【愛の◯◯】利比古くんはタイプじゃない

 

ちゃんとスポーツ新聞部には行った。

けれど案の定、岡崎さんの顔を一度もまともに見られなかった。

荒れ狂うわたしの感情に岡崎さんが気づくはずもない。

岡崎さんはわたしの異変など、どこ吹く風だった。

たぶん、たぶんどこ吹く風だった。

 

× × ×

 

変に、意識しすぎてしまうと、岡崎さんの前に出るのが耐えられなくなってしまいそうで、こわい。

ナーバスになる。

そしてイライラとストレスが募って、自分が嫌になる。

わたしはわたしの精神(こころ)を整えなければならない。

ベッドに腰を落ち着ける。

ゆっくりと深呼吸。

眼を閉じて、精神統一を図(はか)る。

けれども雑念が瞬時に入り込んできて、頭のなかがザワつく。

集中できない。

もしかしたら、自分ひとりだけで解決しようとしてるからダメなのかもしれない。

岡崎さんに対する波立つ感情は、さとられないようにしたい。

でも、だれかとコミュニケーションをとったら、精神(こころ)が和(なご)んで、落ち着いてくるのかもしれない。

じゃあ、だれと。

 

× × ×

 

利比古くんの部屋に自然と足は向かっていた。

なぜ利比古くんの部屋をたずねようと思ったのか、自分でも理解できない。

消去法で利比古くんなのではなかった。

ただ、「さいきん利比古くんとあんまり絡んでないなあ」という自覚が、ひょっとしたらそうさせたのかもしれなかった。

とにかくドアを叩いた。

乱暴に叩いてしまったかもしれない。

わたしはわたしの粗暴さに嫌悪感を抱く。

ゆっくりとドアが開き、利比古くんが姿を見せた。

「あすかさんじゃないですか。どうしたんですかー? ぼくの部屋ノックするの、もしかしなくても初めてですよねー?」

「初めてなのは、どうでもいいの。ちょっと利比古くんとお話がしたいの。入らせてくれない?」

利比古くんは動じず、

「いいですよ」と優しい声で承諾し、穏やかに笑った。

そのときわたしは思った。

利比古くん――笑ったらイケメンだ。

 

× × ×

 

わたしはドア付近で床座りになって利比古くんを直視している。

笑ったらイケメンだし、そもそも普段からイケメンだったのかもしれない。

――おねーさんの弟だもんな。

「それで、お話とは?」

利比古くんの問いに構わず、しばらく彼のルックスを吟味する。

「……無言だとこっちも困るんですけど」

「そうだよね、ごめんね」

100日以内に告白される可能性のパーセンテージを見積もっていたとは口が裂けても言えなかった。

「あのね、大それた話でもないし、真面目な話でもないの。

 でもね……あなたとわたし、GW明けてから話す機会少なかったから」

気づいたら「あなた」という二人称になっていた。

「コミュニケーション不足は、ひとつ屋根の下に住む人間として由々しきことだと思って」

「ああ、それは……ぼくのほうにも責任ありますよ。もっとあすかさんと会話するべきでしたね」

「わたしのほうが責任が大きいの」

「言い切っちゃうんですか」

「だってわたしのほうがお姉さんだもん。きのう誕生日で、もう17歳なんだもんわたし」

「17歳か……」

「その反応はいただけないなあ」

故意に、挑発的態度。

「17歳にしては幼いって思った? 思ったんじゃないの?」

口ごもる利比古くん、であるが、

「――いまのは、冗談」

「え」

「『え』じゃないから。冗談だから。だから忘れて」

「……なんか、あすかさんが心配になってきました」

「どういうこと?」

「積極的なのはいいんですけど、積極的なのを通り越して、攻撃的になっちゃってるんじゃないかと」

あれ。

利比古くんと話して、こころを鎮(しず)めるつもりが、気がはやってる。

こんなはずでは。

「落ち着いてください、あすかさん」

利比古くんの穏やかな表情。

100日以内でなく、50日以内に告白されちゃう注意報。

もちろん、利比古くんはわたしのタイプではない。

岡崎さんのほうが、よっぽど……。

「――ひょっとして、微熱があるんじゃないですか?」

突拍子もないこと、言ってきた。

加賀くんのほうが、何倍も扱いやすい。

「顔が火照(ほて)ってるじゃないですか」

そりゃ、岡崎さんのことを考え出しちゃったからに決まってるでしょ。

にぶいなあ。

「だいじょーぶだいじょーぶ、バカは風邪ひかないから」

自分のことをバカって言わないでください!!

えっ……!?

利比古くんに、叱られちゃった……!!

「自虐に走らないでください」

ビシッと言う利比古くん。

叱られた途端に、エアコンが肌寒く感じられ、なぜだか胸の中が変に落ち着いてきた。

利比古くんに「少し、頭冷やそうか?」って言われたみたいになった。

そっか。

わたし、自棄(ヤケ)になりかかってたんだ。

自分が自分じゃないみたいだった。

利比古くんに怒られて、ようやく気づけた。

だから、

「ありがとう」

と素直に彼に感謝した。

「感謝されるようなことは、してませんから……」としどろもどろにブツクサ言う利比古くん。

あらためて、彼の顔をまっすぐに見据える。

どこか不機嫌そうな表情も、やはりわたしのタイプではない。

だけど、50日以内にだれかしらに告白されますよ注意報は、きっと発令されてしまっている。