【愛の◯◯】部長の優しさを、受け止めて。

 

取材を終えて、囲碁部の部室から出てきた。

 

「加賀部長」

「なんだ? 本宮」

「部長って、将棋オンリーじゃなかったんですね」

「な…どういうこった」

「けっこういい勝負してたじゃないですか、囲碁部の人と」

 

取材の成り行きで、加賀部長が囲碁部の人と対局することになったのである。

もちろん対局とは、囲碁の対局。

将棋が特技である加賀部長はアウェーだった。

でも。

部長、かなり…囲碁部相手に、食い下がっていて。

 

「…結局は負けでしたけど、勝ちに等しい負けだったってわたしは思いましたよ?」

部長は少し眼を逸らす。

恥ずかしがらなくたって。

「……しょせん、置き碁だったんだし。九子(きゅうし)もハンデもらってたんだし」

そう言って部長は謙遜する。

「それでも、すごい戦いぶりでしたよ」

そう言ってわたしはホメ立てる。

すると、クルッと部長は背中を向けて、

「行くぞ……本宮」

と、歩き出す。

 

部長がどこまでも素直じゃないことがわかった。

 

× × ×

 

「いい記事ができそうですね。さっきの対局の模様を載(の)せてみましょーよ」

「……」

「ダメなんですか!? 負けちゃったから!?」

「……」

「あの熱戦を載(の)っけないの、もったいないと思いますよ」

「……考えさせてくれ」

 

煮え切らない。

 

わたしはぜったい掲載するべきだと思う。

活動教室に戻ったら、多数決をとってみたい。

4対1で、掲載が決まるはずだから。

部長以外に、こんな面白いものを掲載するのに反対する人なんて居ないだろう。

 

熱い対局の模様を回想しつつ、楽しい気分で部長の背中を追いかけていた。

 

――前方で、だれかが廊下を横切る。

 

ジャージ姿の女子生徒。

見覚えがあって、ヒヤリとする。

 

見覚えがあるどころではない。

 

昨年度まで、3年間、同じ空間・同じ時間を……たくさん共有していた。

 

……ジャージ姿が立ち止まる。

加賀部長よりも高い背丈。

わたしと同じくらいの背丈。

 

「……クミコ。」

 

わたしのほうが呟いていた。

 

クミコとわたしの視線が合ってしまう。

 

クミコの表情が……不機嫌になったように、わたしには見えた。

 

顔を逸らすクミコ。

小走りに、わたしの視界から消えていく……。

 

話せなかった。

気まずさだけが、廊下に充満していた。

 

うつむいて、くちびるを噛む。

なんにも言ってくれなかったクミコ。

なんにも言ってくれなかったから……余計に、責められているような気分になってきてしまう。

 

 

「……本宮? おい」

 

部長がわたしのほうに振り向いているのを、察知する。

気まずい空気を、部長も感じ取ったんだろう。

部長はわたしの2年先輩なんだ。

わたしよりも……いろんなことが、わかるんだ。

 

「クミコは……同じ中学で、バレーボール部の仲間でした」

 

説明は、する。

だけど、説明する声は、宿命的に震えを帯びる。

 

「……そうだったか」

 

少し目線を上げてみた。

部長は、窓の外を見ていた。

 

宿命的に、秋の空が澄んでいる。

 

「バレーボールやってたこと……あんまし、触れられたくなかったんだよな」

「……はい」

 

上手く「はい」が言えない。

自己嫌悪になる。

 

「本宮。」

 

わたしを呼ぶ部長。

彼の背筋が……いつになく、伸びていて。

 

「ちょっと、回り道すっか。」

 

「回り道……ですか??」

 

「わざと遠回りで、教室に戻るんだ。

 クールダウン……って、いうんだろうか」

 

優しい。

優しいし、

こんなに優しい接しかたができる先輩だなんて、思いもしなかった。

 

部長の優しさを、受け止めて。

廊下の床を見ながらも、わたしは――、

 

「ありがとうございます」

 

と、きちんと言う。