【愛の◯◯】新キャラお嬢さまと新キャラ学食BOY(前編)

 

アカちゃんのお邸(うち)で、アカちゃんのお友達を紹介された。

某有名レストランチェーンのご令嬢らしい。

アカちゃんに勝るとも劣らぬ、お嬢さまだ。

 

古木紬子(ふるき つむぎこ)さん、というお名前。

 

「羽田さん、『紬子』って呼んでちょうだい」

彼女が言うので、

「わかった、紬子ちゃん」

すると、彼女はニッコリと、

くれぐれも……『ムギちゃん』とか、『ムギ子ちゃん』とか、呼ばないでちょうだいね

釘をさしてきた――!

「わ、わかったわ。『紬子ちゃん』、ね」

「よろしくどうぞ」

明るく笑う紬子ちゃんだった。

 

「紬子ちゃんは、春から愛ちゃんと同じ大学なのよ」

アカちゃんが新事実を明かした。

「え、そうだったの」とわたし。

政治経済学部よ」と紬子ちゃん。

紬子ちゃんはなぜか、髪をかきあげる仕草をしつつ、

「羽田さん、あなたの学部は?」

「第一文学部」と答えるわたし。

「あら、本がお好きなのね」

――文学部って、やっぱり、簡単に読書と結びつくのね。

「うん、趣味は、読書――」

「読書が趣味といえば、アカ子ちゃんもそうじゃないの。ふたりは気が合うのねえ」

 

わたしは紬子ちゃんに、

「――あなたは?」

「えっ?」

「あなたは――本、お好き?」

 

訊かれた紬子ちゃんが、キョトーンとして、なにも答えない。

あ、あれっ?

 

変なこと訊いたつもりはなかったんだけどな……と困っていたら、

タイミングばっちりに、蜜柑ちゃんが、紅茶を運んできた。

「み、蜜柑ちゃん、紅茶、おかわり」

取り繕(つくろ)うように言うわたし。

わたしのティーカップに、紅茶が注がれていく。

 

紬子ちゃんが、

蜜柑ちゃんの様子を眺めている。

なぜか――挑戦的な眼で、蜜柑ちゃんを。

 

「蜜柑さぁん?」

「ハイ、なんでしょう、紬子さん」

「きょうもお昼はいただいていくわよ」

「――そうこなくっちゃです」

 

え、「そうこなくっちゃです」ってなに、蜜柑ちゃん。

 

きょうこそ……私の舌を唸(うな)らせてちょうだいよ

 

な、なにを言い出すのかな、この、紬子ちゃんって子は?

 

「ハイ! きょうはとうとう、わたしの料理の味に、紬子さんの舌が負ける日なんですから」

蜜柑ちゃんも応戦してる。

 

目が点になりそうなわたしに、アカちゃんが、

「愛ちゃん。紬子ちゃんはね――食通なのよ」

「しょく…つう?」

「お料理にはとってもうるさくて」

「ああ……『美食』的な」

「ちょっとやそっとの料理じゃ、満足してもらえないの」

「……蜜柑ちゃんの、料理でも?」

「そう。『まだまだ修行が足りないわね』って、蜜柑の料理を食べるごとに」

 

蜜柑ちゃんレベルの、料理の腕前をもってしても……。

 

「……もう、意地の張り合いみたいになっちゃってる」

小声でつぶやいたアカちゃんだったが、

ばっちりと紬子ちゃんの耳に届いていたらしく、

「アカ子ちゃん、聞こえてるわよ」

「あっ……ごめんなさい」

「……たしかに、意地の張り合いでは、あるんだけど」

認めるんだ。

「蜜柑さんは、せっかく料理のセンスあるんだから……私の舌で鍛えてあげているのよ」

すごいプライド。

 

「――愛さんも、お昼、食べますか?」

「あっごめん蜜柑ちゃん、実はわたし用事で、そろそろ出なきゃいけないの」

「あらら」

 

「用事――?」

興味深そうに、紬子ちゃんが尋ねる。

「そう。ちょっと、その――用事が、ね」

たどたどしくわたしが答えると、

「誰かと会ったりするの?」

と、さらに突っ込んで尋ねてくるから、つらい。

 

「ボーイフレンドに会うのよね、愛ちゃん」

 

アカちゃんに言われちゃった。

 

へえぇ~、と、いっそう興味しんしんな顔で、

「彼氏さんに会うんだ~~」

と紬子ちゃんが言ってくるから、ほんとうにつらい。

「年上? 同い年? 年下?」

「…年上。」

年上なんだぁ~~

 

あのですね。

紬子さん。

そんなに、面白がられましても。

 

 

× × ×

 

まあ、アツマくんと昼から落ち合うのは、事実だし。

 

とはいえ、アツマくんとの約束の時間は、まだだいぶ先。

なので、

この、空き時間を使って、4月から通うことになる大学のキャンパスを、下見してみようと思っていた。

 

第一文学部と第二文学部専用のキャンパスがある。

紬子ちゃんの政治経済学部とか、社会科学系の学部が集まっているキャンパスとは、別個だ。

 

ふたつの文学部だけで構成されているキャンパスだから――小ぢんまりとしているけど、騒がしすぎなくてちょうどいいのかもしれない。

文学の香りがする……なんて、まだ、わかんないか。新年度が始まってないんだもんね。

人は、まばら。

にしても――、

伊吹先生も、このキャンパスで学んだんだな。

4年間――伊吹先生が吸ったのと同じ空気を、ここで、吸うことになる。

感慨深い……のだが、

それはそうと、

 

「お腹、すいちゃったな。

 アツマくんと会ってから食べてもいいんだけど、

 …どうしよっかな」

 

× × ×

 

ちょうどよく、

カフェテリアが営業時間中だった。

ここで食べよう。

大学の学食を利用するのは――初めてだ。

 

トレーを手に取って、カウンターに向かう。

丼(どんぶり)系とか、ラーメン系とか、いろんなコーナーに分かれているのだが、

わたしは、カレーコーナーで、メニューにハヤシライスもあることに気がついた。

ハヤシライスもある学食。

なかなか本格的なのかも。

とりあえず、頼んでみよう。

 

ハヤシライスください、と、カウンター越しに声をかけようとしたら、

わたしぐらいの年齢と思われる、男の子――が、

厨房で、腕をふるっていることに気づいた。

 

バイトなのかしら?

 

「あのー、すみません」

その男の子に、声をかけてみる。

彼はこちらにやって来て、威勢よく、

「ご注文?」

と言ってくる。

「はい、注文いいですか」

「どーぞ!」

「ハヤシライスをください」

「あいよ!」

 

× × ×

 

彼の手つきは――確かだった。

料理をしている人の、手つきだった。

でも……、

わたしと同じくらいの年齢で、厨房を取り仕切っているって、

いったい、何者なんだろうか……と、気にしてしまう。

 

席について、

チラッ、と厨房の彼の姿を横目に見てから、

意を決してスプーンを持つ。

 

 

――美味しい!!

すごく、すごく美味しい!!

 

 

いったい、どんな人生を歩んできたら、

こんな美味しいハヤシライスを作れるんだろう!?

もしかしたら……わたしと同学年かもしれないのに。

あの、男の子――、

料理の、天才!?

 

気になる。

わたし、あまりにも、厨房の彼のことが、気になる。

 

 

 

(つづく)