【愛の◯◯】元気120%なんてものじゃない彼女

 

朝のダイニング・キッチン。

エプロン姿のあすかさんが、フライ返しを持っている。

 

「おっはよ~~、利比古くん」

「おはようございます、あすかさん」

「朝ごはん、もうすぐできるよっ☆」

 

……元気だ。

 

「元気ですねあすかさん」

「あは☆」

「今朝は……ひときわ」

「そう見える?」

「ハイ……不思議と」

 

彼女は朗らかに笑い、

「上り調子だから。最近のわたし」

と。

「右肩上がりって感じかな~。矢印、超上向きだよっ」

 

彼女が「超」を付けるってことは――ほんとうのほんとうに、上昇気流なんだろう。

 

「朝ごはん食べて、利比古くんも、元気120倍になろうよ☆」

「なんですか120倍って。100倍でいいじゃないですか」

 

…ツッコミが不用意だったのか、彼女の眉間にシワが寄る。

 

「…些細なことでツッコミ入れないでよ。ムカーッとしちゃうじゃん」

「すみません。

 ですが……」

「え?? なに」

「小鍋が……沸騰してますよ」

ああっ

 

× × ×

 

あすかさんが作ってくれた朝食は、美味しかった。

 

元気120倍とは行かないまでも――やる気12倍ぐらいには、なったかもしれない。

12倍……。

120より、さらに中途半端だな、12って。

 

× × ×

 

ところで。

 

昨日(さくじつ)、「ミヤジさん」という、あすかさんと同い年の男の人が、邸(いえ)に来ていた。

 

利比古はゼッタイ近づいちゃだめよ!!」と、姉に釘を刺されて、ミヤジさんとの面会の場からは遠ざけられていたわけだが。

 

ミヤジさん……どうやら、あすかさんの、パートナー……というか、もっとハッキリ言ってしまえば、彼氏、であるらしく。

そして、彼氏になりたての、ホヤホヤらしく。

 

ミヤジさんの存在が、あすかさんの元気さに影響を与えているのは、間違いがない。

 

……あすかさんのこれまでの◯◯を、漠然とではあるが、ぼくは把握している。

 

把握しているからこそ。

遠巻きに、そっと。

順風満帆であれ、と……願うのだ。

 

× × ×

 

 

夜。

 

あすかさんが、居間のソファに腹ばいになって、スマホをぽちぽちしている。

 

――無防備だなあ、と思いつつも、

 

「あすかさん。テレビを観ても、いいですか?」

 

ウワアッ利比古くんっっ

 

「――驚きすぎですから。スマホが落っこちちゃってもいいんですか」

 

「……」

 

「ど、どうして、スマホを握りしめながら、ぼくを凝視して……」

 

「……」

 

「不都合だったら、別のとこでテレビ観ますけど?」

 

「……」

 

「この邸(いえ)、1階だけで、テレビが10台ぐらいありますし」

 

「……そうだね」

 

「――それから」

 

「えっ」

 

「微熱でもあるんですか……? あすかさん。元気すぎて、はしゃぎすぎて、それで――」

 

「ち、

 ち、

 ちがうよっ!!」

 

 

 

 

……ため息。

ため息、つくしかないや。