市内。
戸崎家のマンション。
玄関のカギをあけるあかり。
灯りを点けるあかり。
乱暴に靴を脱ぐあかり。
自分の部屋にドタドタと入っていくあかり。
自分の部屋のカーテンを、少しだけ開けるあかり。
もう日は落ち、地方都市の夜景が姿をあらわす。
あかりは眼をしばたたき、
「コーヒーのせいだーか、眼が冴えとる」
とひとりごちる。
× × ×
洋服に着替えたあかりが、ベッド脇にもたれかかって休んでいる。
ウトウトするあかり。
『戸崎さん、あなた、「ワイフェス」ってもちろん、知ってるよね』
『知ってるに決まってるよ! 自分の学校のことだもん。……去年の、ワイフェスは、あ、あんまし……だったけど』
『あんまし、何?』
『あんまし……見ませんでした』
『ほんとうに、音楽に興味持ってから日が浅いのね』
『的場さん、もしかして』
『出てないわけないじゃない』
『ごめん、知らなかった』
『別にいいけど……、戸崎さん、ワイフェスに出てみる気、ある?』
『ええっ!?』
『ゲストボーカル。意味はわかるよね?』
『うん、でも……ワイフェスって来月の終わりじゃん、そんな急に』
『ワイフェスに出られるのはあと2回っきりなんだよ!? わかってるよね、戸崎さん!?』
『うっ』
『バンドのメンバーには話つけとくから、本番までにボーカルを仕上げておくことね』
『きゅ、急に言われたって――』
『甘い!!』
『ヒィッ』
『そんな弱腰じゃ、ステージで何もできないよっ。声が出ないまま、ワンフレーズも歌えないまま、ステージが終わってしまってもいいの、あなたは?』
いつのまにか目を覚ましているあかり。
「ステージで観客の前に立って、なんかやったこと、あったっけ。
中学の文化祭の合唱コンクールと、演劇は……そんなにセリフもらえなかった。
ワイフェスは、リハーサル……やるよね、モチのロン」
『あかりー、ごめんね遅くなって。これからご飯つくるけん』
「(母に向かって)おかえりー、ママー。
大丈夫だよ、コーヒー飲んどるけん」
『?』
やはり、市内の、マンション。
的場家のマンション。
シャワーで洗った髪を乾かしているマキが、ぼーっとケーブルテレビの番組を観ている。
まだカーテンを開けっ放しにしている窓辺に、地方都市の夜景が映る。行き交う自動車のランプが明滅している――。
なかば放心状態のマキを、いぶかしげに見つめる母。
「マスターとなんか揉めたの?」
「マスターじゃない」
「へ」
「(垂らした髪をつまんで)同級生の女子と揉めた」
「(急激にニヤついて)えーっ、なに、痴情のもつれ~?」
「(赤くなって)ヘンなこと言わんで!」
「わたしその同級生の娘気になるんだけど」
「……秘密。」
(――揉めに揉めた。
というか、正確には、わたしが独りでキレてた)
『あなた「ワイフェス」って知ってるよね?』
『音楽に興味持ってから日が浅いのね』
『ゲストボーカル』
『ワイフェスはあと2回きりなんだよ!?』
『ボーカルを仕上げておいて』
『甘い!!』
『そんなんじゃ、戸崎さんステージで何もできないっ』
「あ~~~~~っ」
やおら天井を向くマキ。
いつのまにかテレビの近くに来ていた的場母が、マキの肩に手を置く。
「は~いごはんだよー、マキちゃん」
いつのまにか帰っている的場父。
家族三人の団欒の食卓、
だが、
(素直になれない……、
母さんの百倍、戸崎さんに素直になれない。)
× × ×
♪コンコンコン
ギョッとして、もたれかかっていたベッドから飛び上がるマキ。
ギターを入れたケースがベッドの上に置きっぱなしになっている。
朝の光が、カーテンを照らしている。
「い、いつのまにか、わたし寝てた」
『マキー? はやく朝ごはん食べんと、生活指導の先生がくるわよ~』
「くるわけないがん!! シャワー!!』
× × ×
朝の食卓。
マキ母「いつもながら、あんた面白い髪の結び方するね」
マキ父「たしかに」
マキ「たしかに、って……ショックだよお父さん」
マキ「ほら、早く食べんさい。お父さんが入れたコーヒーもあるけんね」
× × ×
焼いたパンを食べながら。
マキ父「おまえガッコの友達とケンカしたんか」
マキ「(ポカン、と口をあけて)と・も・だ・ち……」
マキ父「なんだ、だらしないで」
マキ「いや、ともだちがなんなのか、わからんくて」
大爆笑する両親……。
マキ「そげん笑わんくてもええがん!」
父「今度マスターに話きいてみるだわい、母さん」
母「そげ、そげ」
マキ「ごちそうさま!!」
乱暴に椅子から立ち上がるマキ。
× × ×
マキの部屋。
昨夜、手入れできなかったギターを見つめる。
× × ×
マキ「いってきますっ」
母「あれ? ギター、持っていかへんの?」
マキ「――気分転換。」