかして『シナジー効果』ってワードが相当気に入ってるの」
相当な早口で言い、
「ペナルティなんだからね」
と言ったかと思うと、
「100円玉。あなたの財布に入ってるわよね、100円玉」
「100円玉でなにすんの」
「あなたのお金でジュークボックスの曲聴くから」
「何曲聴くつもりだよ。私物化するなよー?」
「も、もうっ!!!」
掴みかかる愛。
掴みかかりを、受け止めるおれ。
周りのお客さんからは、どういうカップルに見えてるのやら。