【愛の◯◯】アツマくんと、亡くなったお父さんのことーー

土曜の昼下がり

リビング

 

 明日美子さんが、ソファーでごろごろにゃ~んと寝ている。

 

愛「明日美子さん。」

明日美子さん「ムニャ」

愛「明日美子さーん」

明日美子さん「アッ( ゚д゚)!」

 

愛「(^_^;)

 明日美子さん、書庫に入ってもいいですか?」

明日美子さん「いいよ。

 ・・・・・・わたしに言わなくても、勝手に行けばいいじゃんww( ^_^)」

愛「いいえ。

 なんか、この邸(いえ)の書庫には、許可をもらってから、入らなきゃいけないような感じがするんです。

 だから、できれば明日美子さんに、明日美子さんがいなかったら、アツマくんかあすかちゃんにーーひとこと断ってから、書庫に入るのが、マナーだと思って」

明日美子さん「真面目だねw( ^_^)」

 

 

 しかし、すぐに、明日美子さんは神妙な面持ちになって、

 

明日美子さん「どうもありがとう、愛ちゃん。

愛「・・・・・・はい。」

 

 

 

戸部邸のおおきなおおきな書庫。

 

明日美子さんの旦那さん……

つまり、

アツマくんとあすかちゃんのお父さんが、

あとにのこる人たちに、

遺してくれた書庫。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーー

明日美子さんがベランダに行き、リビングに今度はアツマが来た

 

センター試験まで、あと3ヶ月。

私大入試が始まるまで、4ヶ月を切っている。

 

次々に、入試採点の不正が明るみに出ようとしている。

私立の医学部志望じゃなくてよかった(^_^;)

 

おれはけっきょく私立文系専願にした。

首都圏の、それなりに名のある私立大学を狙う感じだ。

学部はーーどうしようか。

漠然としすぎている。

 

愛がやってきた。

本を抱えているところを見ると、おそらく書庫から戻ってきたんだろう。

父さんの書庫かーー。 

 

おれ「そんなにたくさん本を抱え込むなら、『手伝ってくれ』って、言えばよかったのに」

愛「( ゚д゚)ハッ! そうだった」

おれ「おい、ボケてんなぁw(^_^;)」

 

愛「アツマくん、すごい本読んでるね

おれ「は!? (゜o゜;) 

 これは、各大学のデータとか、どんな学部があるかとか、入試日程はどうなってるかとかが、ぜんぶ書いてある本だよ。おまえも高校生になったから知ってるだろ」

愛「高等部!」

おれ「あ、はい、すみません(-_-;)」

 

愛「(口調が優しくなり)知ってるよ、もちろん」

おれ「じゃあなんで『すごい本読んでる』とか言うんだ、なんかきょうのおまえ、『ヌケてる』なぁ」

 

愛「(つっこみをスルーして)大学調べてるの?」

おれ「まーなー、どんな大学にどんな学部・学科があるかとか」

愛「真剣じゃん、関心関心」

おれ「馬鹿にしやがって(-_-;)」

愛「ばかにしてないよ! まじめだよ、アツマくんは」

 

つぶらな瞳で、困ったようにおれを見る愛。

こっちのほうが困るんですけど・・・(^_^;)

 

微妙な空気になり、おたがいめいめいの読むべき本をめくり始めた。

 

おれ「・・・・・・うっ」

愛「ど、どうしたの?」

おれ「い、いや・・・・・・その、」

愛「?????」

おれ「父さんの大学が載ってた

 

 

愛「あっ・・・・・・(゜o゜;)」

 

 

そう、

父さんが卒業して、

父さんが教えていた大学。 

 

 

おれ「いや、別にいいんだけどさ。」

 

おれ「自分語りは嫌われる、って良く言うけど。

 ちょっと昔ばなしが、したくなってきたよ」

 

愛「・・・・・・(・_・;)」

 

おれ「父さんが9歳のときに死んだのは、知ってるよな」

愛「うん……(・_・;;)」

おれ「大学では日本史を教えていたってのも、」

愛「知ってる(・_・;)」

おれ「専攻は近世史だったかな。要するに江戸時代だ。経済史だったか社会史だったか忘れたけど、地味な研究をしてたらしい。

 親不孝にも、おれの受験科目は世界史になるけど」

 

おれ「父さんはたぶん、地味な研究者だった」

愛「そんなことないよ!

 アツマくんのお父さんの本、書店でよく見るし、

 それに、

 わたしがアツマくんのお父さんの本、たくさん読んでるもん!!

 

おれ「・・・・・・そっか。

 おれさあ、

 中学のとき――、

おやじが大学教授だったのに、なんでおまえは成績悪いんだよ~w!』って、イジメの標的になったりしてたんだ。」

 

愛「ひ・・・・・・ひどい、ひどすぎるよ!」

おれ「そうだな、卑劣だった。

 だから、殴り合いのケンカばっかりしてた。

 

 それでさーー最初はボコられる側だったけど、次第におれもおれを『鍛える』ようになって。

 ボクシングジムとかにも、ほんとうはいけないんだろうけど、少しだけ通って、トレーニング体験をさせてもらったりとか。

 はじめは、カラダが耐えられなかったけど、どんどん耐えられるカラダになっていってさ。そこからは面白かったよ。

 

 ボコボコにされる側だったけど、最後は挑発してくる野郎をボコボコにする側になってた。

 あんまり強くなったもんだから、殴り倒して、イジメてくるやつを文字通り再起不能にさせたこともあってw

 

 担任がいい先生で。

 おれが強烈なイジメを受けていることを分かってくれたから、内申はお咎め無しだった」

 

・・・・・・予想通り、

愛が、震えて泣きそうになってるじゃねーか。

 

さて。

こっからがおれの仕事だ。 

 

愛「アツマくん、

 そんなこと、なんで話すの、

 話せるの……?

おれ「泣くな、愛

愛「そんなこと言ったって!!!!!! どうしようもないよっ!!!!!!!

 

おれは、黙って愛を抱きしめた。 

 

愛「(呆然として)・・・・・・

おれ「泣くな、っていうのはな。

 ほんとうは。

 かなしさや、くやしさで、もうおまえを泣かせたくないんだよ……

 

そうやって、ぎゅっと抱きしめてなぐさめるしか、能がなかったから。

 

おれは――父さんが、あすかやおれに注ぎたかった愛情のぶんも引き継いで、

愛を、ぎゅっと、抱きしめた。