【愛の◯◯】兄貴の前だと浅野がヘンだ

 

扉を叩く音がした。

入り口に歩み寄り、扉を開けた。

すると、これ以上なく不都合なことに、ぼくの兄貴・結崎一眞(ゆいざき いっしん)が、眼の前に。

「ハローハロー、純二(じゅんじ)」

チャラチャラしやがって。

「いったい突然、なにをしに来た」

「様子を見に来たのさ、もちろん」

様子だと??

「年度が替わったからねえ。『PADDLE(パドル)』編集室がどんな感じになってるのかな、と」

「なにか変化があったとでも思ってたのか?? 兄貴は」

「去年の戸部あすかちゃんに続き、新しい女の子が入ったんじゃないかと、期待してたんだが――」

兄貴はわざとらしく部屋を見回して、

「期待が外れたみたいだな」

とか言いやがる。

「新歓活動、してないの?」

ぼくは反発して、

「新歓云々よりもだな。……会社はどうしたんだよ、兄貴。職務放棄の常習犯だよな!? 完全に」

「あー、今日は休み」

どうやったら新年度早々、休みが取れるんだ……。

「社会人失格だという認識なんだが」

「おれが?」

「兄貴が」

「ハハッ」

薄ら笑いのような笑みを浮かべつつ、『まいったね』と言わんばかりの両手のオーバーリアクションで、

「純二よ。5年生にして、おまえもようやく学問を始めたらしいじゃないか」

「ぼくの学業のことと兄貴の社会人失格は関係ないだろうが」

「ホントウかぁ??」

 

立ったまま、兄貴を睨み続けていたぼく。

そんなぼくの視界に、天敵女子学生(留年)の浅野小夜子(あさの さよこ)の姿が入ってくる。

兄貴の背後に、浅野。

とんでもなく不都合な状況になってきた。

 

兄貴も浅野の接近に気づいたらしく、

「おっ」

と言って、浅野のほうに向きを換える。

「小夜子ちゃんだ♫」

気軽に声掛けの兄貴。

……浅野のヤツは、兄貴とは対照的に、

あっ……こ、こんにちはっ、一眞さん……。

と、控え目な態度を取っている。

 

浅野の兄貴に対する態度に、ぼくは前々から違和感を持っていた。

浅野は、兄貴と見つめ合ってしまうと、素直におしゃべりできないような状態になるのだ。

わからん。

本当にわからん。

弟のぼくに対するのと、兄貴に対するのとで、ずいぶん態度が違うじゃないか。

いや。

ずいぶん、ではなく。

180度。

そう、180度だ。

弟と兄で、180度態度が変わってくる。

不可解だ。

 

浅野と兄貴の両方を睨みつけていると、

「あの……一眞さんは……お仕事は、いいんでしょうか」

と、ぼくには見せない顔&ぼくには用いない声色(こわいろ)で、浅野が尋ねた。

「今日はお休みさ★」

浅野を可愛がるような、兄貴お得意のレスポンス。

「そうだったんですね……」

照れるようにして下向き目線になりやがる浅野。

その下向き目線から、目線を徐々に上げていこうと努力する浅野。

しかし、長身の兄貴を、上手に見上げることができない。

あすかさんによれば、浅野の身長は156センチらしい。

兄貴とはかなりの身長差だ。

今、ジットリと兄貴は浅野を見下ろしているんだが……その見下ろしかたが、なにやら自分の妹に視線を注いでいるかのようだ。

ぼくと兄貴に女きょうだいなんかいなかっただろが。

浅野が妹で、兄貴は兄貴面(づら)、ってか。

おかしいだろが。

 

見かねて、

「浅野ぉ。いったいなんの用事だよ?」

と声を掛けてみる。

しかし。

浅野からの応答が……こっちに来ない。

よく見れば、浅野のヤツは、ハードカバーの本のようなものを何冊か胸に抱いている。

「――『PADDLE』向けの参考文献でも持ってきてくれたんか? おまえにしては気が利く……」

ホメてやろうとした。

が。

急に浅野が、ぼくに視線を飛ばしてきて、

『あなたはちょっと黙ってて』

という意思を、無言で送ってきやがった。

それから、瞬時に兄貴に向き直り、一生懸命に……背の高い兄貴と目線を合わせようとする。

 

ヘンなの。

「あこがれ」でも抱いてんのか……? 兄貴に。