3日連続でーー、この河川敷に、来てしまった。
となりの藤村さん「きょうは遅かったねえ」
わたし「昨日は早退だったし。いつもならこれくらいの時間に」
藤村さん「ふーむ」
わたし「ねえ……」
藤村さん「おっ」
わたし「おっ、て何よ。
変な反応」
藤村さん「ははw
なんか訊きたかったんじゃないの」
わたし「あ、そうそう……、
戸部アツマくんって、どんな人?」
藤村さん「ん、わたしの同級生だよ」
わたし「そんなこと聴いてるんじゃなくて……(-_-;)」
藤村さん「どんな人って言われてもなあ。
運動神経だけはあるよね」
わたし「ひどい言い方ね、ずいぶん」
藤村さん「あとねえ、
イザとなったときの、行動力」
わたし「……たとえば?」
藤村さん「たとえば、あなたの学校の可愛い後輩の羽田愛ちゃんが、ピアノでやらかして落ち込んでる時、」
わたし(ギクッ)
藤村さん「ん、はーちゃん?
どうかした?
顔色悪いけど」
わたし「そ、そうね、ピアノで、不都合なことがあったみたいだし」
藤村さん「戸部が全部吐いちゃった」
わたし「へ?」
藤村さん「(わたしの背中をバンバン叩きながら)だからあ、ピアノコンテストを単発でやったんでしょ?
戸部は愛ちゃんの応援に来てて、一部始終を全部知ってるのよ」
虚を突かれたわたし「い、ち、ぶ、しじゅう」
動揺中のわたし「そ、そもそも、戸部アツマくんについて訊きたかったのは、きのうね、羽田さんと電話して」
藤村さん「ああ、河川敷のあとで」
わたし「そうよ、家に帰って、夜に電話で話した」
「あなた彼氏いたのね」
「……そういうことになってますね」
「藤村さんが割りと恣意的なしゃべりっぷりで、わたしにいくつか情報を教えてくれたけど」
「……あの、そんな話、したいんじゃなくてですね」
わたし「それで、『彼』のことを置いておいて、羽田さんはわたしをなぐさめるのに全力で」
藤村さん「なぐさめてくれたならよかったじゃん」
わたし「よかったんだけど、まだこれからやらなきゃならないことがあるから」
藤村さん「はーちゃんが?」
わたし「そう、わたしが」
藤村さん「戸部について訊きたかったんだよね。
そんな愛ちゃんと戸部の関係が気になるかーw
ジェラシー?」
わたし「あのねえ!」
藤村さん「きょうは元気だね、はーちゃんww
いきなり立ち上がるとか、俊敏だ俊敏だ」
あわてて座りなおしたわたし「ーーわたしが知ってるのは、
羽田さんが、彼ーー戸部くんの家に居候してて、
で、藤村さん、あなたが騒ぎ立てるには、彼氏彼女っていう情事……あっ、も、もとい事情ね、えーと、ひとつ屋根の下にいてなおかつそういう関係に」
藤村さん「最初に好きになったのは愛ちゃんのほうだよ」
わたし「片思いってことなの」
藤村さん「まぁしばらくはそうだったみたいねー、
でもね、それが、蒸し返すようで悪いけど、くだんの単発コンテストでピアノでしくじってから、どうも関係性が変わったーーというか、進展があったみたいで」
わたし「具体的には」
藤村さん「( ´ー`)……
演奏ミスって、曲がめちゃくちゃになって、舞台から逃げ出したんだよね?」
わたし「そうね……そのあとはわからない。
さっきも言ったように、羽田さんはわたしをなぐさめて、鼓舞(こぶ)……ってわかる? タンコブじゃなくて、『つつみ』と『まい』のほうの鼓舞」
藤村さん「なめないでよ、こう見えても国語がいちばん得意なんだから」
とてもそういうふうには見えないけど。
