「今日は11月11日。ポッキー&プリッツの日だよ」
たくさんのポッキー&プリッツを前にしてわたしは言う。
向かいのソファには利比古くん。テーブルに溢(あふ)れんばかりのポッキー&プリッツを見ている。見ているってことは興味を示しているんだろうけど、何だかムスッとした顔なのが気になる。
「なんか不機嫌っぽくない? イケメンが台無しじゃん」
『イケメンが台無し』という表現を用いて言うわたし。この表現、何度用いたのかもはやわからないレベルだ。
「食べてみたら? ポッキーかプリッツ食べたら、イケメンが台無しじゃなくなるかもしんないし」
そう勧めて、とりあえずポッキーの赤い箱を彼に差し出す。
「今の時間帯にポッキーやプリッツをたくさん食べてしまったら、夕ご飯の時にお腹が空かなくなってしまってるかもしれないですけど」
そうやって余計なことを言いつつも、彼は、
「ポッキーはいただきます」
と、差し出された赤い箱を受け取ってくれる。
プリッツの白い箱をわたしは手に取り、中の銀色の袋を破り、プリッツを口に持っていく。
わたしはプリッツを食べ、利比古くんはポッキーを食べる。短い静寂が生まれる。
やがてわたしは、
「利比古くんはポッキーの方が好き?」
利比古くんは赤い箱に眼を落としながら、
「対立を煽りたくはありませんが、どちらかというと、ポッキーです」
わたしは苦笑いして、
「『対立を煽りたくはない』とか言わなくたっていいじゃん。きのこのお菓子とたけのこのお菓子の戦争じゃないんだし」
「たしかにそうですが、ポッキーとプリッツにも派閥争いみたいなものがあるかもしれませんし」
「ポッキー派とプリッツ派でバトルするってこと?」
「はい」
「そのバトルにはわたしはあんまり興味ないなー」
「ないですか」
「ないね」
そう答えて、イジワルな眼つきを作るよう心がけながら、わたしは、
「そんなことよりもさぁ。わたし常日頃思うんだよね? どんなことを思ってるかって言うと、『あぁ、利比古くん以上にポッキーが似合う男の子って、日本中探してみても見つからないのかもしれないなぁ……』って」
これはもちろん誇張混じり。
誇張混じりのわたしの発言を承(う)けて、利比古くんが手からポッキーをポロッとこぼす。
× × ×
夕食を食べ終えた。お邸(やしき)メンバーがそれぞれの場所に散っていく中、わたしはダイニング・キッチンに居残った。
ポッキー&プリッツのストックが大量にあり過ぎるので、食後のおやつで減らすのもアリだった。しかし、わたしの舌はもう少し柔らかい食感のものを求めていた。
巨大冷蔵庫をがばっと開ける。プリンやゼリーやヨーグルトのカップが並んでいる箇所を凝視する。
とある『想い出』のあるプリンを見つけた。『あの時』のプリンと全く同じ銘柄だった。
プッ◯ンプリンとかお馴染みの商品よりも高額のブランド。
おねーさんの好きなブランド。
『あの時』。
おねーさんの好きなブランドのプリンだったのに、そのプリンを、わたしは……。
× × ×
「もう6年前か」
ベッド上に脚を投げ出して、ヒトリゴトをつぶやいた。
「おねーさんは高1、わたしは中3だった」
ヒトリゴトのつぶやきが止まらないわたし。
「前夜からギクシャクし始めていて、翌日、わたしがこのプリンを食べてしまったことで、ケンカが決定的になってしまった」
傍(そば)に置いた曰(いわ)く付きのプリンを見ながら、ヒトリゴト。
「彼女のとっておきのプリンだったのに、わたしの胃袋がそれを奪ったから、おねーさんが喚(わめ)きながら激怒して」
両手を後ろに突いて、天井寄りに視線の角度を上げて、
「『あすかのバカーーー!!!』とか、『あすかのバカバカバカ!!!』とか、『恥知らず!!!』とか、凄い勢いでマジギレしてたっけ」
と回想する。
「幼かったんだ。おねーさんをマジギレさせちゃったのは、わたしのせい」
自虐。
なぜだかヒトリゴトが止まらない。
今では、いい想い出なんだけどね。
いい想い出になってるから、ヒトリゴトがどんどん出ちゃうのかな。因果関係、ちょっとわかんないや。
おねーさんとの生まれて初めてのケンカの想い出。
その想い出も、今では、プリンよりも甘くて柔らかくて。想い出が『柔らかい』だなんて、ちょっとどころでなくヘンテコな表現だけど。
気が付いたら、スマートフォンの電話帳を見ていた。
電話帳の最初の方に、
『おねーさん』
という5文字の連絡先がある。
プリンの想い出に浸っていたら、受話器ボタンを押してみたくなっちゃった。
ちなみに、おねーさんの誕生日は、3日後に迫っていたりする。
プリン云々は胸の奥に閉じ込めて……全力で彼女を祝いたい。