【愛の◯◯】さまざまの追憶を触発する学祭(ガクサイ)

 

はぐれてしまった。

ぼくの母校たる高校で『学祭(ガクサイ)』が開催されるので、姉と一緒に来ていた。

当初は、姉と並んで歩いていた。しかし、少し眼を離した隙(スキ)に、ぼくの横から姉がいなくなってしまったのだ。

はぐれてしまった、姉と。

ぼくの危機管理能力も足りていなかった。だが、はぐれてしまった責任は姉の方が大きいんだと言いたい。ぼくの側(そば)を離れるのなら、どうしてヒトコト声掛けできないの!?

途方に暮れている。姉のせいである。

通路を踏むスニーカーの音が大きくなってしまう。『なーんかこの男子(ヒト)ピリピリしてるなあ……』みたいに周りの人に思われてしまっているかもしれない。不本意である。ココロの中で、姉の卑怯な美人顔を睨み付けてしまう。

文化系クラブの展示会場の教室が並び立っている校舎に入る。階段近くの壁に背中を押し付け、胸に右手を当て、深呼吸を3回繰り返す。

 

1階廊下を歩いていたら、

『映画同好会』

と縦に書かれたボードが眼に入った。

そして、

「もし良かったら、ご覧になりませんか?」

という、教室出入り口付近に立つ女子生徒の声が耳に届いてきた。

彼女の方をぼくは向き、

「『映画研究部』は映画制作がメインだったけど、『映画同好会』の方は映画鑑賞がメインだったよね」

と言う。

「よくご存知で」

と彼女。

「OBなんだ」

とぼく。

それからぼくは、

「日本の某・男性俳優を熱烈に推していた女子が、ぼくの同級生にいたんだけど……『映画同好会』の方に所属してたはずだ」

と、当時を懐かしむ。

すると、ぼくに声を掛けてきた張本人たる女子生徒が、

「……よくご存知で」

と言いながら……顔をほんのりと赤らめた。

不穏さを感じ始めた次の瞬間、

「OBのアナタも、映画男優みたいですよね」

と、赤面を持続させながら、彼女は……!

うつむき気味になって、コトバの間を少し置く彼女だけど、

日本アカデミー賞、取れそう」

とやがて声を漏らす。

「……それ、誰のコトを言ってるの」

冷や汗を背中に感じながら、ぼくは一応訊く。

「アナタのコトに決まってるじゃないですか」

間髪を入れず、彼女は答える。

うぅむ……。

 

羽田利比古(はねだ としひこ)と名乗ったぼくは、教室の中に入り、展示を見ていこうとする。

ハリウッドスターの似顔絵が眼に映る。卓越したデッサン力だと思う。美術系クラブが引き抜きを画策したりしていないのを祈る。

「利比古さんは、よく映画館に行かれるんですか?」

背後から、声。ぼくの眼前(がんぜん)で顔を赤らめたあの娘(こ)の声である。ヒロセさん……だったよね、きみ。何故(ナゼ)に下の名前で呼ぶのかな。

「時々は、行くかな」

答えたらば、

「時々? もっと行ったらいいじゃーないですか!!」

と言う声が背中に突き刺さってきた。

「……そう思う理由って」

やや振り向きながら、恐る恐る訊いたらば、

「だって利比古さん、もしかしたら映画館の中で、事務所にスカウトされたりするかもしれないじゃーないですか☆」

……きみはいったい何を言ってるの。

スカウトされたとして、演技のイロハのイも知らないんだから、即刻解雇されるに決まってるじゃあないか。

「見れば見るほど、演技力だけに留まらない魅力が溢れ出てきているのを感じ取れるし!!」

だからどーして勝手にハナシを進めてるのっ。

追い込まれるが如き状況に陥りつつあるぼく。

出会ったばかりのぼくを『推しメン』の如く取り扱い始めた女子生徒・ヒロセさんは、ピンチのぼくに向かって、何故か距離をまたしても詰める。

間近に立ち、見上げてきて、

「きっと」

と、口を開いたかと思えば、

「利比古さんには、在校生時代、女の子と映画館デートした経験があるはずで……」

と、甘みの含まれた声で言ってきた。

鋭かった。

高校生とは思えないぐらい鋭かった。

彼女は、ヒロセさんは、文脈無視で、『在校時代の映画館デート経験の有無』にまでハナシを広げてきたのだが、『映画館デート』と言うのが聞こえてきた瞬間に、ぼくのココロの中の何処かが抉(えぐ)られるような感覚が産まれた。

