始業式の日なので、半日で放課後になった。弁当をベンチで食ったあとのおれは、通行する人間も疎(まば)らな庭沿いの道をぶらついている。
両側に花壇の並ぶ通路を突き進んでいたら、約10メートル前方に都合の悪い女子が立っているコトに気付いた。
顔がよく見えなくても、同級生女子の寺井菊乃(てらい きくの)だと分かる。黒髪ツインテールが眼に入った時点で寺井だと分かるのだ。
おれを挑発してくるコトもあるイヤな女子だ。もし、この場で、おれの接近に気付かれて、サディスティックな視線を突き刺されてきたら、厄介だ。
寺井まで約5メートルの地点で足を止め、寺井を避けるために横道に逸れるべきか思案する。
思案のおれの眼に、校舎の壁際へと足を進めていく寺井の姿が映り込んだ。寺井の立ち位置が、おれから見て左斜め前方になる。
寺井は、校舎の壁へと右腕を伸ばしていき、右手のひらを壁面に押し付けた。
芽生えてくる違和感。
違和感に突き動かされて、歩を進めてみる。
眼に映る寺井の横顔。
奴の目線が、枯れ草が好き放題に伸びている地面へと下がっている。
立ち止まるおれは寺井の異変に吸い寄せられる。
囁(ささや)き声のようなモノが耳に入ってくる。気のせいではない。寺井が、地面に向かって何か言っているのだ。
何事だというのか。どんな内容のコトバを発しているのか。どんな理由でコトバを発しているのか。
× × ×
動けなかった。その場を離れられなかった。見えない何かに、足を動かそうとするのを禁止されているような気がした。
様子がおかしいのが寺井菊乃で無かったら、留まり続けるコトは無かったかもしれない。苦手な奴であるが『ゆえ』か。厄介な奴であるが『ゆえ』か。
地面への謎の語り掛けを終えた寺井が、目線を上げた。
数秒も経たずにおれの棒立ちに気付いた寺井の顔つきが、深すぎる衝撃を食らっているかのような顔つきになっていった。
眼差しが極度に弱々しくなっている。持ち前の攻撃性を全て吸い取られたかのようだ。よく見れば、口元までもが極度に弱々しくなっている。高校卒業間際の口元だとは思えない。
どう見てもどう考えても寺井菊乃史上最弱の状態なので、焦ってくる。胸の鼓動が不必要に速くなる。史上最弱の寺井菊乃が困惑させてきて混乱させてくる。
寺井の弱りに弱った口元が動いた。
『マスダ……』
そう言っているとしか思えなかった。おれの苗字を微(かす)かに音声化した寺井。助けを求めているとは思いたくない。助けを求めているはずも無いと信じ抜きたい。動揺だ。動揺しているのだ。単に動揺しているだけなんだよな? おれの手を借りたいなんて思ってないよな、少しも思ってないよな!?