【愛の◯◯】彼女の大胆を通り越してとっても異様な行動

 

侑(ゆう)ちゃんがかなり酒に酔っている。

しかも、おれと一緒にソファに座っていて、なおかつおれと距離が近い。上下ジャージの彼女はいつの間にかおれの傍(そば)に来ていた。いくら『師匠』と慕ってくれているからといって、この距離感は果たしてどうなのか。

間近の彼女にそろ〜っと顔を向けてみる。彼女が何だかウトウトし始めているのが眼に飛び込んでくる。ここで眠りの世界に入られるのはかなりマズい。慕ってくれるのはいいのだが、年下の女の子なのだから。

さらにマズいことに、左に座っている彼女の右肩がおれの方に徐々に傾いてきている。このままどんどんカラダが傾けば、最終的にはおれのカラダに接触してしまう。

距離をとるべきか。彼女とのこういったシチュエーションが初めてで、決断が遅れてしまう。ためらうカラダがカタさを増す。

そこに、

『逃げるのはダメよ、アツマくん』

という声。

現在この部屋に居るもう1人の女子の声。もちろんのこと、おれのパートナーたる愛が発した声であった。

前方でカーペットに腰を下ろしている愛の表情がとっても愉(たの)しそうだ。愉快200%といった感じ。

「そのまま受け止めてあげるべきよ〜」

愛はそう言い添える。

「アホか。『受け止めてあげるべき』だとか、おまえ本気で……」

言い終わらない内に、おれのカラダにショッキングな出来事が起こった。

膝上に侑ちゃんが寝転んできたのだ。

ふみゅっ、という感触を両膝の上の辺りに覚えた瞬間、おれは言語を喪(うしな)ってしまった。彼女が寝転んだのだとわかっても、事態を上手く受け容(い)れられなかった。凍えるほど寒くなった背筋(せすじ)。言いようのない何かがグルグル回り続ける脳内。恐怖でもって膝の上の侑ちゃんを見る。ふみゃ〜ん、と非常に気持ち良さそうで、背筋が本格的に凍りつき、目線を一気に上げてしまう。

膝枕。

やってしまった。いや、やられてしまった。

ヤバいヤバ過ぎる。ヤバ過ぎる上に誰も助けてくれない。何だか侑ちゃん、おれの脚にしがみついてきてるみたいだ。これ以上の密着は倫理の領域を逸脱しちまうんでは!?

「アツマくうう〜ん? わたしに助けてほしかったりする〜〜?」

愛の声。

おもしろがりやがって……。しかし、愛に屈するしかないのかもしれない。不本意だが助けを借りるしかないのかもしれない。侑ちゃんのカラダを乱暴に引き剥がしたりはしたくないのだ。

これ以上背筋を凍らせたくない。緊張を通り越している身体と精神の状態から脱却したい。あきらめて、おれは愛に『何とかしてくれ』と要請のコトバを伝えようとする。

だがしかし、おれが声を出す前に、爆笑しながら愛がソファの真下にすり寄ってきた。

爆笑しながら愛は侑ちゃんのカラダに手を伸ばした。爆笑しながら愛は侑ちゃんのカラダを優しくおれのカラダから離した……。

 

× × ×

 

一件落着の後(のち)に寝室に即座に逃げ込んだおれはダブルベッドの中で1人で夜を明かした。

 

情けない目覚めを迎えたおれはのろのろと寝室のドアを開けた。ダイニングテーブルのキッチン側の椅子に侑ちゃんが座っていた。愛は居なかった。

「あいつ、どこ行ったんだ?」

尋ねるが、

「アツマさん、その前に。おはよーございますっ♫」

と元気な声で言われてしまう。

「お、おー、おはようおはよう。朝のあいさつ、大事だよな」

「愛なら早朝のお散歩に行きましたよ」

「お散歩かよ。さてはあいつ、朝食当番をすっぽかす気だな。帰ってきたら説教だ」

「大目に見たっていいじゃないですかー」

「いや、甘やかし過ぎるのは良くない」

「そんなこと言わずに」

予想外の柔らかな笑みで彼女は、

「わたしが朝食当番を代わってあげてもいいんですよ? あの娘(こ)みたいに美味しく作れないかもだけど」

と言ってきて、おれをたじろがせる。

それから次第に、普段のキリリとした顔立ちからは想像もできないぐらいの照れ顔になっていく。ややうつむいて、斜め下方向に視線を逸らし、恥じらいの色の濃厚な声で、

「ところで……昨夜(ゆうべ)は、たいへんご迷惑をおかけしました……。誰がどう見てもわたし破廉恥(ハレンチ)でした……。最近、何というか、諸々(もろもろ)の点で、歯止めが効かなくなっていて。抑えきれずに、アツマさんに、あんなことを。ホントの『弟子』になりたいのなら、もっと慎みをもって行動しなきゃですよね」

うろたえながら彼女の声を聴く。ココロの微熱を感じながら彼女の謝罪を受け止める。

……ココロに微熱を覚えながらも。

おれは、照れ笑いで恥じらう彼女の『とある一点(いってん)』に、眼を留める。

『そこ』に注目して、ほんの少し息を吸ってからおれは、

「侑ちゃん。そんなに申し訳なさそうにしなくてもいい。だけども」

「――えっ?」

「言いにくいんだが、きみの髪から『アホ毛』がピーンと1本伸びている。かなり長いアホ毛になってるから、洗面台の鏡で見てきてごらんよ」

 

× × ×

 

その後。

バスルームの中に逃げ込んでしまった侑ちゃんは、3時間半にわたり立てこもり、おれたちになかなか顔を見せてきてくれなかった――。