眼の前の彼女の鋭過ぎる指摘。抉られた鈍痛はまだある。立つ両脚が過剰に張り詰める。

眼の前のヒロセさんの表情が申し訳無さそうな表情に成り変わっているのに、やがて気付いた。

『図星でしたか』と申し訳無さそうに訊かれる前に、

「ヒロセさん。言いふらしたら、ダメだよ」

と、背すじを何とか正しつつ言って、それから、

「1年生の秋に、3年生の先輩と、一度だけ」

と、『事実』を伝える。

「……『一度だけ』? ホントに、『一度だけ』?」

とヒロセさん。

「一度だけ。」

とぼく。

 

× × ×

 

「なんでそんな猫背になってんの? 羽田くんらしくないよ」

そう言ったのは板東(ばんどう)なぎささんだ。ぼくより1学年上の先輩女子、『KHK(桐原放送協会)』という同じクラブに所属していた。

その『KHK(桐原放送協会)』を立ち上げた女子(ヒト)とぼくは映画館に2人だけで行ったコトがあるのだがそれは別として、

「少しばかり、茶番がありまして」

「なにソレー」

ぼくの応答を聞いた途端に、左サイドから、板東なぎささんはフザけた声を発してくるのであった。

うざったいなぁ。

「『おねえさん』に詳しくおしえて~~?」

板東さんがなおもフザけるから、

「姉は1人でじゅうぶんです」

とピシッと言い、キツめの視線を面倒な先輩女子へと送る。

「あ!!! そうだ!!! 今日、わたしがこの世で一番尊敬してる、羽田くんの実のお姉さんである愛(あい)さんの姿をまだ眼にしてない」

不用意にビックリマークを乱発する板東さんに直面しながらも、ぼくは、

「板東さんがぼくの姉を尊敬するキモチも尊重してあげますけども」

と言った後で、

「板東さんの隣に黒柳巧(くろやなぎ たくみ)さんが居ないのは、どーしてなんですかね」

問われて、黒柳巧さんのカノジョたる板東なぎささんは、

「なぜ、巧くんを、フルネームで?」

その疑問には取り合わずに、

「まさか、母校(ここ)まで連れて来なかったとか……」

と疑念を強く示すぼく。

「――その、『まさか』、なんですけど」

板東さんが、あり得ないコトバを返してきた。

ぼくの額(ひたい)にジュワリ、と汗が浮かぶ。

板東さんのコトを本格的に理解できなくなるのと同時に、居ても立っても居られなくなって、

「じゃあ、現在、黒柳さんは、ドコにっ!?」

と大きな声を上げてしまう。

校舎の外だ。通行人が多い。生徒のきょうだいだろうか、お母さんらしき女性(ヒト)と手を繋いだ小学校3、4年ぐらいの男の子が、ぼくの顔の方をじぃっ……と見てくる。

恥ずかしくて、その男の子から視線を外す。

外した先には、右人差し指をピーン、と伸ばして口にくっつけた板東さんが。

チカラ無く、

「……おしえてくださいよ」

と声を出すぼくに、

「わたしの実家で、『お留守番』」

と板東さんが告げる。

「お庭を手入れしてくれてるの。彼、そういう作業が得意なんだって」

板東さんは付け加える。

板東家のお庭はどれほどの広さなのか。

……それはそうと、

「期待に胸をふくらませてたのに、黒柳さんと久しぶりに出会えるって。『お留守番』だなんて、とても残念です」

「羽田くん、巧くんのコトがそんなに好きかー」

「あたりまえです!!」

「CP(カップリング)成立」

「……」と少し顔から熱を出しながらぼくは沈黙のぬかるみにハマっていきかけてしまう。

だが、ぬかるみにハマる寸前のトコロで、

「羽田くん、わたしから、報告」

「……報告?」

『なんなんだろう』と思いながら待機するぼくに、

「内定、出たの」

と、先輩女子は、スゴく重要なコトを伝えてくる。

大学4年生の板東さんは、キー局の採用試験の後も、アナウンサーを目指して各地を飛び回り、地方局の採用試験にTRY(トライ)し続けていた。

