ダイニング・キッチン。
午前中のコーヒータイムというやつである。
真向かいの席には愛。
いつものごとくブラックコーヒーを味わっている愛。
そんな愛が専用マグカップをことん、と置いて、
「静かね」
とおれに言う。
「静かだわ。あなたとわたしだけの、静かな時間が流れてる……」
おいおい。
詩人にでもなった気か。
いや、詩人というよりも――、
「ポエムみたいなこと言うんだな」
「そ、それは、どうゆーいみかしらっ」
一気にテンパる愛。
「詩的な表現というよりも、ポエム的な表現だよな、と思って」
「詩とポエムは……違うの?」
「違うだろ」
「……」
お黙りになってしまった愛は、やがて、専用マグカップの中を覗き込みながら、
「アツマくん」
「おう」
「わたしに詩人的才能が無いのは悔しいけど」
「けど?」
「そんな悔しさを引きずりたくないから」
「から?」
「状況確認をしましょう」
なんだそれはー。
「利比古は、登校。
あすかちゃんは、ミヤジくんに会いに、都心に。
流さんは、お仕事」
「――それで?」
「明日美子さんはたぶん、寝室でゴロゴロしてる」
「だからあー、きみはなにが言いたいのかねー」
心持ち目線を上げた愛は、
「今、わたしたちは、ほとんどふたりっきり状態……ってことよ」
× × ×
「おれの研修が休みで良かったな。おれが邸(いえ)に居なかったら、おまえ寂しかっただろ」
「そうね。とっても寂しかったと思うわ」
「うお。直球な」
「本心を言っただけ」
椅子に座った愛が、ちょっとだけ眼を逸らす。
おれの部屋なんである。
『どっちの部屋で過ごす?』と訊いたら、おれのシャツの袖を掴みながら、『あなたの部屋がいい……』と言ってきたというわけだ。
「どうだ」
おれはベッドの上であぐらをかきながら、
「キチンとなってるだろ? おれの部屋。雑誌が床に散らかったりしてないし。これでも『努力』をしてるんだ」
しかしながら、愛の観察力は鋭くて、
「枕。枕で週刊ヤングジャンプを挟んでるでしょ」
「アッそうだった」
「足りないわね、『努力』」
「まあまあ、勘弁してくれよ。エロ本挟んでるわけじゃないんだし」
不機嫌そうに立ち上がる愛。
ベッドの枕に近づいていき、挟まれていた週刊ヤングジャンプを引っこ抜く。
ぱらぱら、とヤングジャンプのページをめくっていったかと思うと、
「回収」
「え」
「これは、回収よ」
「なぜに? 読みたい漫画でもあったんか?」
「違うわよ」
「だったら、返してくれたほうが嬉しいぜ?」
「いやだ」
「強引かつ強情だな」
怒りと照れのミックスされたような表情になって、
「からかわないで! 昼ごはん抜きにするわよ」
と喚(わめ)きながら、ヤングジャンプを放り投げて、おれのカラダに急速に抱きかかってくる。
「……ヤングジャンプばっかり読んでたら、バカになっちゃうんだからっ」
「集英社を敵に回してどうする」
「……」
「安易に漫画雑誌の悪口を言うもんでもない」
「……」
「な?」
「……ごめんなさい、ヤングジャンプ編集部の皆さん。『【推しの子】』のアニメが成功するといいですね」
「おれのカラダに抱きつきながら、ぬかりなく謝罪するという高等技術」
「うるさいわよ」
脇腹をつねってきた。
半分痛く、そして半分くすぐったい。
× × ×
密着し続けて、どうしても離してくれない。
おれは穏やかに、
「おれのカラダから離れんと、昼ごはん作れんよな」
と言う。
だが、
「11時を過ぎたばっかりじゃないの。昼ごはんを今食べたら、晩ごはんまで時間が空(あ)いちゃう……」
そんなに離れたくないんか。
そんなにしがみつき続けたいんか。
今日のおまえ……積極的を通り越してんぞ。
「なんというかさ」
おれは、
「今日のおまえさ、強引で強情だな、って思ったりも、したけどさ」
胸のあたりにオデコをこすりつけながら、愛は、
「強引で強情で……なにが悪いの?!」
「いやいや、そういうことじゃなくて」
「……??」
「強引で強情なだけでなく――強欲(ごうよく)でもあるよな、って」
「……!!」
「――いやごめん、強欲は、言い過ぎだった。不適切だった」
愛の背中に右手を置いて、
「不適切な彼氏で、すまんかったな」
と謝る。
愛の体温が、少し上昇する。