『岡崎くんのことを、あなたのお兄さんだと思えばいいのよ』
『あなたがふだんお兄さんに接するように、岡崎くんと接してみたら?』
椛島先生――。
冗談で言ったんだろうか。
本気では……言っていない気がする。
× × ×
とにかく部活には出ることにした。
――岡崎さんを意識している、という状態は変わらないけれど。
「あすかちゃん、今年の阪神タイガースは不甲斐ないわね」
桜子部長に、声をかけられる。
「オリックスはもっとひどいことになってますよ」
「ほんとですね……」
「オリックスってそんなにヤバいのか」
あ……岡崎さん。
「知らないの岡崎くん!? オリックスは9試合戦って1勝しかしてないのよ。阪神でも2回勝ってるのに」
「でもまだシーズンが始まったばかりなんだろ」
「そういう問題じゃないの。ロッテと6試合連続で戦って6つとも負けたの。異常事態でしょ」
「ってことはパ・リーグの首位はもしかしてロッテなのか」
「もしかしなくても」
岡崎さんに対し、不満げな様子の桜子さん。
「岡崎くん、もっとちゃんとやってよ」
「なんだ説教する気か?」
「わたし部長だし」
「オリックスの悲惨な現状を知らなかったのがそんなに不満なのか」
「それだけじゃないっ。きょうの新聞のテレビ欄のこととか」
中村前部長が卒業した穴を埋めるべく、テレビ欄は存続させ、加賀くんを除く部員が持ち回りで担当している。
きょうのテレビ欄を作ったのは岡崎さんだった。
「岡崎くんテレビ欄適当に作ったでしょ」
「言いがかりかっ」
「だって間違いが多すぎだもの」
「証拠は…」
「ここにあるわ」
ひとつひとつ、テレビ欄を指差して、岡崎さんの間違いを指摘してゆく。
公開処刑みたいで、桜子部長こわい。
「クレームが複数来てるんですけど岡崎くん……」
「どこから?」
「このテレビ欄を見た生徒・教職員のかたがたに決まってるでしょっ!!」
「エッ先生からもクレームが」
「先生だって読むわよ」
「まぁまぁ、間違いは誰だってありますから」
わたしは岡崎さんの顔を見ずに助け船を出した。
「あすかさん」
「……なんでしょう、岡崎さん」
「『間違いは誰だってある』ってフォローしてくれるのはうれしいんだけど」
心臓が跳ねる。
「こっち、向いてしゃべってよ」
……できない。
それができたら苦労しない。
でも、岡崎さんに向き合えないのだったら、わたしなんでここにいるのか、わからない。
人の顔を見て話す。
基本中の基本。
――そうだ。
お兄ちゃんの顔だと思って、岡崎さんの顔を見てみよう。
岡崎さんは、きょう1日限定で、お兄ちゃんなんだと思おう。
ゆっくりと、岡崎さんに眼を向ける。
――あっ。
こういう意識で見てみると、岡崎さん、お兄ちゃんの面影がある。
どうしてだろう。
わからない。
岡崎さんとお兄ちゃんが、ダブって見える。
高校時代のお兄ちゃん……、
もしかして、
こんな感じだったんだろうか。
「――ヘンだな。
いちばん身近にいるひとなのに、
わたし――なにも見えてなかったのかもしれない」
わたしの唐突な独りごとが、岡崎さんを混乱させ、困惑させる。
「もう。
普段から、もっとちゃんとしてよ。
今みたいに。
やればできるんだから、
お兄ちゃんは」
「……あすか、さん??
い、いま、
おれのこと、
お兄ちゃん、って――」
「――そうですね。
言っちゃった、
わたし。
なにやってるのかな。
『どうしてそんなこと言うの』って感じですよね」
「あすかさん、
その……気を確かに。
おれは、アツマさんじゃなくて、岡崎だよ」
「わかってます。
『今のは忘れてほしい』なんて、言いません。
そう――わたし、ちゃんとわかってますから。
――お兄ちゃんのこと」