「夏休みなのに制服着てどこ行くんだ、学校か?」
「あれ、言ってなかったっけ。
セミナーに行くの」
「セミナー??」
「うん。都内の高校の文芸部員が集まって。
『読書』っていうテーマで」
「初耳…しかしそりゃ愛にぴったりなテーマだ」
「でしょ? でしょ? アツマくん」
「きょうだけなの」
「違うよ、2日間。明日もあるの」
「マジか」
「マジよ」
× × ×
都内某駅で、松若さんと待ち合わせ。
「あ~っ羽田さんおはよう~」
「おはよう! 松若さん」
よかった。
松若さん、すこぶる元気。
それでも、会場への道を歩きながら、思わず呟いてしまった。
「……わたし安心した」
「安心??」
はじめは何のことやら、というリアクションだった松若さんだったが、勘づいて、
「――あぁ、期末のことね~!
お騒がせしちゃったねぇ、アハハハ」
「泣いてた、って言ってる子もいたから…」
「泣いたよ」
「だ、だいじょうぶなの!? ホントに」
「だいじょうぶ。だって、泣いたらスッキリして、全部飛んでいったから。立ち直ったから」
「そっか――。
松若さんは、やっぱり元気で明るいほうがいいよ」
「そうだね――」
× × ×
会場では伊吹先生が待ち構えていた。
「偉いね2人とも。遅刻せずに、しかも5分前行動」
「『誰かさん』と違って、普段からちゃんとしてますので」
「ええ~ん羽田さんがいじめる~~」
――言い過ぎたかな。
「羽田さん厳しいねぇ伊吹先生に」
「長いつきあいだから……。
この前、邸(ウチ)にも来たし」
――やばっ。
うっかり口を滑らせちゃった。
「え、家庭訪問!?」
「まっ松若さん、内緒だよ、これ……」
「わかってるよぉ」
「ホントに、内緒ね、これ」
「伊吹先生、羽田さんのことが好きなんだね」
「――わたしも好きだよ」
「お」
他校の生徒といっしょになるのは、なんだか新鮮。
他校の文芸部、女子も多いけれど、男子もそれなりにいる。
当たり前だよね。共学校も多く来てるんだし。
男子校だって来てる。
きょうのセミナー、共学校の教室で授業を受けているような感じになるんだろう。
すごく新鮮。
男女一緒に勉強するなんて、小学校以来。
6年ぶりってことか。
つかの間の共学校体験――か。
貴重だな。
さっきはヒドいこと言っちゃったけど、こういう場に連れてきてくれた伊吹先生に、感謝したい。
× × ×
セミナーはまず、大手出版社の編集者さんの講演から始まった。
「中高生の読書調査」的なプリントが配られた。
中高生が読んでる本ベスト10が学年別にリストアップされている。
けれども、リストアップされているのは、まったく見たこともないようなタイトルの作品ばかり。
講演を聴くに、これらが「ライトノベル」という方面の作品群らしい。
休憩時間に、松若さんに、プリントを見せながら訊いてみた。
「――わかった? 松若さん。わたし全然こういうのチンプンカンプンなんだけど。巷(ちまた)の中高生の読書傾向と、著しくズレてるみたい」
「あたしは知ってたよ、読んではいないけど」
「全部、『ライトノベル』なんだよね」
「まあそんなところだろうね。略すと『ラノベ』」
「『ラノベ』…」
「略すとキレるひともいるから要注意だけど」
「エッ」
「実はね――ここに載ってるタイトルって、全部アニメ化されてるんだよ」
「エエッ、どうして知ってるの!? 松若さん」
「父がアニメ好きなの」
「松若さんの、お父さんが!?」
「そうなんだよね~」
――松若さんのお父さんって、何歳なんだろう。
――ま、何歳だっていいよね。
趣味に年齢関係なし。
× × ×
そして自己紹介タイム。
こういう場なので、読書をからめた自己紹介になるわけだが、みんな、なかなかの本を読んでいる。
さっきのプリントに挙げられていたようなライトノベルは、いっさい名前が出なかった。
なんというか、みんな、硬派。
わたしももちろん自己紹介をしたんだけど――場が一瞬静まり返ったのは、どうしてなんだろう??
× × ×
次は、お待ちかねのディスカッション。
お題は、『読書の苦しみ』。
読書の楽しみではなく、苦しみ。
たしかに、読書の「苦しみ」という側面は、もっともっとピックアップされてもいいと思う。
わたし自身が、いろいろな「苦しみ」を体験した。
本が思うように読めなくなる「苦しみ」が、定期的に来る。
高1のときも、高2のときも、その「苦しみ」を味わった。
克服した、と思ったら、また壁が立ちはだかって。
高3のいまの苦しみ――というより「悩み」かな――は、読書量が急降下するみたいに減少していること。
中等部時代ならいざ知らず、高3にもなって今更読書量の多い少ないでジタバタしないけどさ。
でも、読むペースがなかなか上がらないと、つらいよね。
そういうことをディスカッションで発言しようかどうか迷っていたら、松若さんが挙手した。
先手を取られたかー。
「松若響子です。
えーっと、これは読書の『苦しみ』っていうより、『悩み』っていったほうが正しいのかもしれないけど、聞いてもらえないでしょうか?」
隅っこで生徒同士のディスカッションを見守っている伊吹先生が、「いいんじゃないの」というサインを眼で送る。
「――こういう場で打ち明けるのも、少し恥ずかしいんですけど。
でも言います。
あたし――『本を最後まで読み終えられない症候群』なんです。
本を読み始めても、最後のページまで読むことのできたことが、ほとんどないんです。
ナポレオン・ボナパルトも、そうだったみたいですけど。
でもあたしナポレオンじゃないし、出来るなら、本を最後まで読み終えたいんです。
あたし、ナポレオンとは違った道を歩きたいので…なんだか大仰なたとえになっちゃいましたけど。
本を途中で挫折しない方法、だれか知りませんか?
本を最後まで読めない『ナポレオン症候群』への対処法に限定しなくってもいいんです。
読書法――っていうのかな。みんなが、どんな読書の『コツ』を知っているか。秘伝の読書メソッドみたいなものを、せっかくだからこの場で教えてもらえたら、あたし――うれしいかな」
だんだん話すにつれて、松若さんはくだけた口調になっていった。
彼女がくだけた話し方になっていくのに比例するように、ディスカッションの雰囲気も――気のおけない雰囲気、というかなんというか――緊張感が緩んでいき、場が打ち解けていく。
そして、ショウペンハウエル『読書について』・加藤周一『読書術』・永江朗『不良のための読書術』のようなメジャーどころから始まって、古今東西のいろいろな読書指南の名前が、みんなから次々と挙がっていく。
ほかにも、自分が実際に使っている「読書メソッド」を打ち明ける子もいたりして、場はこれ以上ないほど盛り上がってくるのだった。
松若さんもやるなあ。
男女混じって、ディスカッションで意見を交わしあって、白熱――。
こんな体験、今しかできない。
後にも先にも、こんな時間、こんな空間はなくって。
熱い時間と空間、心躍(おど)る時間と空間。
――わたしたち、
いま、ここで、青春してるんだ。