中等部・高等部の同級生であった腐れ縁の小泉小陽(こいずみ こはる) と、もはや常連と化した近場の喫茶店『リュクサンブール』で午後のお茶をしている。
小泉ーー、
慶應かあ。
しかも現役で。
一発。
一発ツモ。
いいなあ。
それにひきかえわたしはーー。
「なに下ばっか見てんの? 葉山」
「えっ?! と、とくに意味は」
「はやまぁ、たのしい話をしてあげようか」
「どうせテレビ放送の歴史とかそういうマニアックネタでしょうに…」
「ピンポーン♫」
「あのねえ、ここに来る前に、radiko(ラジコ)でNHK-FMを聴いてたの」
「あんたラジオにも詳しいの」
「関心がある」
「NHK-FMならたまにわたしも聴くけど」
「たまたまだよ。
『歌謡スクランブル』って番組、知ってる?」
「知らない」
「日替わりの番組で、なんか今週はテレビ主題歌特集らしくて」
やっぱりね、とわたしは思ったので、さりげなくお冷やを飲みながら、また、ホールスタッフの戸部くんがせわしなく働いているのを横目で見た。
「小泉のストライクゾーンだったわけね、つまり」
「そうそう。きょうは月曜日だから、テレビ黎明期の主題歌特集。『月光仮面』とか『鉄腕アトム』とか。」
「わたしたちの両親が生まれる前じゃないのそれ」
「(遠い目になって)そうね……わたしらのおじいちゃんとかおばあちゃんとかの世代、なのかな」
「なにロマンチックな感じになってんの」
「葉山、『夢であいましょう』って番組、知ってる?」
「知ってるわけないでしょう」
「そうだよねえ、黒柳徹子が人気声優だったとか、知るわけないよねえ」
「小泉モードに入り始めた」
「コイズミモード?」
「あんたしゃべる速度が心なしか速くなってるわよ」
「あ、いけね」
わたしは、ため息をつく。
その一方で、
こんな小泉とのたわいない会話のやり取りを通して、都会の中のオアシスにいるような安心感を覚える。
ありがとう、小泉……。
「ありがとう、小泉」
「あ!
いま、『ありがとう』って言ったでしょ!?
唐突~!!ww」
小泉に対する感謝の気持ちが「ことば」に出てしまい、わたしはかなり焦り始める。
「せ、せっっかく良い大学に入ったんだから、留年しちゃだめよ、だめなんだからね、小泉」
「葉山、無理に話題を替えようとして、言い回しがヘンになってるw」
「うるさい」
「でもほんとうに頑張りなさいよ。
わたしのぶんもね……」
『わたしのぶんもね……』が、少し弱気な言いかたになってしまった。
わたしの口調の弱々しさを察知して、小泉がやわらかく微笑んでくれる。
「葉山」
「うん。」
「新聞、とってくる」
「あ、そう」
× × ×
「…やっぱりテレビ欄しか見ないんでしょ」
「図星。でも今やってる番組はだいたい把握してるから、むかしのテレビ欄を読むほうが10倍は面白いのよねん」
「10倍ねえ……」
「わたし、どの図書館に行っても、司書の人に古い新聞を持ってきてもらって、テレビ欄ばっかり読んでるの。
そうすると、時間を忘れて、すぐに日が暮れちゃうんだよ」
「……」
いいな、そのくらい時間を忘れられることが、あるなんて。
生産性に関しては疑問だけど。
でも、
小泉にとって、むかしのテレビ欄を読むことは、非生産的なことでは、全然なくって、
いや、
関係ないのかな、生産性があるとかないとか。
とにかく、幸せそうに生きてる小泉、テレビ欄をしらみつぶしに読んでいる楽しそうな小泉を対面(トイメン)に眺めていると、
ハーブティーが、おいしい。
「お済みのお皿をお下げいたしましょうか」
「あっ戸部くん! 羽田さん元気? 単位足りてる~?」
「小泉さん」
「なんですか戸部くん」
「ラーメンは好きですか」
「? べつに」
「左様(さよう)ですか。当店ではあいにくラーメンはお出しすることはできません。パスタならばお出しできるのですが」
「???」
小泉が煙に巻かれているあいだに、小泉の目の前から食器がすべて消えていった。
× × ×
そして、わたしと小泉の席に舞い戻ってくる戸部くん。
「ーー10分だけなら油を売っていいってよ」
「戸部くん!! あのねキユーピーの『3分クッキング』って放映時間は10分間なんだよ!! でもこれは常識かな、だけど名古屋のCBCだと『3分クッキング』って別内容なんだって、東京に住んでて日テレの3分クッキングを見慣れてると、常識からはずれてるよね~、あと『きょうの料理』ってNHKであるでしょ、きょうの料理、実は開始当初はーー」
「葉山」
「はい戸部くん」
「うちの店のオリーブオイルって一味違うんだぜ」
「なに?w 売り込みたいの」
「これがほんとの『油を売る』」
「やだ~w 戸部くん、ギャグセンスがおじさんみたい~ww」
「(・_・;)あのー、葉山さん戸部くん」
「小泉がわたしたちを置いてけぼりにしようとしたから、ぎゃくに置いてけぼりにしてやったのよw」
「(ー_ー;)ひ、非常にキビシイ……」