部屋をノックする。
少し経ってから、ゆっくりとドアが開き、愛が姿を現した。
「愛」
「…」
「おはよう」
「……」
「こらこら、挨拶しなさいって」
「……。
おはよう。さやか」
よしよし。
エラい。
× × ×
「おはよう」を交わしたけど、もう昼過ぎだ。
ま、べつにいいか、そんなことは。
ミニテーブルに右肘を突いて、
「講義に出席してみようとしたんだって? ずいぶん頑張ったんだねえ」
とホメてみる。
でも愛は、
「ぜんぜん頑張ってないわよ……。」
と弱く言って、
「結局、最後まで講義は受けられなかったし。失敗よ、カンペキに」
と、真下を向いてしまう。
良くないなー。
「――愛。」
わたしは、優しく呼びかけてみる。
「えっ、どうしたの? さやか」
と愛。
…わたしの優しさに戸惑わなくたって。
「横になったほうが、ぜったい楽じゃない?
気を遣わなくたっていいから。だって、あんたの部屋なんだもの。
ごろ~ん、ってなりなよ。遠慮なく、さ」
「さやか……!」
× × ×
愛はアッサリと横になった。
「その調子、その調子」
「……その調子って、なに。さやか」
「その調子はその調子だよお」
「ちょ、ちょっとっ」
「慌てなさんな」
「んなっ」
「落ち着きなよ」
「…」
「ね?」
「……」
「疲れてるでしょ? 本格的に寝てみたら」
「……お昼寝しなさい、と?」
「わたしが見守っててあげるから」
掛け布団の上に横向きで寝転んでいた愛だったが、少しだけ躊躇(ためら)ったあとで、掛け布団の中に入り込み、眼をつぶった。
「ハイ、その調子」
わたしは言うけど、
「……さやか。あなたのほうが5倍ぐらい調子はいいでしょ」
とか、眼をつぶりながらも、グダグダと言ってくる。
だから、
「――ツンツンしちゃって。
そんなにツンツンの度合いが高いと、お昼寝できなくなっちゃうよ?」
と、軽ーくふざけてみる。
「い……いみわかんないんですけど」
「わかんなくって、当然」
「さ……さやか、あなたは東大で、なにを学んできたの……」
「教養科目に決まってるでしょ」
「そういうことじゃなくってっっ」
「わたしさ。たぶん、来年からも教養学部だと思う」
「さやか!! ふざけすぎよ」
愛の悲鳴。
しょーがない子だねえ。
もう、お昼寝とか、そういう流れじゃなくなって来ちゃったか。
× × ×
それでも、静かに15分ほど様子を見ていると、だんだんと落ち着いてきた。
それにしても、とんでもなく美人な寝顔なこと……。
「……滅茶苦茶うらやましいよ、アツマさんが」
「だ、出し抜けに、なに……。きょうのさやか、ボケてばっかりじゃないの」
「いまのは、ボケたわけじゃない」
「……」
「どう? 眠気、来た??」
「……どうかしら」
悩める愛、って感じだ。
お昼寝モードに突入できないでいる。
ま、半分以上は、わたしの責任なんだけどね。
――わたしに責任がある、から。
――愛がかぶっている掛け布団のとある箇所に、そっと右手を置いてみる。
「?!!?!?
い、い、いきなりなにするのよ、さやか!??!」
「混乱し過ぎだからぁ。
わたし、あんたのお腹の辺りに手を置いただけだよ?」
「置くなら、言ってから置いてよ!! びっくりして、眠気が吹っ飛んじゃうじゃないのよ!!!」
構わず、わたしは。
愛のお腹の辺りに、右手の人差し指で……◯(マル)を描(えが)いてみる。
ふざけすぎちゃったか。