【愛の◯◯】ふたたび、わたしは奏で始める

夕方四時ごろ

アツマはフジテレビを観ていた

 

・競馬中継が終わる

 

アツマ「ふーん、アーモンドアイっていう馬、すげー強いんだなー」

 

やってきた愛「……競馬観てたの? あんた高校生でしょ」

アツマ「お前も高校生だろ」

愛「そういうこと言ってるんじゃないの」

 

アツマ「G1とか大きなレースたまに観るくらいだぞ」

愛「ジーワン???」

アツマ「ダービーは知ってるだろ、いちばん有名なレースの名前だし、イギリス発祥らしいから、イギリス文学にも出てくるんじゃないのか」

愛「(不敵に)ギッシングの『ヘンリ・ライクロフトの私記』って知ってる?」

アツマ「は、はい? ナンデスカソレハ」

 

 

ヘンリ・ライクロフトの私記 (岩波文庫)

ヘンリ・ライクロフトの私記 (岩波文庫)

 

 

愛「イギリス文学。

 英国が競馬の本場なのは知ってるわ。でも、この『私記』の語り手は、そんな競馬の流行とは逆に、競馬っていう存在を完全否定するのよーん」

アツマ(なんか、ムカつく(-_-;))

 

愛「有名どころでは、トルストイの『アンナ・カレーニナ』やゾラの『ナナ』にも競馬のシーンは出てくるけどねえ。

 

 ところで、わたしそんな話がしたかったわけじゃないんだけど。

 ・・・・・・もうすぐ藤村さんが、ここに来るんだったでしょ」

 

アツマ「あ!

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

やがて、藤村さんと、彼女の後輩が、 戸部邸にやってきた。

 

藤村さんは、サッカー部のマネージャーを務めていた。

アツマくんが言うところによれば、藤村さんの部活の後輩が、男女ひとりづつ訪ねてくるということだった。

 

2年生マネージャーの「マオ」さんと、1年生選手の「ハル」くん。

 

藤村さん「ヤッホー」

アツマくん「ずいぶん気安いもんだな、藤村(-_-;)」

 

わたし「藤村さん! お待ちしていました」

藤村さん「愛ちゃーん!!!!!!

 

いきなり、藤村さんがわたしを抱きしめてきた。

 

わたし「はぐぅ」

藤村さん「あ! いま『はぐぅ』って言ったな、『はぐぅ』って!!

 くぁわいーい!!!!!!!!

 

わたし「やっぱりーー」

藤村さん「??」

わたし「やっぱり、アツマくんと違って、やわらかいですね、藤村さんのハグは

藤村さん「ええっ…(;゚Д゚)

 『アツマくんと違って』って、愛ちゃんと戸部、もうそんなところまで進展して・・・・・・」

 

ほっぺたをポリポリと掻くアツマくん。

らしくないぞ。 

 

藤村さん「マオ、ハル、紹介するね、こちら、戸部の彼女の羽田愛ちゃん

 

マオさん「( ゚д゚)」

ハルくん「( ゚д゚)」

 

わたし「・・・・・・(^^;)」

 

 

マオさん「どうも、サッカー部のマネジのマオです」

ハルくん「さ、サッカー部の1年のハルです」

藤村さん「ハル!

ハルくん「ビクッ」

藤村さん「もっとシャンとしなさい!」

 

……サッカー部で恐怖政治でも強いてるのかな、藤村さん(^^;

怯えた顔のハルくん。

 

ハルくん、わたしを初めて見た瞬間、目を丸くしてて、アツマくんがリビングに出てきた瞬間、口を半開きにしてて。

それで、藤村さんがわたしを紹介したときから、ずっと泣きそうな表情をしている気がするんだけど、気のせいよね?

 

 

で、とっととわたしはグランドピアノの前に腰かけたわけなのです。 

 

アツマくん「おい藤村、静かに聴いてろよ」

藤村さん「当たり前でしょ、ロックフェスティバルじゃないのよ

 

わたし「ロックフェスティバル・・・・・・w

 あ、あは、あはは、アハハハハ!!

