利比古の部屋を、こんこーんとノック。
利比古が出てくる。
「――薄着だね、お姉ちゃん」
「だって暑いし」
わたしの薄着に戸惑っているような顔。
思春期?
「ま、まあ薄着なのは、べつにいいんだけど」
どっちつかずの弟を、
「ほんとうに~~??」
と揺する。
「……ノーコメント」
「はい。無難な回答、ありがとう」
「……用事を。」
「わたしの部屋に来て」
「どうして?」
「いっしょに涼みたいの」
言うやいなや、わたしは弟の手首を引っ張っている。
× × ×
「どーしたの? じぶんの部屋に未練がありそうな顔ね」
「タブレットで……調べものをしていて」
「どうせWikipediaにおんぶにだっこでしょ」
「……どうしてわかるの、お姉ちゃん」
笑いをこらえ切れないまま、
「わかるに決まってんじゃないの。あんたが毎日Wikipediaを見てることぐらい、把握済みよっ」
「毎日って……見ない日だってあるよ」
「月に何日?」
「……数えてない」
「ホラごらんなさい」
「ほ、『ホラごらんなさい』じゃないよぉ」
「Wikipediaなんか微塵も頼りにしないわたしとは対照的ね」
「べつにぼくだって、Wikipediaの文章をぜんぶ鵜呑みにしてるわけじゃない――半分は、暇つぶし」
「さっきまで、なにを調べてたの?」
「旧(ふる)い、日本映画」
「旧いって、いつぐらいの」
「昭和30年代」
「――」
「ど、どうしちゃったのお姉ちゃん、ポカーンとなって」
「……どういう興味で、昭和30年代の日本映画にたどり着くのよ!?」
「えっと、それは……、さいきん、旧い映画のWikipediaを読むのがマイブームなんだ」
「どんなマイブーム!? だいじょうぶ!? 利比古」
「テレビ番組のWikipediaだけじゃ、満足できなくって」
「――ぬかるみに、ハマらないでね。約束よ」
「時すでに遅し――かも」
そんなっ。
「う、う、Wikipedia閲覧しても、映画は観たことにならないでしょう!? ひきこもってタブレット端末にかまけてばっかりいないで、たまにはお外で、わたしと映画鑑賞にでも――」
「――お姉ちゃん、映画館が苦手だし、そもそも、映画自体が苦手じゃん」
「そ、そ、そういう問題じゃないの」
「――いちにち8時間、部屋で端末とにらめっこしてるとかじゃないし。高校生としてやるべきことは、ちゃんとやってるよ」
「じぶんの世界に入りすぎないで……利比古」
哀願するわたし。
「じぶんの世界じゃなくて、わたしの世界に入ってきて……」
なおも哀願。
× × ×
若干、立ち直り、
「利比古には、『教養』が必要みたいね」
「『教養』を、『強要』?」
「30秒で思いついたようなギャグはやめてっ」
「あ、ハイ」
「音楽を聴いたり、本を読んだりして、感性をみがくのよっ」
おもむろに立ち上がり、CD棚に向かう。
「利比古をオタクにさせたくないから」
「ならないってー。心配性だなぁ」
弟のツッコミを聞き流して、
「ジャズね。ジャズがいいわ。ジャズを聴きましょう」
CDを再生し始め、
弟と、にらめっこ。
しかし、わたしのほうが一方的ににらめっこしてる、という事実だけが、揺るぎない。
「これは、だれのアルバム?」
「ふ~ん。知らなかった」
「知らなかったなら知りなさい」
「……なんでいま、お姉ちゃん、そんなにキツい眼つきになってるの」
「あんたを『教育』したいのよ」
「不穏だな~」
「……、
薄着で、後悔した」
「えっ、薄着で後悔する意味がわかんないよイマイチ」
「……わかんなくたっていい」
なにか――羽織ろうかな。
「…なんか、そういうさ、ラフな格好のお姉ちゃんも、いいよね」
なにを――言い出すのかな!?
「一歩間違えば、ガサツというかズボラというか、だけど」
「…も、もっと、
もっと純粋にホメてよ、ホメるんだったら」
「アツマさんだったら――ぼくなんかより上手いこと、言えてるのかな」
「なんでとつぜんアツマくんの名前を出してくるの」
「見せたいんじゃないの? 薄着。アツマさんにも。アツマさんに『こそ』」
……。
「音楽は――黙って聴こうね、利比古くん」
「『くん』を付けなくても」
「……」
× × ×
「教養の第二弾は、やっぱり読書よ」
「――なにを読ませたいの?」
本棚に直行し、
敷き詰められた蔵書から、次々に本を抜き取っていく。
床テーブルの上に、本をババーッと並べて、
「この中から読みたいのを選んで読みなさい」
「選択肢が……多いね、ずいぶん」
「多いほうがいいじゃない」
「うーん」
弟はさして考えることなく、1分間経たずに、選んだ本を手に取った。
「いいの……?? そんなに、即決(そっけつ)して」
「ピンと来たから」
「な…なかなかやるわねあんたも」
「…お姉ちゃんも、読書する?」
「するわ、わたしも。読みながら、あんたの読書してる様子にも気を配るわ」
「どんな高等技術」
「器用なのよ」
「――そういうとこの器用さは、ファッションセンスの不器用さとは、大違いだよね」
「黙らっしゃい!!!」
「やっぱり――、どなるか」
× × ×
「ふ~、ロシア文学って、ほんとうにいいものよね」
「読み終えたんだお姉ちゃん。さすがの速さだ」
「…薄かったし、この本」
「…薄着と、薄い本の、マッチングか」
「……スケベになった??? あんた」
「そこは否定させていただきます」
「……姉弟だからって、わたしのガードが甘かったのかしら」
「――ぼくは、なんにも言わないし、なんにもしないよ」
「そういう言い回しが……スケベチックに思えるんですけど」
「えぇ~」
「言うまでもないけど……あさってはあんたの誕生日」
「うん」
「オトナの階段を……また、のぼるのね」
「うん」
「あんまり、駆け上がっていかないでよ」
「でた、過保護」
「ば、ばかっ」
「薄着なのが信じられないぐらい、過保護だ」
「ヘンテコリンな言動はやめて……!」
「――あのさ、
この本――あと50ページぐらいで終わるんだけどさ」
「お、おめでとう…」
「50ページ読むのも、それなりに時間がかかるから。
ぼくが読んでるあいだに、羽織るものでも探したら?」
「……」
「こだわるんだ、薄着」
「どっどうかしらね」
「――フフフッ」
「なに、なんなの、その、意味深さ満点な笑いは!?
薄着すぎて、わたしのブラ紐が見えちゃってるとか!??!」
「――お姉ちゃんも、スケベだなあ」
「ばっバカバカバカっ」
「『お互い様』って――わかるよね? お姉ちゃん」