「あすかー、英語の予習見してくれよ」
「また!? 児島くん」
「たのむよ~」
「……児島くん」
「?」
「……あなたには、将来設計とか、ないわけ?」
「――それ、英語の予習となんか関係あんの」
「なんのために、高校に通ってるのっ」
「卒業するため」
「――、
卒業したあとの人生設計は!? 英語の予習毎回サボってるようじゃ、入れる大学なんてないよ」
「あすかぁ」
「なにっ」
「日本に、大学って――いくつあんの?」
「どういう質問っ」
「おれさあ、東大と早稲田ぐらいしか、知ってる大学ないんだよ」
児島くん――哀れ。
大学受験――する気ないのかも。
この調子じゃあ。
わたしの学校の大学進学率、かなり高いんだけどな。
というか、普通に進学校、と言っていいレベル。
そもそも、児島くんはなぜこの学校に入学できたんだろう。
試験問題のヤマが、たまたま当たったとか――?
いや、
それは失礼か、いくらなんでも。
児島くんが哀れなので、
けっきょく、英語の予習を見せてあげた。
非情になり切れない。
× × ×
となりの席の児島くんに、朝っぱらから振り回されてる。
逆に彼を振り回してやりたい気分。
ところで――児島くんに関連して。
ミヤジ、というあだ名の男子が、同じクラスにいる。
ミヤジは児島くんと同じ中学出身で、『児島とは腐れ縁みたいなものだ』と本人は言っている。
苗字が宮島くんなので、ミヤジと呼ばれている。
わたしも『くん』を付けずにミヤジ、と呼ばせてもらっている。
宮島くんだからミヤジなのであって、別にエレファントカシマシのボーカルに顔が似てるとか、そういうわけではない。
でも、宮本浩次さんと『髪型は』似ているかもしれない。
時間は一気に放課後に飛ぶ。
わたしは中庭を突っ切って行こうとしていた。
そしたら、ミヤジが独(ひと)り、ぽつん、と立っているではないか。
いや――独りで立っているだけだったら、さほど変には見えない。
ただ――、
彼は、ミヤジは、
双眼鏡を眼にあてていた。
双眼鏡を――学校に持ち込む必要、ある!?
――とか思ってたら、
鳥の群れが、校舎の上にバタバタバタッ、と羽ばたくのが見えた。
ミヤジは――、
双眼鏡で、羽ばたく鳥の群れを、ひたすら追いかけている。
つまり、
いわゆるひとつの、バードウォッチングである。
ふ~~~ん。
そんな趣味あるんだ~。
わたしは、彼のバードウォッチングの様子を見ていて、
ひらめくものを感じた。
マンガの吹き出しで、電球がピコーン、と点灯する場面を思い浮かべていただきたい。
まさに、それ。
わたしは方向転換してミヤジに接近していった。
企(たくら)みでニヤけた表情になっていたかもしれない。
「ミヤジだー!」
わざとらしく、声を上げた。
わたしに目撃されたことを察知して、素早く双眼鏡を後ろ手に回す。
隠したって、ムダだよ。
「…なにしてたの?」
これも、わざとらしく訊く。
ミヤジが口ごもっているので、
「…もしかして」
そこで一旦ことばに『溜(た)め』を作って、
「鳥を……観てたんじゃないの?」
なおも、口ごもるミヤジ。
彼、普段はそんな無口じゃないのに。
わたしの問い詰めみたいになってるから、できればなにか言ってもらいたいところ。
「しゅ……趣味、なんだ」
ようやくミヤジが口を開いた。
「なんで、双眼鏡隠そうとしたりしてたの? 隠すような趣味じゃ、ないじゃん」
「……クラスの女子には、あまり見られたくなかったから」
同級生の男子と上級生と下級生と先生だったら、見られてもいいわけ?
おかしな理屈。
「でも、わたしが見てしまった」
すっかり困ってしまったように彼は、
「あすかに目撃されて……これから、なんだか厄介ごとが起こりそうな気がする」
「――わたしのこと、そんな認識だったの? トラブルメーカーとか」
「……だってあすか、おまえ、スポーツ新聞部だろう?」
ふふん……。
「この場で――あすかに取材されそうで、コワいんだよ」
ふふふーん。
「――取材は、しないよ」
「オフレコに、してくれるのか?」
「オフレコにも、しないよ」
「どういうことだ、どうしたいんだ」
「ミヤジは――けっこう、校内スポーツ新聞、読んでくれてるよね」
「読んでるが?」
「あのさ。
読むだけじゃなくって――書いてみない?」
「は??」
「3年生は事実上の引退だし、いま、うちのスポーツ新聞、内容が薄くなっちゃってるんだ。1年生の加賀くんはあんまし使えないし、わたしだけでほとんど紙面を作ってる状態」
「……言いたいこと、なんだよ」
「要するに、人手不足」
「……で??」
「助っ人がほしいんだよ」
「助っ人って」
「助っ人ほしいの、打率2割5分ホームラン20本の助っ人でもいいから」
距離を詰めて、
おねだりするように、ミヤジの眼をのぞき込んで、
「コラム書いて」
「コラム……??」
「野鳥コラム、書いてほしい」
「野鳥についての文章を……書け、と?」
「無理強いはしない」
「いや、無理強いしてるだろおまえ」
「――バードウォッチング趣味なのなら、野鳥について文章書くなんて、お茶の子さいさいでしょ」
「文章書くのは、苦手だし……」
「でも、その気な顔になってきてるよ」
「……あすか並みの文章力があったら、書けるのかもわからないけど」
「別に、作文オリンピック銀メダルレベルの文章なんか、求めてないから」
「…いまサラッと自慢しただろ」
「てへ」
「…依頼すんのなら、見返りをくれ」
「そこらへんは、わきまえてるから」
「……どんな報酬?」
「図書カード500円分」
「鳥の図鑑も買えねえだろ……」
「じゃ、連載コラムにしよ。何回か書いたら、図鑑も買えるでしょ」
「決定路線かよ」
「――児島くんと違って、ミヤジには『見込み』があるから」
「児島を引き合いに出すところか!?」
「ところ、だよ。となりの席でウンザリしてるの、わたし」
「あー、児島とあすか、となりだよな…」
「こんど、双眼鏡でウォッチングしてみてよ」
「できるかっ」
「…できないのぉ?」
「児島もあすかも、鳥じゃないだろーが!」
「たしかにそうだけど…」
「脱線はやめれ」
「もう1回だけ脱線させて」
「はぁ!?」
「ミヤジは……、児島くんを『鳥』にたとえるとしたら、なんの鳥だと思う?」
「おまえなあ……」