愛がヘロヘロになって帰ってきた。
リビングのソファで、グッタリ。
「――へろへろちゃん状態だな、完璧に」
「……だれがどう見ても、そうよね」
「ま、詳しいことは、あとで聴いてやるとして」
「……」
「もうすぐ夕飯、できるからさ。
あったかいものでも食って、HPとMP、回復させろや」
× × ×
19時を過ぎている。
愛の部屋に、おれと愛。
「コーンスープ、美味しかったわ。作ったの、あすかちゃん?」
「あすかが作った。母さん直伝の味だ」
「どうりで…」
あすか作のコーンスープをホメたものの、愛の顔色はピリッとしていない。
「きょうの夕飯、あすかとおれの共同制作だったんだけどさ」
「…うん」
「おれの作ったオカズはどうだっただろうか」
「……」
……なんか言ってくれてもいいだろっ。
『美味しくなかった』って言ったって、別にいいんだぜ!?
首をふるふる、と横に振る愛。
それから、
「ごめんなさいね、アツマくんのオカズは、じゅうぶんに味わえなかったの…」
と告白。
そっか。
「ま、そんなときもあるよな」
「ごめんね」
「2回も謝るなよ」
「でも」
「仕方ないさ……。
『講義に出席してみますよチャレンジ』、失敗して、帰ってきたんだから」
「わかるの、アツマくん……? わたしのチャレンジが、失敗したって……」
「わからないほうが、変じゃね??」
「……そうかな」
「夕飯の段階で、あすかも利比古も気づいてたと思うぜ」
「……流さん。流さんも、気づいてたのかしら」
「たぶんな」
愛は一気にうつむいて、
「わたし、流さんと『賭け』をしちゃってたの」
「どんな」
「90分講義を受け通すことができたら…わたしの勝ち。できなかったら、負け」
なるへそ。
「『賭け』にあっさり負けて、挫折感がすごいと」
「……無謀だったのかしら。
ダメもとで、って予防線張ってたのが、バカみたいだわ」
おれはじっくりと、挫折の愛を見つめて、
「1日に2コマ、っつーのも、負担が大き過ぎたんだろ。いきなり2コマ出席するのはなぁ」
「…たしかに。あなたの言う通り」
× × ×
経緯を、愛は語り始めた。
「1つめのは、大教室での講義だったの。
いちばん後ろの、隅っこの席に座ってた。
あんまり前目に行くのも、プレッシャーみたいなものがかかっちゃう…と思ってね。
でも、ダメだった。
途中から、わけがわからなくなって。
頭痛がしてきたから……こっそり抜け出しちゃった」
「わけがわからなくなった、っていうのは?」
「先生の話も理解できないし、パワーポイントのスライドも頭に入ってこなくなったし」
「そりゃ大変だったな」
「…2つめの講義まで、90分空いていたんだけど、90分でリカバリーできるのかどうか、心もとなくって」
「で、見事に、リカバリーできませんでした…と」
小さく首を縦に振り、愛は語る。
「2つめのは、普通の教場ね。中学や高校の教室より少しだけ広いくらいの。
…今度は思い切って、いちばん前の席に座ることにした」
「そりゃー思い切ったなー」
「気合を、入れ直さなきゃ……って」
「おまえらしいっちゃ、おまえらしいが」
「……けれど、頭痛がまだ引いてなかったし、やっぱり最前列がゆえのプレッシャーもやって来て、ノートをとっていくと、どんどんどんどん消耗していっちゃって……」
「――ギブアップしたのか」
「あえなく。……『気分悪いです』ってちゃんと先生に言ってから、退室した」
語り終え、さらに肩を落とす愛。
「…ありがとよ。全部、ちゃんと話してくれて。良くわかったよ」
「…どういたしまして」
「がんばったな。がんばったけど、しんどかったんだな」
なにも言わず、ガックリにガックリを重ねた状態の愛。
消え入りそうな声で、
「わたしバカだった。流さんに勝負ふっかけたりとか、調子に乗り過ぎてた…」
と。
「性格ブスここに極まれり、って感じで」
とも。
こういうときの、リカバリーには……慣れている。
「性格ブスかも、しれないけどよ」
優しく、おれは、
「そんなに落ち込みまくってたら、せっかくの美人が、台無しだぜよ」
と言って、励まし始める。
「反省できてるってことは、前に向かっていける証拠なんだし」
「アツマくん…」
「…なっ? そうだろぉ?」
愛は、
「前に向かっていく、っていっても、どうやって前に向かっていけばいいのよ」
と言うが、
「まず第一に、焦らんことだ」
と、優しく言って、
「調子の波だってあるさ」
と言って、それから、
「おれにだって、おまえを後押しする考えは、あるんだから」
と言い、それからそれから、
「――とりあえず、ちゃんと休んで、ちゃんと寝るんだ。再チャレンジは、それからだ」
と、念を押すように、温かみを込めた声で、言ってやる。
ベッドの側面にもたれっぱなしの愛。
その左隣に行き、腰を下ろす。
静かに、おれの右肩に、愛が、身を預ける。
「……アツマくん。」
「おぅよ」
「今夜は……あなたが居ないと、無理」
「そっか。」
「ワガママに、ならせて。」
「――どうぞ。いくらでも」
「……優しいね」
……当たり前だろ?