【愛の◯◯】90分間に挑みたくて

 

月曜日。

新しい週のはじまり。

 

そしてきょうから、わたしの大学の後期も始まる。

始まってしまう。

 

前期の途中から、不登校状態になってしまっているわたし。

 

無理しない。

回復を待つ。

そのスタンスが、基本。

なんだけど…。

 

× × ×

 

とりあえず新学期の初日は、邸(いえ)でダラダラゴロンと過ごした。

 

――で、夜。

 

ダイニング・キッチンに行くと、やはり流(ながる)さんが、ノートPCのキーボードをカタカタと打っていた。

 

ゆっくりと歩み寄り、

「がんばってますね」

と声をかける。

わたしに振り向いて、

「愛ちゃんかぁ」

と言いつつ、ほっぺたをポリポリと掻く。

そんなに恥ずかしがらなくても。

「――もっと堂々としたって、いいじゃないですか」

「えっ?」

「せっかく、文芸を創作してるんだから」

「…んーっ、でもまだまだ、他人に見せられるような作品にはなってないし」

「そんなこと言わないっ」

 

『めっ!』という勢いで、流さんをたしなめるわたし。

彼は少し動揺の色。

 

畳み掛けるようにして、

「流さんって、タイピングお上手ですよね。とっても滑らかなタッチタイピング。わたしには無理」

「……そこまでホメちゃうか」

「はい。ホメますよ」

「……」

 

流さんの背後に立つ。

至近距離。

流さん越しにPC画面を眺めつつ、

「早く読んでみたいです、わたし」

「ぼくの書いたものを?」

うなずいて、

「区切りがいいところまで書き上げたら、プリントアウトして、わたしに見せてくださいよ」

「…編集者モードだな、愛ちゃん」

「わたしを編集者にさせてくださいよ」

「ん…」

「いいでしょう??」

「……明日美子さん。明日美子さん、元は編集者だったんだし――」

「――まあそうですよね」

だけど。

「ですけど、明日美子さんに頼るんじゃなくて、わたしを編集者にさせてほしいなー、と、そう願っているわけでして。

 わかってくれませんか?」

「どうしても……なりたいの? 編集者役に」

「はい。なりたいです」

「でもきみは……病み上がりというか、なんというか……でしょ」

「流さんの小説をチェックするぐらいなら――なんてことないです」

 

「……そっか」と言って、彼はふたたびPCに向き直る。

 

明確な答えが返ってこなくて、不満。

 

その不満も相まって、『イジワルっ子になっちゃおう』と決意して、

「――病み上がりって、流さん言いますけど。

 たとえ病み上がりだとしても、わたし――ちょっとがんばってみよう、って思うんですよ」

「……なにを、がんばるの??」

「講義に出席してみます」

 

彼が、驚いて、ふたたびわたしに振り向いた。

 

「そんな……。いきなり過ぎやしないか」

 

たしかに、不登校児が『学校に行こう!』といきなり決意するのは、唐突で不可解な印象を与えるのかもしれない。

でも…わたしは、そう思い立って。思い立ってしまったんだから、実行に移すよりなくって。

 

「もちろん、ダメもとですよ? 90分も教授のお話を聴ける自信なんて、ハナっからないです。ですけど、いったん決意したからには、やってみるしかないんだし」

 

マジメ顔で流さんは、およそ90秒間沈黙。

 

…それから、

「そのチャレンジは…いつにするの」

と訊いてきたから、

「あした行きます」

とわたしは答える。

 

流さんが眼を見開く。

 

「いきなりにいきなりを重ねて……大丈夫なの!? 愛ちゃん……」

 

彼の言う通り。

ではあるが。

 

「――勝負しませんか?

 わたしが90分間教場に居続けられたら、わたしの勝ちということで」