『内定が出た』というコトは、度重なるTRYが実を結んだというコトで、

「アナウンサーに、なる、ってコトですね」

「そーだよ。晴れて」

幸せに満ちた笑顔で、

「来年の春、女性アナウンサー・板東なぎさが誕生するのだ」

ぼくは、大人しく、

「おめでたいです。おめでとうございます」

と言ってあげると共に、

「夢を叶えた板東さんの今の表情、すごく幸せそうです。ぼくには、分かります。もちろん、板東さんの幸せなキモチを一番分かってるのは、カレシの黒柳さんなんだと思いますけど」

「ありがと」

やや控えめに感謝する板東さんがいた。

ぼくの祝福に、いささか照れ顔。

めずらしい。

ぼくからいささか目線を外して、右人差し指でほっぺたの辺りをぽりぽりと掻き始める。

 

石造りの小さな椅子が2つ空いていたので、それぞれ腰掛けた。

「――ひとり暮らしになるんですね。大変だ」

板東さんの採用された局のある地域は、「関東広域圏」の範囲外である。したがって、都内の人間には、板東さんがローカルニュース番組でニュースを伝えるのをリアルタイムで視聴するのは不可能だ。

右横の女子アナの卵は、

「夢を叶えられたんだから、そんな環境の変化なんて、負荷になんかなんない」

ぼくは右横に視線を寄せて、

「ですけど、黒柳さんとは……」

彼女はすぐに、

「『エンレン』になるね」

「『エンレン』?」

「羽田くん激(げき)ニブ。『遠距離恋愛』の略に決まってんでしょーが」

あー。

『遠恋(エンレン)』か。

だったらば、

「さみしくなるんじゃないですか。お互い」

真面目なキモチでぼくは言ってみて、さらに、

「ぼくは、背中を押してあげたいって、常々思ってるんですがね」

「――わたしたち2人の?」

と板東さん。

「あなたたち2人の。」

とぼく。

遠方を見やるような眼つきにちょっとだけなった板東さんだったが、やがて、苦笑い顔と共に、

「羽田くんに『あなたたち2人の。』とか決めゼリフっぽく言われるの、わたしちょっとニガテだな」

……そんなコトを言われたら、『末永い幸せ』を、ますます願ってしまうじゃないですか。

口には出しませんけどね。

板東さん。貴女(アナタ)がどれだけ覚(さと)ってくれるかどーかは分かりませんけどっ。

 

× × ×

 

本田(ほんだ)くるみさんは放送部部長3年生、本日はぐれたままの姉に匹敵するほど髪が長い。寺井菊乃(てらい きくの)さんは放送部副部長3年生、黒髪を青色のヘアゴムでツインテールにしている。

屋外の放送部ブースを訪れたら、ぼくの顔と名前を何故か知っていた2年生女子の子に、『本校舎の放送部のお部屋に是非行ってみてください! 部長も副部長も、羽田センパイのコト、ゼッタイ歓迎しますから』と言われた。

何やら、在校時代のぼくが放送部のお部屋に頻繁に出入りしていたのまで知っているような口ぶりだった。

……で、ぼくは本校舎の放送部のお部屋におよそ3年ぶりにやって来て、本田くるみ部長&寺井菊乃副部長から熱い歓迎を受けたのである。

放送部ルームに誰も来る気配が無い。本田部長・寺井副部長・そしてぼく。室内には現在3人ポッキリだ。

「他に誰か、部員の子は、ここに来ないの?」

真向かいに並んで着席している本田&寺井コンビに訊いてみる。

懐かしのテーブルを挟んでぼくから見て左斜め前の席の本田くるみさんが、

「1年生は、羽田センパイに『お目見え』するには時期尚早ですし、2年生は、外のブースで主力として働いてもらいたいですし」

『お目見え』ってなに。『時期尚早』ってなに。あと、なにゆえきみは、テーブルの手元の所で、両手を盛んに揉むような仕草を……?

