AM8:00
6人全員での朝食。
「きょうは自力で起きてこれたね。偉いね」
右隣に座る愛が言う。
褒められてる気がしなくて、
「子ども扱いすんな」
とやり返したら、
「あしたも早起きしようね」
と言うから、
「日曜日なんですけど」
「関係ない」
「関係ないわけない」
「あのねえ……」
ま、いいや。
「よーしわかった。明日の朝は愛より早起きしてやるぞ」
「無理無理」
「無理じゃない。なんだってできる」
「すぐ根拠のない自信持つんだから…」
「おれがおまえより早起きしたら、悔しいんだろ」
「どうしてわかるの……」
「まあまあそこまでそこまで、ふたりとも」
つい、流さんにたしなめられてしまう。
「早く食べようよ?」
ごめんなさい……。
愛も、反省の色を隠せない。
AM9:00
「お兄ちゃん、心を入れ替えたの!?」
驚いた眼で、あすかがおれを見てくる。
「んー? おれはただ掃除機をかけているだけだぞ、妹よ」
「土曜の午前中はひたすらグータラしてるのがお兄ちゃんだと思ってたのに」
ひどいなー。
「誰かが掃除せねばならんだろ」
「それはそうだけど」
「身体もなまってたしなー、お邸(やしき)を掃除すると良い運動になるんだ」
「……すごいや、お兄ちゃんは」
「あすかも手伝うか?」
おれは掃除機を動かしながら、あすかの表情をうかがっていた。
「――手を動かすと、気が紛れるもんだぞ」
「気が紛れる…って…どういう…意味」
フッフッフ。
「お兄ちゃんはなぁ、なんでも知ってるんだ」
棒立ちになる妹。
「どーだ驚いたか」
妹はそっぽ向いて、
「『なんでも知ってる』って、口からでまかせ」
「かもな」
「あきれたっ、ほんとはどう思ってんのっ」
「そりゃ企業秘密だ。おまえだって秘密にしておきたいこと、あるんだろ」
妹は、しばし思い悩んだ挙げ句、
「ホウキとチリトリ、どこにあったっけ」
「企業秘密だ」
「は!?」
「自分で探すのも、運動だぞ」
「バカ兄貴! 知ってるなら教えてよ」
殴らなくてもいいじゃんかよ。
AM12:00
切羽詰まってるのかもな。
殴られて、けっこう痛かった。
あすか、殺伐モードか。
こういうときは――そっとしといてやる。
『キャプテン翼(無印)』のジュニアユース編を読んでいる。
シュナイダー君とかピエール君とかが出てくるわけだが、以前読んでから時間が経っているので、細部をけっこう忘れていて、「こういう話だったっけ」という感覚になってしまう。
そんなところに愛がふらり、とやって来て、
「ずいぶん床が綺麗になってる気がするんだけど」
「気のせいじゃないぞ」
「誰か、掃除機かけてくれたの? アツマくんじゃないよね」
「残念だったな、やったのはおれだ」
「土曜の朝からなにしてるの、アツマくん……」
「心外な。やるべきことをやっただけだ」
「よ、呼んでくれたら手伝ったよわたし!? 利比古だって――」
「過ぎたことは仕方ないさ」
「てっきり午前中ずーっとキャプテン翼読んでると思ってた。見直した…」
「あすかも手伝ったんだ。褒めてやってくれ」
「…あとでありがとうって言っとく」
「おれにもありがとうって言ってくれると尚更うれしいぞ」
「…当たり前でしょ」
「なら、なぜ言わない?」
「い、言えなくなっちゃった、恥ずかしくなって」
素直じゃないってレベルじゃない。
「わ、わたし冷や麦作らないと、お昼ごはん食べたいでしょあなたも」
言った瞬間に、キッチンに消えていってしまった。
× × ×
「はい、冷や麦」
「おー、ありがとよ」
「きょうは麺ツユに工夫をこらしてみたの」
「どういう?」
「食べてみたら……わかるわ……」
意地でも素直になるつもりないってか。
「ね、ねぇアツマくん」
「どうした?」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……阪神弱いよね」
それが言いたかったことかよ!?
「あ、ああ。
シャレにならんくらい、弱いみたいだな」
「昨日は西が好投してたのにかわいそうだったわ。
ベイスターズファンとしても、対戦相手として、もう少し張り合いみたいなものがほしいんだけど」
「いいだろ、大勝ちしたんだから」
「素直に喜べない部分もあるの」
「もとから素直じゃないからなあ、おまえは」
「…関係あるかしら」
「関係あるといえばあるし、ないといえばない気がする」
「…今日もナイターだから。TBSチャンネル観るわよ」
「どうぞご自由に」
『お姉ちゃあん、冷や麦が伸びちゃうよ』
「ほ、ほんとだった!」
「周りに気を配ろうな」
「あなただって」
「いただきま~す」
「……いただきます」
「うまいな。夏はやっぱそうめんか冷や麦だ」
「ありがとう」
「お?」
「ありがとう、美味しいって言ってくれて。
あと、ありがとう、掃除機してくれて」
「はいどーも」
「……今永にも、ありがとうって言わないとね」
「昨日の試合のこといつまで引っ張るのか」
「きょうもきっと完封よ」
「それはどうかな」
「おかわりあげない。」