夏休みなんだけど、いつもどおり起きて、食卓へ。
父さんが、新聞を読みながら、朝食を食べている。
「おはようさやか」
「おはよう」
「なんだ、休み始まったのに、ずいぶん早いじゃないか」
「生活リズムって、大事だし」
「まじめだなぁ」
× × ×
そして父さんが家を出る時刻に。
「ねえ父さん、兄さん今度いつ帰ってくるか知らない?」
「さあ、知らないなあ」
「…そっか」
「相変わらずさやかはお兄ちゃん大好きだなあ」
「…そうだよっ」
「きょうは勉強か?」
「勿論」
おもむろに、わたしの頭に手を乗せて、
「おまえは真面目でほんとうに偉いなあ」
……朝っぱらから、ちょっと恥ずかしい。
「じゃあ父さん行ってくるよ」
「いってらっしゃい」と父さんを見送ったあとで、少しだけ溜め息をつく。
そこに母さんがやってきて、
「どしたの? さやか」
「父さんが激甘だったー」
「ほめられたんならいいじゃない」
そうやって、ニコニコ顔で「お昼ごはんなにがいい?」とか訊いてくる。
「さやかの好きなもの作ってあげるよ」
――これが、わたしの両親。
× × ×
激甘だけど、
嫌いな甘さじゃない。
両親は、わたしをあたたかく育ててくれた。
だから、志望大学に受かって――恩返しがしたい。
問題は、わたしの志望校が、日本でいちばん難しい大学だということ。
模試の結果は――まぁ、上々なんだけど。
気を抜きたくない。
というわけで、勉強机の前に座りしだい、すぐさま参考書を開き、受験勉強を始める。
× × ×
ところが、しばらく勉強していると、無性に参考書や問題集以外の本が読みたくなる。
テスト前に無性に本が読みたくなって延々と読んでしまう現象って有名だけど、それの大学受験バージョン?
誘惑に負けて、本棚に手を伸ばす。
それで、参考書そっちのけで小説を読みふけっていたら――昼食ができたことを、母さんが知らせてきた。
× × ×
昼食に、集中できず。
そして、数ⅡBにも集中できない。
あっという間に読み終わった小説。
その一方で、一向に終わらない問題集。
――どうしよっかな。
手詰まりだ。
これ以上やっても、能率が上がらない。
「……音楽でも聴くか」
夏休みのあいだは、
荒木先生に、会えない。
その点、愛やアカ子は、うらやましい。
「それはそうと…」
荒木先生、どんな音楽が好きなんだろ。
クラシック以外で。
ロックやポップスで、荒木先生が、好きな音楽って……。
長年授業を受けてきたなかで、ある程度察しはつくけど。
これかなあ?
それとも、これ?
…と、CD棚とにらめっこするけど、わたしは荒木先生が好きそうなアルバムを選ぶことができない。
1時間近く棚の前で悩んでも、最適解が得られない。
荒木先生が好きなロックバンドとか――訊こうとしても、2学期まで訊けないのか。
つらいなあ。
いつの間にか、
荒木先生のことばっかし考えてる、
自分が、つらい。
受験生じゃなくなってる。
――仕方なく、クラシックのCDを棚から引き抜いてラジカセにセットする。
こんなことじゃダメだな~と思いつつ、ジーパンを脱いでベッドに横になり、眼をつむりながら音楽に耳を澄ませる。
『さやか~~??
さやかちゃ~~ん???』
あ。
わたし、完全に寝落ちしてた。
「……ごめん母さん。寝てた」
「もう夕方よ」
「……やばっ」
母さんはおっとりと、
「疲れてるんじゃないの?」
「んー、肉体疲労のほうはだいじょうぶなんだけど」
キョトンとする母さんをよそに、ベッドに腰を下ろして、
「ナーバスにもなってないんだけど、」
「だけど、?」
「母さんには――まだ秘密かな」
笑って言う。
すると、ジーパンを脱いだままベッドに腰掛けているわたしを見かねて、
「――履きなよ、ジーパン」
「あ、はいはい」
わたしの、いつものクセ。
高3になっても直らない。
しょうがないなあ、といった表情の母さん。
…そんな母さんが、ジーパンを履いている最中のわたしを、なぜか興味深く見ているような気がする。
なぜだか、ジーパンに脚を通すのに、まごつくわたし。
わたしがジーパンと格闘していたら、
「…かわいい」
え!?
なにが!?
かわいいって、なにが!?!?
わたしがジーパン履くのに手間取ってるのが、かわいいのか。
そ、それとも――。
うろたえているわたしに、追い打ちをかけるように、
「はやく履いちゃいなよ~♫」
「わ、わかってるからっ!!」
……うろたえにうろたえながら、わたしはジーパンを引き上げ、ファスナーを閉め、ベルトを念入りに締めるのだった。
ほんとに、もう……。