夕飯の時間になる少し前辺りから、愛と流(ながる)さんの間(あいだ)の雲行きが怪しい。
互いになんだかギクシャクしているのだ。
不協和音ってか?
基本、折り合っているふたり。
なのに、今は違う。
すれ違いの空気が、ふたりの間から醸(かも)し出されている。
× × ×
夕飯のダイニングテーブル。
おれの右隣の席の愛が、食べ終えて立ち上がった。
「ごちそうさまでした」
キッチンを向きながら言う愛。
流さんに――完全に、背を向けて。
コンロに向かおうとする愛だったが、
「コーヒー淹れるんなら、3人分淹れてくれ」
とおれは声をかける。
「3人分? どうして?」
問う愛に、
「流さんとおれの分も。流さんも食べ終わったみたいだし、おれももうすぐ食べ終わるし――」
「ヤダ」
――おいっ。
愛は、2人分のコーヒーを作って、自分の席とおれの席の前だけにマグカップを置いた。
流さんは完全スルーされた。
…今度は流さんが立ち上がって、コンロのほうへと歩いた。
コンロに火を点け、ヤカンを温める。
……愛をいっさい見ることなく。
険しい眼つきで愛がうつむいている。
自分で自分のコーヒーを作って席に戻った流さん。
音を立てて――カップを置く。
だれにイラついているのかは――明白。
× × ×
「不協和音だよな、おまえと流さん」
おれの部屋に愛を連れ込み、事情聴取。
ったく。
ちょうど1年前、あすかと大(おお)ゲンカしたと思ったら――今年は、流さんとケンカかよっ。
「不協和音の原因はなんだ。おれに教えろ」
「……不協和音って、なによ」
「すれ違ってる。ギクシャクしてる。
おまえと流さんの間でなにかがあったことは、明らかだ」
「……」
白状しようとしない愛。
「探偵」に、なるしかないのか。
……5分間、「推理」したおれは、
「――流さんの小説のことか?」
と言う。
ピクン、と愛が反応し、目線を少しだけ上げる。
「流さんが書いてる小説に、イチャモンつけたんだろ」
「どうしてわかるの……」
ほら。
ビンゴじゃねーか。
うろたえの眼差しを、愛が向けてくる。
「――動揺するほどか? おれの推理が当たったからって」
「だって…」
「…とっくに知ってるよ。おまえが、流さんの『編集者』役を買って出たことぐらい」
「……」
「おまえの性格だったら、流さんの書いたものにダメ出ししまくる可能性が高い」
「……」
「予想は簡単だった。
で、現実に、そうなった。
おまえが原稿に遠慮なくイチャモンつけた結果、口論になっちまいました……と」
典型的な「図星」の表情になる愛だった。
ズボリ、とおれの指摘が食い込んで、図星の顔になった。
が、
「……イチャモンとは、少し違う」
と言い出して、
「わたしは、アドバイスとして言っただけ。こうすれば良くなるって、正直な意見を言っただけ。自分にも流さんにも、嘘はつきたくなかったから」
「けど、言い過ぎた」
「言い過ぎたなんて思ってない、わたし」
「おまえがそう言い張るときは、事実は逆になる」
「じ、事実ってなによっ」
「おまえ、流さんの立場になって考えてたか? おまえにアレコレ言われてカーッとなっていく流さんが、眼に浮かぶぜ」
「な、なにがわかるの……当事者じゃないクセに」
「そりゃあわかるさ」
「わ……わかる理由は」
「それは、おれがおまえよりも、他人の立場になって考えられるからだ」
のぼせたような顔になって、愛は、
「こ……根拠の薄いこと、言わないでよっ」
と。
「薄くない。それに、第三者の指摘は、時として当事者よりも的を射る」
「有る事無い事を……!」
ムカムカしたご様子で、どんどんどんどんおれの前に接近してくる。
おれの胸をポカポカと殴ってくる流れか、と思いきや。
「……。
いまのわたし、流さんにも、アツマくんにも、怒ってる」
「おう」
「怒ってる、けど。怒ってる、から。」
「から??」
すばしっこく、おれの上半身に飛びついてきて、
「アツマくんが、解決策を言ってくれるまで……離さない」
「なんだそりゃー」
「間の抜けた声、出さないで」
おれの上半身にしがみつき、両手で背中を強く押さえつけて、
「どうにかしてほしいのよ……。アツマくん、あなたに」
眠るのが……遅くなっちまうな、こりゃ。