わたし「……まあ、鼓舞する、というか、わたしに元気を注入するというか」
藤村さん「猪木じゃん」
わたし「ーーそういうこと、羽田さんに言わないほうがいいよ。
とにかくっ! わたしをなぐさめたり元気づけるのに終始してて、羽田さんが戸部くんとの関係についてそれ以上言及しないまま、電話を切ってしまったから」
藤村さん「舞台から逃げ出したあとの、愛ちゃんと戸部の顛末(てんまつ)を聞いてない、知らないから知りたい、そうでしょ?」
わたし「……うまい受けね。
見直した。」
藤村さん「愛ちゃん、ホワイエ、っていうの? ロビーみたいなところあるでしょ、そこの、隅っこのほうで、ずーっとうずくまってたんだって」
わたし「……」
藤村さん「表舞台で、はーちゃんが地中海行きの切符をゲットしてる、その裏で、愛ちゃんは絶望に打ちひしがれていた」
わたし「……うん。」
藤村さん「なんか冷静ね」
わたし「事実だもの、わたし賞品もらって浮かれてたわけでは決してないけど、羽田さんがそんな状態だということに対する想像力がなかったのも事実だから」
藤村さん「ま、でも、愛ちゃんの失敗を気にしてないってわけではなかったんでしょ」
わたし「ーー羽田さん、言ってくれればよかったのに。」
藤村さん「愛ちゃん自身のつらさを?」
わたし「そう、ここまで引き延ばすこともなかったのに」
藤村さん「ーーま、それはそれこれはこれで、話を進めると、コンテスト閉会後、戸部は愛ちゃんがどこにいるか探し回っていた。
いろんな見ず知らずの人にまで血相変えて訊いて回っていたらしく。
で、ようやく、隅っこに、愛ちゃんが、絶望的な気分で打ちひしがれているのを、発見したんだって。
戸部はあの手この手で愛ちゃんをなぐさめようとしたけど、所詮語彙力が貧困なヤツだからww
『ことば』による説得には失敗したんだけど。
ここからが重要で、
戸部は、愛ちゃんを見つけてから、1時間半近く、ずーーーーっと、うつむきっぱなしの愛ちゃんに、向き合って、そばにいてあげた。
で、ふと、戸部が、『そろそろ、顔、上げないか』と言ったんだと。
それでも、テコでも動かない、戸部もお手上げになったと思ったとたん、」
わたし「とたん!?」
藤村さん「愛ちゃんが、いきなり戸部に抱きついて、戸部の胸で泣き続けたんだって!」
わたし「・・・・・・・・・・・・」
そっか。
感情が、素直に、反応になって出るんだ、羽田さん。
それで、戸部くんを、こころから好きで、信頼してて、羽田さんの名前じゃないけど、「愛して」いた。
わたし「戸部くんは、羽田さんの心の支えなのね。」
藤村さん「戸部のほうでも、愛ちゃんを大事に思ってるよ。
わたしの学校で、戸部と愛ちゃんの関係が発覚して、わたしと戸部の教室の周りが大騒ぎになったとき、『ピアノ弾けるんでしょ?』って質問に過剰反応して、
『おねがいだからピアノのことは言ってやるな、そっとしといてやってくれ!!』
~って、頭を下げてみんなに懇願してた。
そこまでやる必要ないのに。
でも、その一件でわたし気づいた、『あー、戸部は愛ちゃんのことを、恋人だとか、そういうのとは別次元で、大切に思ってるんだ』ってね。」
わたし「それが、羽田さんの下の名前じゃないけど、戸部くんの、羽田さんに対する、」
『愛なんだ』
わたし「……ハモった。」
藤村さん「ハモっちゃったw」
しぜんと、わたしと藤村さんは、お互いに笑い合っていた。
藤村さん「まぁ、戸部と愛ちゃんの関係ばらしたの、わたしなんだけどね」
わたし「A級戦犯クラスよそれ、反省しなさい」