 

笑いが止まらなくなってしまった。 

 

わたし「ふ、藤村さん、ごごごめんなさいwwwwごwwめんwwなwwwさいww」

藤村さん「愛ちゃん、毛虫でも食べたの!? (;゚Д゚)」

アツマくん「お、おい、水でも持ってくるか!? 愛」

 

わたし「(持ち直して)大丈夫。」

 

マオさん「すごいですね、藤先輩のイタズラにも負けない・・・!」

わたし「フジせんぱい?(きょとん)」

マオさん「あ、藤村先輩だから、藤先輩(フジせんぱい)です」

わたし「タメ口でいいですよ。学年上なんですから」

マオさん「そう? じゃあ、愛ちゃんって呼んでいい? わたしも」

わたし「もちろんです、あとで連絡先交換しましょ~♪」

マオさん「もちろん!」

 

わたし「じゃあグダグダするのも何なので、さっそく弾きますね」

 

♫演奏♫

 

 

こうしてーー、

ふたたび、わたしは、音楽を奏で始める。

 

 

 

 

♫演奏おわり♫

 

アツマくん、大拍手。

藤村さん、大拍手。

マオさん、大拍手。

ハルくん、大拍手。

 

みんなみんな、大拍手。

 

アツマくん「愛・・・・・・。

 嬉し泣き、できたな

 

わたし「そんなに涙出てないよっ

 

藤村さん「泣いたことは認めるんだ、愛ちゃんw」

アツマくん「ムッ💢」

藤村さん「あ、ごめんごめん(^_^;)」

わたし「もう、ふたりともw」

 

わたし「ハルくん、よね?」

ハルくん「は、はいっ!!(ガチガチになって)」

マオさん「こらハル!! 挙動不審!」

ハルくん「(しょげて)すいません……えーと、えーと、」

わたし「わたし、羽田愛」

マオさん「さっき藤先輩が紹介してたでしょ、もう忘れたの!?

 レギュラー入りできないよ!」

わたし「いいんですw」

ハルくん「(わたしに向かい)す、すみませんでした」

わたし「わたしも高校1年生、だから敬語は不必要」

ハルくん「アッ」

わたし「約束してw」

ハルくん「はい。

マオさん「ば、ばかじゃないの、ハル!? 敬語じゃん、それ」

藤村さん「ハル、おもしろいwwwwww」

 

ハルくん「いや、なんかーー、

 

(謎の間があって)

 

 住む世界が違うというか、そんな感じがあったんだよ

 同じ高1なのに、雲の上みたいなーー、

 漫画のなかから出てきたみたいな、そんな驚きがあったんだ……ごめん、言い方が変だな。」

 

わたし「ハルくん。」

ハルくん「や、やっぱ、変だっただろ!?」

わたし「わたし、三次元だよ

ハルくん「???????」

 

わたし「テストで100点取れないし、アツマくんとスポーツやると、いつもアツマくんが勝つ。

 そういう意味で、三次元の存在。

 ちょっと環境は特別だけど、おおむね普通の、高校1年生の女の子」

 

藤村さん「フフフフ」

わたし「むー、なんかおかしいですかー」

藤村さん「変わったね、愛ちゃん」

わたし「えっ?」

藤村さん「ユーモアが出てきた」

わたし「ああ、そういうことですか。」

 

藤村さんにそう言われたからではないけれど、ピアノを久しぶりに引いた身体の緊張をほぐすために、わたしは「ん~っ」と、天井に向かって『伸び』をした。

 

わたし「さっき藤村さんにいきなりハグを仕掛けられましたが・・・」

藤村さん「?」

わたし「わたし以上、あすかちゃん未満でした。

藤村さん「え・・・・・・何が?」

 

藤村さん、そこらへん、やっぱ鈍感。