コパ・アメリカやらACLやらなでしこやら、サッカーのビッグイベントが重なっているうえに、大谷翔平は大活躍するし、NPBでは絶賛交流戦中で、すべての結果に目を通していると、くらくらしそうになる。
誕生日にお兄ちゃんからもらったパソコン、前のより挙動が重くないのはいいんだけれど、回線が速いせいで逆に、スポーツ関連のサイトの見過ぎで、わたしの造語だけどーー『情報中毒』になっちゃいそう。
サッカーや野球の結果は、洪水のようにアタマに流れ込んでくるのに、肝心のアウトプットがーー停滞している。
高性能なOS、文章もサクサク入力できるはずなのに、文書作成ソフトを立ち上げても、ほとんど言葉が浮かんでこない。
ようやく、タッチタイピングもさまになってきたというのに、タイピング能力の向上と反比例するかのように、文章をつくる能力が急降下している。
いろんな人たちに、文章の才能を認められたことが、逆に現在のスランプ状態を引き起こしたきっかけになっているような気がする。
だからといって、わたしに文章の才能を見出してくれた人たちを恨むなんて、とんだ筋違いだ。
筋違いにもほどがある。
自己責任。
でも……、”文章の才能”って、いったい、なに……?
放課後。
わたしは気が重かった。
校内スポーツ新聞に載っけるはずの、サッカー&野球速報記事が、半分も書き切れなかったからだ。
言えば、許してくれるんだろう。
正直に、中村部長に「書けませんでした」とお詫びすれば、部長は笑って許してくれる。
しょうもない穴埋め記事で、わたしができなかったところをカバーしてくれる。
怒られる、なんてことは、ちょっと考えられない。
でもーー、もし、こちらの予想に反して、中村部長が怒ってわたしを叱ってきたりしたら。
怒られないにしても、部長がガッカリしてしまって、失望の色のにじむ表情が、わたしの眼球に突き刺さってきたりしたら。
その、「万が一」が、わたしは怖くて、部室におそるおそる入ってじぶんの席に着席してからも、しばらく原稿を落としたことを誰にも言い出せずに、ただ時計の針だけを見つめていた。
時間が来たら。
時間が来たら、きっと中村部長のほうからわたしに、わたしの原稿がどうなったのかということを、訊いてくるだろう。
その時、あやまればいいんだ、そうわたしは思っていた。
ただし、ちゃんと部長にあやまれる自信はなかったけれど。
ところがーー。
「あすかさん、保健室で休んできたらどうだ?」
中村部長がわたしのほうを見て、開口一番、こう言ったのだ。
中村部長はおだやかに笑って、
「顔色が悪いよ。
サッカーの試合がたくさん重なったりして、球技担当のきみはグロッキーになってるんじゃないかって心配してたんだ。
不安が的中しちゃったみたいだねえ。
ごめん……あすかさんに、負荷をかけすぎてしまった」
「あ、あやまるのは部長のほうじゃないです、わたしのほうです。
あのーー、
原稿、全然書けませんでしたっ!!」
「あすかさん、『代原』って知ってる?」
「はい、原稿が落ちたときの、埋め合わせの……」
「ボクはねえ、代原のストックが、原稿用紙1000枚以上あるんだ」
部長は、おだやかに微笑み続けていた。
「だから、そんなに気張らなくていいんだよ。
保健室に行ってらっしゃいな」
食い意地を張って、アカ子さんが持ってきたドラ焼きを4枚食べ、「嫉妬」? にかられて自分の部屋のカーテンを破いてしまった日あたりから、流れがよくない感じがする。
おねーさんとも、一瞬ぎくしゃくしたし。
翌朝には仲直りできたけど。
× × ×
保健室。
天井の蛍光灯を、ベッドで見つめている。
「ドクタースランプ……じゃなくって、『ドクターストップあすかちゃん』か。
中村部長、なんだか、博士(はかせ)みたいだし」
冗談をひとりごちて笑える余裕を作ってくれたのは、たぶん博士(ドクター)中村部長の優しさのおかげだ、と思いながら、わたしは夢の世界に入り込んでいった。