【愛の◯◯】優しくなれたから、妬く。

 

侑(ゆう)と新田くんがいつものポジションに着席している。部屋の奥の『幹事長指定席』から2人の様子をわたしは眺める。わたしから見て右斜め前に侑、左斜め前に新田くん。侑は児童書を読み、新田くんは漫画単行本を読んでいる。時刻を確認したら14時50分。そろそろコーヒーが飲みたいけど、2人の様子から眼が離せず、幹事長指定席で粘り続けている。眼が離せない理由? それは『いろいろ』よ。

キリの良い所まで読み終えたのだろうか、侑が児童書を静かに閉じた。目線を上げる。そしてそれから、向かい側の新田くん目がけて目線をビーーッと伸ばしていく。

案外柔和な眼つき、案外柔和な声で、

「新田くん。あなたが読んてる漫画、単行本の装丁が色鮮やかでステキね」

と侑は、新田くんが読んでいる漫画単行本に対し好意的なコメントを。

「あっ、大井町さんもステキだって思うんだ。『宙(そら)のまにまに』の単行本装丁は本当に良いんだよねえ。カラフルで、つい思わず『ジャケ買い』したくなってくる稀有(けう)な漫画だと思う」

新田くんは『宙のまにまに』という漫画の第5巻を読んでいるのである。

わたしは『宙のまにまに』という漫画のコトをよく知らなかったので、情報を得たいと思った。

幹事長のお席から腰を浮かせ、椅子を引き、新田くんの席の間近まで歩み寄る。

彼の背後に立ち、

「それ、いつ頃の漫画で、どの雑誌に載ってた漫画なの?」

と質問。

わたしが『宙のまにまに』の単行本を覗き込むような姿勢になっているから、緊張感が兆し始めている新田くんだったのだが、

「2000年代。掲載誌は月刊アフタヌーン

とキチンと答えてくれた。

「へぇ〜〜。ありがとう」

そう言うのと並行して、チラリと侑の御様子をわたしは確かめてみる。

閉じた児童書を机上(きじょう)に置き、背筋をぴん、と伸ばし、笑っても怒ってもいない顔である。

笑っても怒ってもいないと表現したけど、どちらかといったら、ムスーッとしている感じがする。

どうしてムスーッとするのかな。わたしが新田くんの背後に来てからムスーッとなり始めたのよね。新田くんの背後に来ちゃって、物理的に距離を詰め気味になっちゃってるのが、意に沿わなかったりするのかしら?

元の席に戻れば、機嫌も良くなるかな……と思い、新田くんから離れて、幹事長のお席に再び着座した。

ムスーッとした侑はわたしを眼で追いかけていた。ムスーッとした表情で、新田くんではなく、わたしを見ている。

ここでわたしは侑に対しある種の『決めゼリフ』を言ってあげるコトにする。

すなわち、

「ずいぶん微笑ましい目線の動かし方じゃないの、侑」

と。

うぐ、と侑は狼狽(うろた)えなリアクションをして、それから、

「べ、別にっ、あなたの立ち居振る舞いが、そこまで気になってるワケじゃないんだからっ」

と突っぱねるように言い、入口ドアの方角へと顔を逸らしてしまうのだった。

 

× × ×

 

いったんお部屋を出て、自販機でブラックコーヒーを買い、幹事長のお席に再び戻ってきたところだ。

ブラック缶コーヒーを味わいながら、右斜め前の同学年女子と左斜め前の同学年男子の御様子を味わう。

右斜め前の侑はワイヤレスイヤホンで音楽を聴いている。侑がこのお部屋で音楽鑑賞なんて珍しいわね。

左斜め前の新田くんはスケッチブックに鉛筆を走らせている。お絵描きできるって良いわよね。

さてわたしは、侑をそっとしておくコトに決めて、新田くんはそっとして『おかない』コトに決める。

なぜ、新田くんをそっとして『おかない』のか?

……イタズラ心よ。

わたし、容姿には自信があるけど、性格の良さには自信が無いの。

さっきのリプレイのように、悪いわたしは自分の椅子から立ち上がる。

素早く新田くんの背後に行く。

「わたし、幹事長として、あなたの描いてるモノが気になるわ」

そう告げて、新田くんの右横の椅子を引き、その椅子にフワリ、と着座する。

つまり、新田くんの真横に来たというわけ。

「は、羽田さん、何なの。何なのかな。俺のスケッチブック気にしたってしょうがなくないか……?」

「おバカ」

「羽田さん!?」

左手を顎(あご)の辺りに当てて、翻弄してあげたい……という意図でもって、彼のスケッチブックをじっとりと見つめる。

「ねえ新田くん、幹事長の義務ってモノもあるのよ。義務っていうのは、サークル員各自の活動に眼を配るコト。自主的な活動には、特に……ね」

慌てふためきレベル急上昇の新田くんは、

「そんなに俺のスケブが気になるの!? みんなの活動を把握するのは良いコトだとは思うけど、と、と、隣に来てまで、何を描いてるのか確かめなくたって」

「あら、そう?」

手玉に取れている自覚があるから、しっとりとしたスマイルでもって彼に視線を寄せ続ける。

そしてわたしは、

「恥ずかしがり過ぎるのは、カラダに毒よ♫」

と言ってあげるのである。

「羽田さん、それはいったいどういう意味……」と狼狽えの度合いを上げる新田くんを放置して、侑の方に眼を転じる。

ほとんど予想通り。

侑は、左手で頬杖をつきながら、わたしの態度に如何(いか)にも不満げな表情。

ワイヤレスイヤホンを両耳に付けたまま、凛とした素敵な眼を険しくして、新田くんの隣に寄り添っているわたしを見ている。

自然な反応だとわたしは思った。こういう態度を取ったら不満げになるのは十二分に理解できる。

だって、最近の侑って、ずっと『天敵』みたいだった新田くんに対して、『アタリ』が明確に柔らかくなってるんだもの。

新田くんに優しくなれた。

優しくなれたからこそ、こうやって新田くんを弄(いじ)くってるわたしに不満を示すんだわ。

「侑〜〜」

ワイヤレスイヤホン装着中であるがゆえに、大きめの声で、不満な侑に呼びかける。

侑はイヤホンを外しながら、

「何か言いたいコトでもあるの? 愛」

と問うてくる。

待ってましたとばかりに、

「今日のあなたって、見ていてほんとーに飽きないのよ」

とコトバを投げ返すわたし。

「……どうして?」

不審げに問う侑。かわいい。

親友がとってもかわいいから、

「理由はね、ワイヤレスイヤホン装着したまま、わたしにヤキモチをやいてるから」

「ヤキモチ!?!?」

ハウリングするかの如(ごと)き声が侑から飛び出す。椅子から立ち上がりはしないけど、誰がどう見てもわたしに向かって前のめり。

「少しは落ち着きなさいよぉ」

一応はそう宥(なだ)めておいて、『右拳を握り締めてるのもかわいい……』と思うのと同時に、

「ヤキモチが理由で、そんなに『マジな態度』になっちゃってるんじゃないの〜?」

と揺さぶる。

もっと怒るかな……という危惧はあったが、侑は案外大人しめに、

「取り敢えず、幹事長本来の席に戻りなさいよ」

と言ってくるだけ。

「新田くんの……邪魔は……あんまりしない方が、ベターなんだし」

歯切れ悪く言い添える。

ほっぺたに赤さを滲ませながら言い添えたから、わたしはとっても嬉しかった。