放課後
図書館(文芸部の活動場所)
文芸部の香織センパイ「羽田さん、ちょっと訊きたいことがあるんだけど?」
愛「なんですか?」
秋の歌 ヴエルレエン
秋の
ヴイオロンの
節(ふし)ながき啜泣(すすりなき)
もの憂(う)き哀(かなし)みに
わが魂(たましひ)を
痛(いた)ましむ。
香織センパイ「この詩の、第1連の2行目に、『ぶいおろん』ってことばが出てくるんだけど、いったいなんなのか、わかんなくて」
愛「えーと、まず、『ぶいおろん』ではなく、『イ』を今のような表記にすると小文字になるので、『ヴィオロン』って読みます」
香織センパイ「・・・・・・OTL」
愛「しょ、しょげないでください!! ここからが肝心なんですから(;´Д`)」
愛「『ヴイオロン(ヴィオロン)』は、現在で言う『バイオリン』です」
香織センパイ「ほんとう!?」
ヴィオロン 【violon フランス】バイオリンのこと。
香織センパイ「ほんとだ、『広辞苑』にもちゃんと書いてある」
愛「わたしインターネットってものを基本やらないので、紙媒体の『参考図書(レファレンス・ブック)』に頼ることがほとんどなんです」
香織センパイ「『広辞苑』みたいな?」
愛「そうです。百科事典とか、国語辞典とか、和英辞典とか、図鑑とか、年表とか、そういういろんなものを引っくるめて『参考図書』って言うんです。
最近では、参考図書が置いてあるところを『レファレンスコーナー』って呼ぶことが増えてるみたいですね。
ある程度大きな図書館だと、そういうところにも職員さんが常駐されているので、なにか調べたいときがあると、わたしはまずそこのカウンターにいる職員さんに話しかけるんです」
香織センパイ「羽田さんはなんでも自力でやってるんだと思ってた」
愛「でも、ほら、職員さんに話しかけるのも、勇気がいるじゃないですかw」
香織センパイ「自分から勇気を振り絞ってるってこと?」
愛「そういうことです」
愛「ちなみに、この図書館でも、もちろんレファレンスサービスをお願いすることはできます。
ほら、カウンターから、司書の先生が手を振ってるw」
香織センパイ「羽田さん、顔広いんだね……」
愛「そ、そうですか!? (^_^;)」
・・・・・・
bakhtin19880823.hatenadiary.jp
わたし「ヴェルレーヌの時代は終ったわ、アポリネールの時代が来るわ」
愛ちゃん「あー、その詩集、4回読んだ」
愛ちゃん「ちなみにヴェルレーヌの詩集は、新潮(文庫)のとは違うバージョンも含めて7回読み返してるわ」
わたし「ガ━━(;゚Д゚)━━ン!!」
あれからもうすぐ1年か……。
なんでわたし、勝手に敵愾心(てきがいしん)みたいなこと、愛ちゃんに対して燃やしてたのかしら。
もう細かいことは忘れちゃった。
体育館裏近くのテラスのベンチで、愛ちゃんが珍しいことにスヤスヤ眠ってると思ったら、眠ってるどころか、眠りながら涙を流していて。
あれにはまいったな~w
でも、どうしてあの時、愛ちゃんが泣きながら眠っていたのか、少しだけわかったような気が、今ではしている。
愛ちゃん、どうしてもお父さんに会いたくて、ヨーロッパ旅行のためだけに、ゲリラ的ピアノコンテストに参戦して。
必死で。
けっきょくダメだったけど、あのあとしばらくの愛ちゃんの落ち込みようは半端なものじゃなかったから。
それくらい、お父さんに会いたい気持ちが強いのよ、たぶん。
だからーー、
もしかしたら、【あのとき】のベンチで愛ちゃんは、お父さんの夢を観ながら、涙を流していたのかもしれない。
ーーともかく、愛ちゃんが、ピアノコンテストでの挫折から立ち直ってくれてよかった。
アツマさんが、愛ちゃんの、『心の支え』になってくれて、ほんとうによかった。
ところで、青島さやかちゃんも挫折(?)から立ち直って、ひさびさにバイオリンを弾くというので、わたしはいま音楽室にさやかちゃんと居るわけだ。
♪廊下を駆けてくる音♪
あ、きたきた、愛ちゃん。
愛ちゃん「ゴメ~ンおまたせ」
さやかちゃん「全然いいよ、廊下走って、葉山先輩に見咎められたりしなかった?」
愛ちゃん「葉山先輩いなかったし、小走りだったから、ダイジョーブ博士」
さやかちゃん・わたし「な、なんのダジャレ、それは・・・?
(゜o゜;)」
さやかちゃん「じゃあ、青島さやか、弾き始めようと思います」
『パチパチパチパチ』
さやかちゃん「……と、言いたいところなんだけど。
(赤面して)その……い、一緒に、ぴ、ピアノの伴奏を、やって、ほしいの」
わたし「らしくないわよ、モジモジして」
さやかちゃん「だって……。
ほ、ほら!
堀口大學訳のヴェルレーヌでさ、『秋の日の/ヴィオロンの/すすりなき』とかあったじゃん、
わたしのバイオリンだけだと、なんか、すすり泣きみたいな音だけが響いてしまう感じがしてーー!?
あ、アカ子も愛も、どうしてそんな笑ってるの(呆然)」
愛ちゃん「だってwww さやかが引用するヴェルレーヌ、堀口大學と上田敏が、微妙に混じり合ってるんだもんww」
わたし「そうww『海潮音』と『月下の一群』が、ごっちゃになってるみたいwww」
顔面が真っ赤になってしまうさやかちゃん。
正直面白すぎるw
ごめんねw
さやかちゃん「(口元をぷく~っとして)もう!
アカ子、愛、連弾しなさい!!」
わたしと愛ちゃん「そのつもりでいたんだよ」
さやかちゃん「へっ!?」
愛ちゃん「さやかのバイオリンが、『すすり泣き』どころか、今だと『バカ笑い』みたいになっちゃうからねw バイオリンが爆笑するのはまずいでしょーww」
さやかちゃん「ば、爆笑したのはあなたたちのほうでしょーが!」
愛ちゃん「メンゴメンゴ」
さやかちゃん「あんたの日本語、日を追うごとにブロークンになってない・・・?」
わたし「さやかちゃん、
優しい音色を奏でよう。
ヴェルレーヌのあの詩、ちょっと救いようがないようなところがあるからね」
愛ちゃん「そうだよ、
さやかのバイオリンに、すすり泣きを、させないように。」
わたし「そのための伴奏だと思ってね。
肩の力を抜いて、むしろ気楽な感じで」
さやかちゃん「『気楽に』・・・・・・?」
愛ちゃん「弦に対して優しくなるのよ」
さやかちゃん「!!」
愛ちゃん「ーーごめん、
イヤなこと、思い出させちゃったかな。」
さやかちゃん「いいえ。
優しさで、過去を乗り越えられるから」
『じゃあ、はじめよう。
・・・せー、のっ!』