火曜の夜。
「さやかってば……あなたがわたしのお腹で遊んでたりしたせいで、お昼寝時間が短くなっちゃったじゃないの」
「ごめん」
「……くすぐったかったんだからね?」
「ごめんてば」
愛はパジャマ姿。
ベッドを椅子代わりにしている。
…かわいいパジャマ姿な愛は、軽く溜め息をついてから、
「わたしをリラックスさせてあげようって意図は、わからないでもないけど」
「やり過ぎだったかー」
「くすぐったいだけだった」
「アハハ」
「…もうちょっと、わきまえて。いろいろ」
うなずくけど、敢えてわたしはイジワルに、
「……もし、アツマさんが同じようにしてきたら、どうなってた?」
愛の顔面がほんのりと赤くなっていく。
ぶんぶんっ!! と首を横に振って、
「そもそも彼は、昼間のさやかみたいなことは、しないからっ」
と突っぱね。
「もっとフェアなんだからね、彼は」
往年のツンデレ美少女キャラみたいな口調になりつつ、言う。
言ったあと、目線をやや高くして、
「もしかして、今夜……わたしに添い寝するつもりだったの」
と問いかけ。
「よくわかったね。かしこい」
「わたしだって……駒場キャンパスに通うぐらいの頭脳は、あったんだから」
おっ??
「なにかなぁ、それは。わたしと偏差値的な意味で張り合うってか」
「……互角だったじゃないの、成績」
「知ってるから」
「いまさら、高等部時代のテストの通算対戦成績とかを蒸し返すつもりなんかないけど…」
「愛~」
「…なに」
「添い寝云々から、話が逸れまくってるよね」
「…わかってる」
「逸れまくってるし、さ。
愛、あんたには、わたし――どうやっても、勝てない」
「……どういう意味!?」
優しい微笑みを持続させるよう努めつつ、
「今は、まだわからないかもしれない。いずれきっと、わかると思ってる」
と言ってみる。
「……曖昧よ。」
「ヒントあげようか」
「ヒント?」
「進路設計・進路選択ビジョンの明確性」
「……??」
――混乱、させちゃったかなあ。
「わるいわるい、あんたの眼がクエスチョンマークになっちゃ、いけないからね」
「――さやか。」
「添い寝のことに、話を戻そっか」
× × ×
ジャンケンをすることになった。
わたしが勝ったら添い寝。
負けたら添い寝は無し。
――で、どうなったかというと。
一発勝負に、わたしは、敗北しちゃった。
勝負弱さ、か。
× × ×
翌朝のわたしは早起きだった。
6時を少し過ぎたぐらいに眼が覚めた。
起き上がって、床に敷いた布団から、愛の寝顔を眺めてみる。
…うなされている感じがして、気になった。
気になったから、考えた。
一生懸命に考えて、考えて……時刻はあっという間に7時を回る。
× × ×
ムクリ、と起きてきた愛の顔が、冴えない。
「――見ちゃったか。悪夢」
「……」
「お~~い」
沈黙したまま、斜め下に視線を落としてしまう。
良くない。
やがて、弱々しく、
「…後悔してるの」
と声を発した。
「やっぱり、さやかが添い寝してくれてたほうが、安心だったかも……。さやかが、わたしの横で、わたしをあっためてくれてたほうが」
『あっためてくれてたほうが』……か。
ふむ。
「今からでも、遅くはないんじゃない?」
わたしは、言ってみる。
「え?」
……肝心なとこで、鈍感だねえ。
気づきなさいってば。
「気づきなさいってば。愛」
「……なにに??」
思わず、苦笑いのわたし。
なんだけど、
「――あんたをあっためてあげるのは、今からでも、ぜーんぜん、遅くなんかないでしょ。」
と、告げて、
すーっ、と、息を吸って、
「――お母さんに、なったげるから。」
と、言ってあげて、
それからそれから、
ベッドに座って狼狽(うろた)え加減の愛に――抱きかかっていく。
『……』
静寂。
わたしはただ、親友を、包み込んであげるだけ。
お母さん代わりとして。
「…あのさ、愛。
わたしの母さんって、信じられないぐらい、わたしに優しくって。
そう……ほんとーに、信じられないぐらいに、優しい接しかた、してくるんだ。
ハタチになった今でも、変わんないの。
中等部や高等部のときとかは……その愛情が、くすぐったいことも、あったかな。
だけど不思議と、反発なんかしなかった。
スッと受け容れられる、優しさだったんだ。
あったかかった。……うん、とっても。なんて言ったらいいんだろ。人肌以上のあったかさ、というか……。もちろん、そういう優しさは、今も不変で。
分けてあげたいかな。
わたしの母さんがわたしに分けてくれた優しさを、今度は、愛、あんたに――。
そしたら、あんたはぜったいぜったい、元気になれる。
わたしを信じて――愛。
今だけ、あんたは、わたしの娘。
ギューっとするのが、少し痛いかも、だけど……。
許して。」