3月9日だ。
レミオロメンの日――といっても、いいだろう。
レミオロメンの日なので、レミオロメンがパーソナリティを務めたNHK-FMの番組を録音したMDを聴いていた。
おれたちのサークル部屋はMDを再生できる機器もちゃんと備えているのである。
なかなか勉強になる番組だな……と思いつつMDを聴いていると、ドアをノックする音が数回響いてきた。
MDの再生を止めて、入り口に近づく。
…開けてみると、年上の女性が立っていた。
きのうに引き続き、東本梢(ひがしもと こずえ)さんである。
24歳の、大学1年生だ。
「どうしたんですか。おれたちの部屋にある音源でも聴きたくなったんですか」
「違うの。きみたちのサークル部屋にお邪魔したいわけじゃないの。反対」
「反対?」
「――きみを、私ら『西日本研究会』のお部屋に招待したいんだよ」
「なんですか。もしかしたら、勧誘ですか。おれはもうすぐ4年だし、このサークル一筋で……」
「勧誘なんて、しないしない」
「……」
梢さんは部屋のなかを覗きつつ、
「アツマ君、きみひとりなのね?」
「……いまは」
「きみひとりだけだと、寂しいし、退屈でしょ」
「そんなことはないですけど」
すると……上目遣いで、
「お姉さんのワガママ……聴いてくれないの? アツマ君は」
ぐぐぐうっ。
年上の女性のこういう「攻め」に……すこぶる弱いのだ、おれは。
× × ×
「ちょっとだけですよ」
「あらやだ、ちょっとだけですよ、なんて、エロいよ、アツマ君」
「……本気で言ってませんよね?」
「うふふっふっ」
× × ×
『西日本研究会』のサークル部屋は、おれたち『MINT JAMS』のサークル部屋のすぐ近くだった。
おれたちの部屋よりだいぶ狭い。
少人数なんだろうか。
「ちっちゃい部屋だよねー。会員もそんなにいないし、予算も微々たるものだから」
そう梢さんは説明する。
「座ってよ」
促された。
面と向き合う。
面接なんかよりも、はるかに距離感が、近い。
梢さんは左腕で頬杖。
「いま、どんな感じ? きみ」
「どんな感じと言われましても」
「年上のお姉さんとふたりっきりなシチュエーションなんだよ?」
「…。少しだけ緊張があるのはたしかです。だけど、女子と同じ空間にいるのには慣れているので」
「ほおぉー」
「もしおれが高校生だったら、あなたを前にして、タジタジになってたかもしれないですけど」
耐性というか、なんというか…だな。
こっちだって、たくさんの女子との関わりのなかで鍛えられてるんだ。
『なぜ、戸部アツマという人間は、こんなに女子と関わる機会が多いのか!?』とツッコまれるのが必然なほどに。
……異性を問題にしないということは、おいといて。
「梢さん。説明してもらえないでしょうか。『西日本研究会』というサークルの活動内容を」
彼女は余裕顔で、
「読んで字の如くだよ」
「…西日本を研究するにしても、無限に対象は存在するでしょう。具体例を……」
「鉄道好きな子とか、いるねぇ」
「西日本の…鉄道?」
「きみは、知らない? 阪急だったり阪神だったり近鉄だったり南海だったり。京阪もあるよねぇ」
「ぜんぶ、名前だけです……関西で生活していないんだし」
「北大阪急行電鉄って、聞いたことない?」
「なんですか、それ」
「じゃ、阪堺電気軌道は?」
「……軌道?」
「叡山電鉄」
「……お手上げなんですけど」
× × ×
鉄道オタク……もとい、鉄道好きのその会員は、なんとJR西日本の鉄道駅をすべて暗記しているらしい。
「生産性、ないですね」
「バッサリ言わないでもいいのにー」と、梢さんは苦笑。
だって、ねえ。
関西のマイナー私鉄やJR西日本にしこたま詳しいからって、いったいなにが見えてくるっていうの。
おかしいよ。
「あの…梢さんの、専門分野は?」
「んーっ」
「あ……あるんでしょう? 専門分野……」
彼女はなぜか「ん~~っ」と大きく背伸びをして、
「――小売、かな」
「こ、こうり???」
「そー、小売業。スーパー・デパート・ショッピングモール……いろいろ」
「た、たとえば」
「平和堂って、知ってる?」
…やっべぇ。
このまま、日が暮れちまうってか…!!