カニチャーハンを愛が作った。蟹肉(かににく)とチャーハンが調和していて美味い。蟹はどこで手に入れたんだろうか。いったんは訊こうとした。だが、蟹の入手経路を訊くよりも愛に話したいことがあった。
カニチャーハンの皿を空にしたおれは、
「あのな。今日な、『リュクサンブール』に侑(ゆう)ちゃんが来てくれたんだよ」
おれと同じくカニチャーハンを完食していた愛が、
「ホントに!?」
と軽く驚く。
「侑にとっては初めてのアツマくんの仕事場訪問だったのね」
「そーいうことになる」
「どんな感じだったの? どんな装いで侑はお店に来てたの?」
「まあ例によってというかなんというか、ジーンズを穿いてた」
「あらぁ」
愛は不穏な笑みで、
「アツマくんあなた、あの子の脚にまず眼が行ったのね」
「るせぇ。いやらしいキモチなんか彼女に対して抱(いだ)いとらん!」
「『師匠』として慕ってくれてる子にいやらしいキモチなんて向けられないわよね、確かに」
「そーゆーこった!」
例によって? というかなんというか、その場にあった烏龍茶入りのガラスコップを掴み、おれはガブリと飲む。
ワクワクが止まらない様子のおれのパートナーは、
「わたし知りたいわ、侑がどんなもの注文したのか」
「言うと思った」
「はやく教えて♫」
「フレンチトーストとホットカフェオレ」
「へぇー。カフェラテじゃなくてカフェオレなのね」
「ラテとオレの違いがどうかしたんか」
「ラテとオレで大違いなのよ。侑はラテを飲む傾向にあったのに、あなたの前でオレを頼んだ。これは……」
性格の悪さの籠もったスマイルでもって、
「あなたの前で緊張してたから、カフェオレにしちゃったのかもしれないわね☆」
とかほざくパートナー。
語尾の星マークが完全に余計である。
……それはいいとして、
「侑ちゃん、『また来ます』だってさ。会計の時にそう言ってた」
「あの子が次に来店した暁(あかつき)には、あの子をもっと解きほぐしてあげるのよ?」
暁(あかつき)ってなに。解きほぐすってなに。
愛ちゃん。キミ、奇妙な日本語を時々使うよねぇ。女子校時代の得意科目が国語だったって100万回聞かされてると思うんですけど。現代文のテストの点数が全部95点以上だったとか、もしかして詐称だったの? そうじゃなきゃ、全部95点以上は都市伝説なモノだったの?
「あー」
なにごとかに気付いたご様子の愛ちゃんが、
「あなたの今の顔、『ヘンテコな日本語使いやがって……』って思ってる顔にしか見えないわ」
「うるさい笑うな」
「笑うわよ〜〜〜」
「Shut up!!」
「え、まさかの英語でツッコミ!?」
× × ×
「あなたって面白いわよね。侑が弟子として慕ってるのも、あなたの面白さ故なんだと思う」
ちゃらんぽらんなことを言いつつ、本棚を物色している愛。
しかし、
「やっぱ本読むのやーめたっ」
と言ったかと思えば、リビングの奥の方へ。
愛しか触れてはいけないテーブルがリビングの奥には存在している。主に「書き物」をするためのテーブルという位置づけだ。何を書くかというと、日記だとか、野球情報のまとめだとか。
心底野球好きの愛だから、贔屓(ひいき)の横浜DeNAベイスターズのみならず、残り11球団のためのノートも用意してあるのである(ただし、ベイスターズとの対戦記録がメインだが)。
おれはソファに腰掛ける。謎の鼻歌を歌いながら自分専用テーブルにノートを広げる愛の背中を見る。
「アツマくん」
愛は、
「わたしが今開いてるのは、12球団のためのノートではないのよ」
「だったら、なんのためのノートだよ?」
「ドラフト会議用」
「ふぅん。ドラフトなんてとっくに終わってるのに?」
「復習は念入りにするの」
若干不気味なことを言ってから愛は、
「そ・れ・と。ここは大事なところなんだけど、『この記事が書かれている段階』では、ドラフト会議も日本シリーズもまだ始まっていないのよ」
おいコラッ。
このブログの管理人の顔が浮かんでくるような発言をするなっ。
× × ×
鼻歌を歌いながら愛はノートに書き込みを続けていた。今度は謎の鼻歌ではなかった。某ベイスターズの某テーマソングである。
熱き星たちを強烈に推し続けまくっているベイスターズ女子の愛が、ペンを動かす手をいきなり止めた。
いささか乱暴にペンをテーブル上に投げ出し、いささか乱暴にノートを閉じた。
なんやねんと思っていると、ババッ! と立ち上がり、おれの方角に振り向いてきた。
ソファのおれ目がけてペタペタと足を進めてくる。おれの1メートル手前で立ち止まり、座っているおれを見下ろす。両手は後ろ手(で)。ニコニコニッコリの表情であるから、なにごとかと思う。
「アツマくん」
「……おう」
「立ってよ」
「なんで?」
「バカね」
「は!?」
愛は、やや顔を傾けた直後に、
「11月なのよ。暦の上ではもう初冬(しょとう)なのよ。あなたは歳時記なんて読んだことないかもしれないけど、これからどんどん冬の気配がしてくるんであって」
「だから、なんなのさ」
「重ね着してても寒いの」
「おまえが?」
「わたしが。」
おれが立ち上がるのを待ち切れなかったらしい。左手に右手を伸ばし、引っ張って立ち上がらせる。距離が限りなくゼロに近いところまで引き寄せてくる。
互いに向かい合った。
そして向かい合った3秒後には、さっきまで後ろ手だった愛の両手が、おれの背中に来ていた。
背中を包み、抱き寄せてくる。
「あったかい」
愛の体温とともに、愛の甘い声もおれのカラダに染み渡る。
恒例の、唐突過ぎるスキンシップ。
慣れっこだから呆れてしまう、のだが……。愛の温かみと柔らかさは、やっぱりというかなんというか、嬉しい。