【愛の◯◯】ぜんぶ崩れちゃいそう

 

アルバイトをひとつ辞めた。

人間関係とかいろいろあって、行きづらくなった。

それがいちばん大きな理由。

 

辞めたバイト先のお店を利用しづらくなった。

お店があった街自体にも立ち寄りづらくなってしまった。

 

収入が減る。

必然的に。

生活費が減るし……生活費のことだけでなく、いろいろと苦しくなる。

 

× × ×

 

バイトを辞めたことは親にはまだ言っていない。

単純に言いづらい。

言ってしまうと怒られるだろうし。

 

それに。

最近……親との折り合いが悪くなってきている。

 

厳しく育てられたけど、尊敬していた。

尊敬していたから、言うことを聞いていた。

それは、大学に入って自活を始めてからも変わらなかった。

 

それなのに。

 

先月、母親と電話したときのことだった。

余裕がなくなってきていたわたしは、母の細々(こまごま)とした言いつけを聞きながら、苛立ちを募らせていた。

『ちゃんと聴いてるの? 侑(ゆう)』

その母のコトバで導火線に火がついた。

我を忘れてわたしは怒鳴り散らしていた。

突然わたしが喚いたから、1分間近く会話が途切れた。

厳しいはずの母の狼狽(うろた)え声がスマートフォンから漏れ出てきた。

母の狼狽えに耐えきれず、一方的に通話を切った。

その後、母から着信が10回。

10回ともわたしは無視した。

わたし自身の不甲斐なさにも耐えきれず、スマホを鷲掴みして、床に叩きつけて破壊しようとした。

でも、できなかった。

 

× × ×

 

ゴールデンウィーク最終日の朝がスタートする。

スマホの画面を見るのが怖くて電源を落としていた。

スマホの黒い画面が視界に入る。

たまらずに目覚まし時計を見る。

午前6時過ぎ。

体内時計が優秀過ぎて、自然と朝早くに目覚めてしまう。

でも今のわたしは、早起きしても辛いだけ。

優秀過ぎる体内時計を呪って、寝転びながらベッドの上を行ったり来たりする。

ゴロゴロするのも辛くなって、転がり落ちるように床に下りる。

這うようにして冷蔵庫へ。

コンビニのサンドイッチが1つ入っている。

なんの味もしないサンドイッチ。

美味しくないミネラルウォーター。

朝食がエネルギーになり得ず、立ち上がれない状態が続く。

眼の前のキッチンの流し。

手入れができていない流し。

ひとことで、汚い。

不衛生。

 

食事を外食とコンビニに頼って、どれくらい経っただろう?

分かるわけもない。

 

近頃、フラッシュバックする記憶。

去年の今頃だった。

ひとり暮らし初級者だった羽田愛さんに、

『自炊はできているの?』

というようなことを訊いた。

そのとき、羽田さんの顔は、青くなっていた。

わたしは羽田さんを追い詰めたのだ。

彼女に対して攻撃的になるのが抑えられなくて、自然と彼女の弱い部分を攻めた。

優越したかったのだ。

そう。優越感。

水と油な対抗心があって。彼女をなんとしてでも打ち負かしたくて。

バカなわたしは、実際に打ち負かしてしまった。

彼女が「折れる」原因を作ってしまった。

 

だけど。

 

『自炊はできているの?』

羽田さんをそう問い詰めたわたし自身が。

自炊を……サボりにサボっている……。

 

自炊だけじゃない。

あらゆる家事がストップしている。

掃除その他家事全般がストップしているから、部屋がとても汚い。

グチャグチャ。

 

× × ×

 

昼食のカップ焼きそばを探した。

すると、カップ焼きそばは、講義のレジュメの山に埋(うず)もれていた。

大量に放置していたレジュメを引き剥がし、カップ焼きそばを取る。

緩慢に立ち上がり、キッチンのほうに向かう。

 

衝動的に、カップ焼きそばをシンクの横に叩きつける。

 

自分への怒りだった。

 

大井町侑(おおいまち ゆう)。

某大学第二文学部3年生。

学内奨学金給付対象。

過去2年、全単位取得。

 

「ぜんぶ……崩れちゃいそう。」

 

シンク目がけて、つぶやく。

 

「崩れちゃいそう」というのは。

つまりは――。

 

もう、大学で、単位を取り続ける自信が……無い。