放課後。タカムラかなえに先導されるようにして校舎の外を歩く。取材先は『化学倶楽部(ばけがくクラブ)』の活動部屋。『文系が理系学問について本気出して考えてみた』というのが新番組の仮タイトルだった。
化学や物理にタカムラが急に興味を持ち始めた。化学も物理も履修していないくせに興味を持ち始めた。子ども向けの化学の入門書と子ども向けの物理の入門書を友だち女子から借りて読んだのがキッカケだったらしい。『冬休みのあいだずーっと読んでたの』と言っていた。『おまえは完全なる文系タイプだと思ってた』とおれが言ったら、『なにそれ。カバンで殴打されたいの!?』と攻撃的に言われてしまった。怖い怖い。
手始めは『化学倶楽部(ばけがくクラブ)』である。名前の通りに化学を研究するクラブ活動だ。ちなみに、我が校においては化学研究のクラブ活動は『化学倶楽部』1つのみだが、物理研究のクラブ活動は2つに分かれている。『ニュートンの会』と『アインシュタインの会』。……ネーミング、シンプル過ぎるぐらいシンプルだな。
古くは理科準備室として使われていた部屋を『化学倶楽部』は活動場所にしている。
『化学倶楽部』の活動部屋がある校舎の入り口まであと少し、という時だった。
見覚えのある先輩男子が向こうから早足気味に歩いてきた。
スッキリとした体型。長めの髪。やや距離が離れていても眼に焼き付くクールな顔立ち。
3年のマスダ訓史(のりふみ)先輩で間違いが無い。
おれとタカムラの存在に気付いたマスダ先輩が立ち止まる。
おれの少し前にいたタカムラがマスダ先輩に近付く。
「わたしたちの行く手を阻まないでください」
詰め寄るようにタカムラが言う。
あまりにも喧嘩腰(ケンカごし)過ぎるのではないだろうか。行く手を阻む気がマスダ先輩にあるとは想像しにくい。
攻撃的過ぎる態度を目の当たりにすると、タカムラを制御しなければならないという義務感が芽生えてくる。咎めるべきではないか? 声を出さなければならない気がしてくる。おれが声を出さなければ、タカムラはきっと暴走する。
息を吸い込む。
そして、
「言い過ぎだぞタカムラ。おれたちを邪魔する意図がマスダ先輩にあるとは思えない」
と声に出して咎める。
少しだけの静けさのあとで、
「トヨサキくんのコトバ、そっくりそのまま聞き流すよ」
とタカムラが言うのが聞こえてくる。
おれの方に一切振り向くコト無くタカムラは言った。
おれはザクッ、と道を踏みしめ、数歩前に出る。
ムカついているのだ。
『そっくりそのまま聞き流す』!? 意味分かんねえ。もう怒った。おまえの間近でおまえに大声を浴びせてやる。
おれは本気なんだぞ。コトバのパンチを食らわせてやる。
さらにザクッ、と踏み込む。
吸い過ぎるぐらい息を吸い込む。
……しかし、
「トヨサキ、怒(おこ)り返さなくたっていい」
と、キッパリした声のコトバがマスダ先輩から送られてきて、大声を出すタイミングを逃してしまう。
「タカムラに訊きたいコトが、1つある」
そう言ったあとで、マスダ先輩は静かにタカムラの間近に来た。
「寺井菊乃(てらい きくの)に何かあったのか?」
タカムラに訊くマスダ先輩がいた。キッパリとした声による訊き方。
寺井菊乃先輩は放送部の副部長を務めていた3年女子。ツインテールの髪型がトレードマークの女子(ヒト)。放送系クラブ同士という繋がりもあり、おれとタカムラは何かとお世話になっていた。
「……え?」
とタカムラ。先輩に押され気味になっているように見える。
「様子のおかしい寺井を昨日見てしまったんだ。おまえ寺井と仲良かっただろ。何か知ってないのか」
タカムラは眼を逸らし、
「わたし、何も知りません」
と答え、
「なんで、マスダ先輩が菊乃先輩のコトをそんなに知りたがるんですか。意味が分かんないです」
確かに。
マスダ先輩と菊乃先輩に関わり合いがあるのは知っていた。ただ、周囲の目撃談によれば、菊乃先輩の方が立場が強く、菊乃先輩が一方的にマスダ先輩をからかっているような関係性らしい。マスダ先輩が菊乃先輩のコトを心配しているとしたら、かなり予想外の事態だ。一方的にからかわれているのなら、苦手意識の方が勝るだろうから。
マスダ先輩はタカムラに背中を向ける。
「……おまえの言う通りかもな」
と言い、
「番組作るのもいいけど、取材先にあんまり迷惑かけるなよ」
と言ってから、トボトボと歩いていくのだった……。