出来上がった『宝物のメロディー』の音源を聴いている。
× × ×
「えー、続いては、男子生徒のいわゆるひとつの憧れである――明智(あけち)先生の思い出の1曲でございます。
授業中の笑顔がキラキラとまぶしい明智先生、彼女の思い出の1曲とは?
――さっそくインタビューをお聴きください。
『ビートルズの「イン・マイ・ライフ」だな。
これは、高校時代の、というか受験生時代の、思い出の1曲。
あのね、わたしね、高3のころ、ずっとビートルズのアルバムを聴きながら受験勉強していたの。
わたしの時代は――もちろんCDの時代で、ラジカセでCDをとっかえひっかえしながら聴いていた。
勉強をしているんだか、音楽を聴いているんだか、どっちがメインなのか分からないぐらいだった。
今思えば――ビートルズのほうに、没頭してた気がする。
英語の勉強という名目で、おこづかいを増額してもらって、タワレコにビートルズのアルバムを買いに行って。
というのはね、実は英語の先生を目指してたんだよ、わたし。
……意外って顔になるよねえ。
だって、今のわたし、英語教師でもなんでもないんだもんね。
本気で英語教師目指してたら、もっと本気で英語の勉強してたよね……って、今では思ってる。
ビートルズのほうに、うつつを抜かしてたんだから。
『ハード・デイズ・ナイト』とか『ヘルプ!』とか『リボルバー』とか、ラジカセで再生しまくってた。
で、たぶん、いちばんヘビーローテで聴いてたのは、『ラバー・ソウル』だったと思う。
「イン・マイ・ライフ」は……『ラバー・ソウル』に入ってる、とても有名な曲。
知らない?
知らないか。
……いいの、いいの。知らないことを、恥ずかしがらなくっても。
あのね。
「イン・マイ・ライフ」を、聴いていると――、
勉強机に投げやりに置いてた英語参考書とか、
勉強に身が入らずにボーッと虚空(こくう)を見つめてたこととか、
『ラバー・ソウル』を再生してたラジカセの色とか、
そういうことを、思い出すんだよね。
第1志望の大学に落ちて、泣きそうになってたときも、
「イン・マイ・ライフ」を……ラジカセで流してたような気がする。』
……。
切ない話でしたね。
夢と現実と、青春――。
むやみにコメントしにくいぐらい切ない、明智先生の青春エピソードでした。
……受験生時代の明智先生、さぞや美少女だったんだろうな。
なーんて、余計なこと言って、お茶を濁すのが精一杯なわたし。
それはそうとして、
このインタビューの聞き手は黒柳くんだったんだけど、
黒柳くん……なにもしゃべってなかったよね!?
せめてなにか言おうよ。
一方的に明智先生のお話を受け流してる感じだったじゃん。
次の企画のときは、もっとちゃんとしてよね。
……これ以上怒ってると、番組の趣旨から著しく脱線しちゃうから、もうイジらないけれども。
自分で考えて、反省して。
お・わ・か・り!?」
× × ×
「……続きましては、食堂のオバさんとしてみんなに親しまれている、シブサワさんが選んでくれた、思い出の1曲です。
取材は羽田くんでした。
黒柳くんと違って、彼、ちゃんと取材してます。
会話というか、対話というか……そういうのが、成立してる。
さすがです。
羽田利比古という少年――ただものじゃない。
お見知りおきを。
『シブサワさんの、『宝物のメロディー』を、教えてください』
『岡村靖幸の「カルアミルク」。『家庭教師』っていうアルバムに入ってるの』
『おかむら…やすゆき…』
『――彼も、いろいろありながら、相当年(とし)を食ったよね』
『ベテランなんですか?』
『彼には、ベテランって言葉、ちょっと似合わないかも』
『はあ……』
『……『家庭教師』とか、「カルアミルク」とか、高校生には刺激がちょっと強いか』
『刺激……?』
『まあ、いいの。
――『家庭教師』、約30年前にリリースされたアルバムで。
当時はね、バブル景気の終わりかけのころで。
あなたはピンと来ないだろうけど――ひとことで言えば、現在とは生活の様子がちょっと違ったのよ。
良く言えば、なんでも持ってて、幸福で。
悪く言えば、あまりに贅沢で、浮かれっぱなしで。
……ぶっちゃけるとね、
岡村靖幸を好きだったのは……わたしではなくて、わたしの当時の恋人だったの。
――うろたえなくても、いいじゃない。
刺激、強い?
