「さやか、劇に出てみない?」
「――え、なに、いきなり、無茶振り!?」
「演出の水無瀬さんが役者を探しているの」
「水無瀬さんって――ああ、演劇部の」
「演劇部のひとは出演しちゃいけないっていう決まりになってるから、ちょっと難航しちゃってるのよね」
「それでなんでわたしなの」
「水無瀬さんが脚本をすっごく読み込んでくれて、具体的な役のイメージも浮かんでるんだって」
「脚本って、あんたが書いた?」
「わたしだけじゃないよ」
わたしはどこからともなく決定稿の脚本を取り出して、
「ほら、『松若響子・羽田愛』って連名になってるでしょ?」
「ほんとだ」
「原作は松若さんだから。わたしはお手伝いといっても過言ではなく」
「ふーむ……」
「で、松若さん・わたし・水無瀬さんの3人で打ち合わせして、」
「して、?」
「主役は水無瀬さんの指名で真っ先に決まって――で、『主人公が旅の途中で4人の女性に出会う』って筋なんだけどね、これ、四幕劇で、さやかが出るのは一幕(ひとまく)だけ」
「ちょっと待ちなさい愛」
「なに?」
「なに? じゃないっ。なんでわたしが出るのが既定路線に……」
「だって水無瀬さんのイメージにぴったり当てはまるんだもん」
「ほんとのほんとに…?」
「まず、『身長163センチぐらい』」
「やけに具体的な数値だね……」
「さやかがまさに163センチじゃん。2学期始めの身体測定で1センチ伸びたんでしょ」
「その通りだけど……愛もずいぶん細かいことまで記憶してるんだね」
「自慢じゃないけど記憶力いいから」
「自慢じゃないけどは余計でしょっ」
「ともかく――背丈に関しては、ぴったり」
「背丈だけぴったりでも……」
「次の条件。『女の子にモテそう』」
「……」
「なんともいえない、って表情ね」
「……水無瀬さんじゃなくて、あんたが考えた条件なんじゃないの?」
「違うよぉ~、わたしは脚本だけで役目、おしまいよ」
「そう言って足繁(しげ)く稽古を見に来るつもりなんでしょ」
「ど、どうしてわかったの!?」
「あんたのことが良くわかってるからだよ」
「えーっとね……3つ目の条件を、言うね」
「はやく言いなさい」
「3つ目は……『サバサバした性格』」
「――なるほどねえ」
「き、気を悪くしたらごめんね、さやか」
「なんで? 気を悪くなんかしないよ」
「だって、『サバサバした性格なんて誤解だ』って、怒っちゃうかもしれないと思ったから」
「怒るわけないじゃん。なにいってんのー」
「よかった……で、水無瀬さんが出した条件と照らし合わせて、やっぱりさやかが適任だと思うんだ」
「…………わたし演技の経験なんて皆無だよ」
「大丈夫だよ、劇に出る人みんなそうだから」
「脚本――見せて」
わたしはさやかに脚本を渡した。
猛スピードで脚本に目を走らせるさやか。
脚本から、顔を上げたかと思うと、
「――いい脚本じゃないの。」
「わかってくれたの!? さやか」
「わかるよ。ダメ脚本だったら『ダメ』って言うもん。
ダメな脚本だったら、出ないつもりだった」
「ってことは――さやか、出てくれるのね!?」
「出たげるよ。
あんたと松若さんの熱意を買う。
水無瀬さんと折り合いがつくかどうかは――演(や)ってみないと未知数だけどね」
「さやか……!!」
「でもさぁ。スケジュール、ちょいとヤバくない?」
「……そこなのよね。来週のアタマから稽古だから、それまでにセリフを覚えてほしい」
「まー土日挟むからセリフ覚えはなんとかなるでしょ。でも文化の日の本番までに間に合わせるには――休日に登校しないといけなくなるね、これは」
「申し訳ないけど、そうなっちゃう。わたしも来るから。そこは勘弁してね、さやか」
「学業と演劇の両立――か」
「さやかの分も宿題やってあげるから」
「それはナシ」
「どうして……大変よ」
「大変なほど燃える性質(タチ)なんだよ。わたし」
なぜだか、さやかのしゃべり方が、凄みを帯びてきた。
「大変なのはお互い様。――それぐらいわかってるはずでしょ? 愛だって」
わたしは頷(うなず)きながらも、
「でも――大変の度合いが違うよ。私立文系専願と、東大文科三類は」
「さりげなくわたしの具体的な進路希望を言わないっ」
未来の東大生にたしなめられてしまった。
「そもそも劇に出てって言い出したのはあんたでしょーがっ」
「そうだった……」
「なにしょげてんの、あんたの書いた脚本でわたしが演じるんだよ。もっと喜んでよ」
「そうだった……!」
「水無瀬さんを紹介して」
「すぐ?」
「このあとすぐ!」
「了解。」
「あと、」
「?」
「今度、観せなさい」
「??」
「観せてよ、『羽田愛のお料理学園』」
「ど、ど、ど、どこで知ったのよっ!! その番組のこと」
「利比古くんの部活もハデなことするよねー」
「言ってないよ、いっさい言ってないよ、さやかに」
「言ってなくても伝わるよ。あんたのカリスマ性がそうさせるのかな」
あたふたするわたしに、トドメを刺すようにして、
「とにかく観せなさい。ハンバーグの美味しい作り方を教えなさい。
楽しみね――あんたのエプロン姿」