眼の前の席には、羽田センパイ。
優雅にブラックコーヒーを飲んでいるセンパイ。
きょうも美人だ。
美人すぎるぐらい美人だ。
しかも、高等部のときより、だいぶオトナっぽくなって……!
「――川又さん?」
しまった。
見とれていた。
「な、なんでもございません」と取り繕うも、
「わたしの顔、じーっと見てたんでしょ」
と、ズバリと言ってくるセンパイ。
「仕方ないよね」
そう言って、軽く笑って、センパイはさらに、
「わたし、美人だもんね」
……じぶんで言っちゃうんだもんなー、このお方は。
「センパイの、髪って……」
「髪がどうかしたの?」
「いったん、高等部のときと比べると短めになりましたけど、また長くなってきてますよね。……このまま、伸ばし続けるんですか?」
「それね、実は迷ってるの」
ニコニコ美人顔で、わたしをまっすぐに見てきたかと思うと、
「川又さんは…どう思う? わたしのロングヘアの今後について、助言、くれない?」
……困っちゃう。
助言なんか、できそうもない。
はぐらかすのは、心苦しいけれど、
「……。きょうわざわざセンパイを『メルカド』に誘ったのは、文芸部のことで大事な報告があるからでして」
と無理やり話題を換える。
「ずいぶんバッサリと話をぶった切ったわね」
「すみません…」
「いいのよいいのよ。わたしのロングヘアのことは…宿題ね」
「はい…」
「――文芸部のことで大事な報告、って言ったって、深刻な事態が生じてるとか、そんなのではないんでしょ?」
「はい。――ネガティブなことではなく、逆に、めでたいというかなんというか」
「フム」
センパイはいっしゅん考えて、
「――同人誌、できたの?」
「ズバリです。さすがセンパイですね」
文芸部内サークルの『シイカの会』。
1年間かけて、詩歌(しいか)について、みっちりと勉強をした。
その勉強の成果を、創作というかたちで表したかった。
「卒業ギリギリになって――ようやく、わたしたちの同人誌ができあがりました」
「ジャンルは?」
「ほぼ、短歌です」
「ほおー」
「それ以外の表現形式もありますけれど、短歌がメインで」
「流行りだもんねー、短歌」
「まあ、トレンドですよね」
「川又さん、どれくらい短歌を詠んだの?」
現物を見せたほうが早いと思い、
「きょうは、センパイにお渡しするぶんも持ってきていて」
と言いつつ、できあがった同人誌を1部取り出し、
「読んでみてください」
と、本をセンパイに託す。
センパイはパラパラとページをめくる。
「…あなたの短歌が、いちばん多そうね」
「結果的に、そうなりました。でも、ほかの子もがんばってます。武藤さんとか。
4人ぐらいの少数精鋭だったけど……がんばりました」
「すごいじゃないの」
センパイはいったん本を置き、
「わたしには真似できそうもないわ」
「……センパイには敵いませんよ。センパイの、文学的センスには」
「わたしは割り切ったから。創作文芸には、まったく向いてないんだ、って」
「わ…割り切りが、早すぎませんか」
「川又さん――」
「…なんでしょうか??」
「創作の夢は――あなたに託すわ」
「夢……。」
「とくに、短歌の創作。あなたは短い表現形式のほうが向いてる。短歌を詠むのは、やめないで」
「それは…センパイの、インスピレーションですか??」
「どれだけ昔からあなたを観てると思ってるのよ」
優しい声で、センパイは、
「進むべき道を示すのも……先輩である人間の役目だと思って」
「……」
「おせっかい、かしら?」
「い、いえいえ」
「ちゃんとわかってるんだから。かわいい後輩であるあなたのことは」
うれしい。
うれしいし、くすぐったい。
くすぐったさのほうが、上かもしれない。
「ホラホラ、そのコーヒー、早く飲んじゃいなさいよ。冷めちゃうと、美味しくないじゃない」
そう促すセンパイの「ぜんぶ」が――、
眩しい。