でも、今だから話せることでもあるし、いい機会だし』
『あ、あの……』
『なあに』
『その、恋人のかたとは……』
『別れたに決まってるでしょ』
『……』
『そういうものよ。
ぶっちゃけ続けると、別れのきっかけも、岡村靖幸だった――。
当時、あの人、『好きな音楽があるんだ』って言って、一緒にいるときに、いきなり『家庭教師』を流し始めて。
『率直な感想を聞かせてくれ』ってあの人、言うもんだから、
わたし、言ったのね、率直な感想を。
……『気持ち悪い歌い方だね』って。
記憶の中で、忘れかけてる部分もあるけど……あのときのわたし、調子に乗ってたんだと思う。
順調すぎるぐらい、あの人とはうまくいってたし。
だから、『気持ち悪い歌い方だね』って言葉も、許されると思った、受け容れてくれると思った。
それが間違いだったの。
わたしがそう言ったとたん、あの人は失望した顔になって、アルバムの再生が終わるまで……違うな、再生が終わってからもしばらく、なにも言ってくれなかった、口をきいてくれなかった。
その日から――わたしたちの関係は、殺伐まっしぐら。
破綻(はたん)が、目に見えてた。
これは、わたしの意見だけど……、
他人(ひと)の好きなものを、むやみに否定したら、いけないね。
いろいろな意見はあっても、わたしはそう思う。
教訓かな?
お説教じみてる?』
『……いいえ、そんなことは』
『――あなただって、大切な人の『宝物』を、壊したくはないでしょう?』
『『宝物』……。』
『気をつけて、っていうこと』
『……それで、今、シブサワさんにとって、岡村靖幸っていうミュージシャンの存在は、』
『第一印象は……気持ち悪い、だったけど。
あの人と別れてから……30年、経っちゃってるよね。
そのあと――彼のアルバム、全部買って、全部聴いて、
今でも――全部、聴き続けていて。
岡村靖幸は――わたしのいちばんお気に入りの、ミュージシャンになった。』
『――そうですか。』
『――もう、なんのわだかまりもなく、『家庭教師』も聴くことができる』
……。
濃ゆい話、でしたね。
カルアミルクは、カクテルの名前らしいです。
シブサワさん、オトナ……。
ではお聴きください、
岡村靖幸で、「カルアミルク」」
× × ×
いつの間にか、姉が部屋に入ってきていて、
「あー、岡村靖幸だー」
流れている楽曲に反応する。
「知ってたのお姉ちゃん? この曲」
「知ってるわよぉ」
「でもこれ、30年前の曲だとか」
「関係ない関係ない。あんたとは音楽的蓄積が違いすぎるんだから」
たしかに――、
姉は、音楽エリートともいえる。
「ひょっとして、お母さん経由とか? お母さんが岡村靖幸のアルバムを持ってた、とか」
「ん~どうだったかしら」
「そこ、曖昧なんだね……」
ぼくのツッコミを華麗にスルーして、クッションを抱きながら床に座り込み、
「パーソナリティは、なぎさちゃんなのね」
「他にやる人、いるわけないからね……」
「……そーなの?」
「え? それは、どういう……」
「利比古、あんたはラジオでしゃべらないの?」
「な、なぜに」
「しゃべってみたくはないわけ??」
「う、裏方さ……ぼくは」
「もったいなくない? マイクに向かえば、利比古だってしゃべれるよ」
「……根拠ないって、さすがに」
「姉の直感が根拠よ」
ムチャクチャ言うなあ……。
「――お姉ちゃん」
「ん~?」
「お姉ちゃんこそ――、フリートークで、2時間ぐらいしゃべり倒せそうだよね」
「あら」
「根拠はないけど――、奇妙な確信が、あるんだ」
「なるほど」
「お姉ちゃん――」
「んっ??」
「アナウンサー、向いてるんじゃない?
受けてみたら? 将来、放送局の入社試験」
25%だけ本気混じりに、訊いてみたら、
姉は、ニヤリ、と微笑みつつ――、
「ヤダ」
と、一発回答するのだから、
しょうがない。