「3年生も、いるコトはいるんですけど、やっぱ3年の11月ともなると、各自忙しいみたいでして」

テーブルを挟んでぼくから見て右斜め前の席の寺井菊乃さんが、ニッコリ笑って、本田さんの説明を補完するように言った。

ぼくは少し考えてから、

「それは、ちょっと淋しいね。このフロアは出し物とかが無いから、全体的に閑散としてるし」

と言うのだが、

「羽田センパイが来てくれた時点で、わたしも菊乃も、少しも少しも淋しくなんかありませーーん!!」

と、本田さんは、高らかに……。

「くるみと全く同じキモチです。羽田センパイはこの学校の『レジェンド』の1人ですから、こうやって向かい合えただけで、エネルギーがみなぎってきて、わたし、明日からもがんばれる……!!」

人生で初めて母校の『レジェンド』だと言われてしまった。

ツインテールの寺井菊乃さん。きみはいったいナニモノなんだ?

「――そ・れ・と」

しゃべり足りない、といった感じの寺井さんが、

「2023年3月卒業ってコトは、羽田センパイって、猪熊亜弥(いのくま あや)さんや小路瑤子(こみち ようこ)さんと同期でいらっしゃるんですよね?」

と……懐かしい2人の女子の名前を出す。

ついに、出てきた。

猪熊亜弥さんと小路瑤子さんの名前が。

ぼくが3年の時、放送部の副部長的ポジションだったのが、小路瑤子さん。

……そして、放送部のトップ、すなわち部長を務めていたのが……猪熊亜弥さん。

ぼくは、寺井さんにうなずき、

「そうだね。同期だね。ぼくは正式には部外者だったのに、よくこの部屋に来て、あの2人としょっちゅう顔を合わせてた。とりわけ、小路さんには、イジられたりしたコトも多かった。イジメられてたんじゃなくて、イジられてただけだよ、念のため」

今度は、本田くるみさんの方が、

「小路瑤子さんとの思い出を先に話すってコトは、彼女の方が印象深いってコトなんですか?」

と、本日最も鋭いと言っても過言ではない問いを投げ掛けてくる。

うろたえたりまでは、行かない。

でも、キモチは、少し落ち着かせたい。だから、軽く息を吸って吐く。

……本田さん。

いい質問だ。現・部長だからだろうか、冴えているね。

だけど、逆なんだ。

逆なんだよ。

たしかに、小路瑤子さんとの記憶も、たくさんある。

でも、印象が、深く、強く、食い込んでいるままの存在なのは――小路さんでは無くって、猪熊亜弥さんの方なんだ。

顧みてみれば。

ここ最近、久しく、猪熊亜弥さんと、顔を合わせていない。

顔を合わせていないのが長く続いているコトは、もちろん、かなりの頻度で意識する。

現在(イマ)になって突然、顔を合わせていない事実に直面したというワケでは無い。そんなに簡単には猪熊さんのコトを忘却しない、忘却できない、忘却できるワケも無い。

猪熊さんとは、高校生活の最後の最後まで、いろいろあった。

この懐かしの放送部ルームで、だけではなく、いろんな時に、いろんな場所で……!

「……あのっ、羽田センパイ、だいじょーぶ、ですか」

困惑している本田くるみさんが眼に映り込み、我に返る。

隣の寺井菊乃さんも、本田さんほどではない気がするけども、困惑の色を顔に浮かべている。

「ゴメンよ」

21歳の男子(オトコ)らしくしなきゃダメだ、と気合いを入れ直し、しっかりと謝る。

そして、

「悪いね。ハタチも過ぎると、秘密も増えるし、深く考えたりする時も多くなるんだよ」

と、どこまで妥当な言いぶんになっているかどうかは分からないが、2人の女子に平等に眼を向けながら、きちんとした声音で言う。

本田くるみさんの方が、うつむき気味になり、

「すみません……。わたしの勢い、良過ぎだったですか……?」

と、しぼむような声を出す。

対するぼくは、

「縮こまられるのは、ちょっとイヤかな」

と言った後、あえて、

「せっかく、そんなにステキな長い髪をしてるんだから」

と言い放つ。

失言だっただろうか。

詳細は省くが、ロングな髪の本田くるみさんは、素晴らしくドギマギ。

その隣のツインテールな寺井菊乃さんの方は、本田さんのドギマギに視線を寄せつつ、あたたかく微笑――。