チョコレートを、わざと両手で後ろに隠す。
そうやって、アツマくんに近づいていく。
「愛か」
わたしの接近に気づく彼。
そんな彼に、
「ねえ。今日がなんの日か、知ってるわよねぇ??」
と迫っていく。
アッサリと、
「バレンタインデーだろ」
と言う彼。
んー。
ちょっとアッサリし過ぎなんじゃないの?
「そこは、とぼけてほしかったかも」
と言うわたし。
「は? なんでとぼける必要ある」
もうっ。
「あなたがとぼけてくれないと、バレンタインデー気分が盛り上がらないじゃないの」
「なんだそれ」
「なんだそれ、じゃないわよっ」
依然としてチョコレートを後ろに隠し持ち続けているわたし。
そんなわたしを、彼は黙って見下ろす。
やがて、
「……持ってるんだな、おまえ。手作りのチョコを」
と沈黙を破る彼。
「さすがにわかるのね」
「あー。わかるさ」
「フフフ」
「なんだよその笑いかた。おまえらしくもない雑な笑いを見せやがって」
「なにそれ~」
「だから、雑だろがっ!」
そろそろ。
そろそろ、見せてもいい頃合いよね。
チョコを。
「はい。――これが、今年の手作りチョコ」
差し出したモノを、じっと眺める彼。
数分間ぐらい眺めていた。
「これを作るのに、どんくらいかかったんだ」
「丸一日よ」
「……そっか」
「あなただから、丸一日かけるのよ??」
「エッ」
「ド本命、ってこと」
「ど、ド本命、とは」
わかりなさいよ。
「鈍感。」
「……」
「あなたは本当に鈍感ね」
そう言いつつも、彼にド本命チョコレートを手渡し。
手渡された彼は、
「ド本命チョコか。
ド本命チョコなのなら……。
5馬身差で圧勝するぐらい、美味しいよな??」
なに。
なに、その比喩。
× × ×
チョコをめぐる駆け引きをリビングでしていたわたしたち。
アツマくんに1個食べさせたあとで、わたしの部屋に移動。
「感想を言ってよ」
勉強机の椅子に座りつつ、床にあぐらの彼に要求。
「感想か?」
「感想。1個食べたら、言えるでしょ」
「んー、そーだなあ」
彼は首筋をポリポリと掻きつつ、
「5馬身差どころではなかった」
?
「8馬身差か9馬身差の、圧勝だった」
「……。
どうして今日のあなたは、競馬の比喩を使おうとするわけ。
わたし、8馬身とか9馬身とか言われても、想像つかないんですけど」
「8馬身差といえば、オルフェーヴル。9馬身差といえば、シンボリクリスエス」
「はい!?!?」
「――って、葉山のヤツが言ってたんだよ」
「……つまり、葉山先輩の受け売りなわけね」
「たまには、あいつの趣味を尊重してやってもいい」
「上から目線な……」
しかし、『耳学問』というかなんというかで、オルフェーヴルやシンボリクリスエスがどんな馬なのか、葉山先輩の影響により、おぼろげながら、わたしも認識できるようになっていたのだった。
「葉山に言わせると、おまえの髪の色は、オルフェーヴルの毛色(けいろ)に似てるらしい」
「それ、センパイがほんとに言ってたの?」
「言ってた言ってた」
……どうして、どうしてお馬さんトークな流れになっちゃうかなあ。
流れ、変えたい。
変えたい気持ちが昂(たか)ぶり、
「アツマくん」
「ん?」
「なんだか、『オルフェーヴルはディープインパクトより強かったのか』っていう議論に移行しそうだったから――」
「や、どんな議論だよ、それ」
「問答無用っ!」
「うお」
「あなたには、じっくりと、わたしの最強の本命チョコを味わってほしい。
でも、それを味わう前に……」
「なんだよ」
「わたしを味わってよ」
アツマくんは呆れた顔で、
「ふしだらだぞー、愛よ」
と謎のコメント。
「ふしだら」ってなに、「ふしだら」って。
適当に「ふしだら」っていう語を用いてるでしょ。
おバカさんなんだから、いつにもまして、あなた……!!