保健室
ーー始業式で気分が悪くなった子の面倒をみたりして午前中から「てんやわんや」だったが、ようやく一段落ついた。
と思っていた。
♪ガラーッ
「おっじゃまっしまーす」
「伊吹先生💢 『おっじゃまっしまーす』じゃないでしょーが!!
実家のような気安さで、保健室のドアを開けないでください!!
あんまりお行儀が悪いと、『白川先生(←本姓)』って呼びますよ!?」
「(´・_・`)シュン…」
よし、反省した。
「そういえば伊吹先生、高3のクラスの担任になられたんですよね」
「(眼を輝かせて)そうなの!!
羽田さんのクラス」
「羽田さんだけ受け持つんじゃないんですから、『羽田さんのクラス』とか、そういう言い方はよろしくないんでは」
「いいじゃん、あたし文芸部の顧問だし、羽田さん文芸部部長になったんだし」
「そういう問題ですかっ、相変わらずテキトーなんだから…」
「ねえ一ノ瀬先生」
「なんですかー、いぶきせんせー」
「きょうはポニテじゃないのね」
「ポニテ…ポニーテール、じゃない、ってことですか!?
そんなに、わたしがポニーテールじゃないのって、珍しいですか!?」
「珍しい」
「即刻断定しましたね……」
「一ノ瀬先生、髪、おろしてると、ますますクールに見えてくる」
どう反応していいかわかりません、伊吹先生。
「………、とりあえず」
「伊吹先生に限りませんが」
「?」
「不要不急で保健室に長居(ながい)するのはやめてください」
「…ヒマそうだけど?」
「そういう問題じゃないでしょーが!!!」
× × ×
伊吹先生が泣きながら出ていった。
あるいは、泣きマネだったかもしれない。
その可能性のほうが高い。
× × ×
ーー伊吹先生はやたら羽田さんをかわいがっていて、
その是非はともかくとして、
、
、
羽田さんの髪がどこまで伸びているかを、伊吹先生に訊(き)いておいてもよかったかもしれない、
なんちゃって。
ーー、
実はわたし、羽田さんの髪がうらやましくって。
サラサラの栗色がかった髪。
根っから黒髪のわたしなんかとは、対照的で。
鏡に、わたしの上半身がうつっている。
ポニーテールを下ろした、といっても、羽田さんほど長髪ではない。
さっき、伊吹先生に「クール」とかなんとか言われたけど、
なにをもってそういえるのかしら?
伊吹先生だけじゃなくて、
「クールで、
強くて、
かっこいい」
という定評が、生徒の間でまかり通っているらしい。
…言われて嬉しくないことばじゃないから、
わたしは受け入れているけれど、
いつから、そういうイメージが定着しちゃったのかなあw
……心当たりがないわけではない。
自分語りになっちゃうけど、
はなしは高校時代にさかのぼる。
ちょうど、いま鏡にうつっているような髪型を、わたしはしていた。
黒髪ロングストレート。
ーーーーーーーーーーーーーー
・回想
わたしの高校では、2年から文系と理系にクラスが分かれた。
わたしは理系だった。
理系クラスに女子は少なくて、肩身が狭い、というよりもむしろ、男子にチヤホヤされるような存在だった。
ハッキリ言ってわたしはそういう理系クラス男子の女子に対する態度が嫌いだった。
いつしか、「特別扱いしないでよ」というメッセージを『眼』で送るようになっていた。
あのころのわたしの眼つきは、今よりもだいぶ険悪で不穏だった。
そういう攻撃的な視線を教室の男子に浴びせた結果ーー、
周りに壁を作るどころか、
むしろ、好意的な印象を、男子に持たせてしまったみたいでーー、
わたしが「(少なくとも理系クラスの)男子の『憧れの的』になってる」と同級生の女子に指摘されたときにはもう、後(あと)の祭りだった。
・ある日の昇降口ーー
『よぉ一ノ瀬、今日もツンツンしてんな』
『からかわないで、タニザキくん。
(自分のロッカーを開ける)
あ』
『どうした?』
『どうもしないっ』
(ダッシュでその場から駆け去る)
× × ×
手紙が来ていたのだ。
2通。
内容は、言うまでもなく、そういう内容でしかありえなかった。
「ツンツンしてんなあ」とからかうのは、タニザキくんだけで、
「ツンツンしてんなあ」と言ってくれるのも、タニザキくんだけだった。
タニザキくんの接しかたは、他の男子とは明確に違っていた。
だからこそーー、
距離感が近すぎて、
タニザキくんにとってわたしは憧れでもなんでもなかったから、
まるで異性じゃないみたいで……、
で、
・また、別の日の、学校の弓道場
『一ノ瀬、なんでこんなとこ連れてきたんだ』
『廃部状態でしょウチの弓道部。
もぬけのカラ、だから、だれもいない、と思って』
『ってことは、だれにも聞かれたくないこと話したいんかw』
『そういうこと、タニザキくん』
『…やけに素直だな』
『素直だよ、今日のわたしは。
本音を言いに来たの、
たぶん周りの男子でタニザキくんぐらいしか、いいえタニザキくんしかマトモに取り合ってくれないだろうから』
『じゃあ、はやく言え』
『ーーーーーーーーーー、
あのね、
つらいの、
憧れられるのが……他の男子から……』
『…つらそうだな』
『わかるの』
『声が”やさしい”から』
『やさしい、!? どういう意味、タニザキくん!?』
『じぶんで気づいてないのか? 一ノ瀬おまえ、ツンツンしてるってのは、”しゃべりかた”もひっくるめて、ツンツンしてるんだぞ』
『え……わたしの話しかた、そんな乱暴だった……』
『乱暴っていうのは、ずれてるな。
とんがってるというか、トゲトゲしいというかーー、
うん、でも、ツンツンしてる、っていうたとえが、合ってるなw』
『(なにかを言いあぐねて、
それでも懸命に、言うことばを探って)
…タニザキくん、
…わたし、
どうすればいいの。
どうしていけばいいの。
男子……だけじゃなくって、人との接しかたがわかんなくなってきたよ』
『(少し歩み寄って、)
そのままのおまえでいいんじゃないのか』
『(すごく近寄って、)
なんでそんなこと言うのっ、
タニザキくんだから!?!?』
タニザキくんが狼狽(うろた)えるのも構わず、
わたしはタニザキくんの肩にほとんど掴(つか)みかかっていて、
タニザキくんをもみくちゃにした勢いで、
タニザキくんの制服のネクタイをほどいてしまうほど、
手がつけられなくなっていた。
そのあと、いろいろとあったのだけれど、
今はまだ、打ち明けたくない。
タニザキくんに乱暴になるほど、
タニザキくんとの距離は、
無くなっていた。
それはつまり、
タニザキくんにとって、わたしが『異性』ではないのの裏返しで、
わたしにとって、タニザキくんが『異性』でなりえなくなってしまった、
そういうことだった。