【愛の◯◯】愛を描く

 

「アツマさんは邸(こっち)に来てないの?」

「彼は休日出勤よ」

「そうなんだ。淋しいんじゃないの、愛?」

「あなたが来てくれたから、淋しさの穴は埋められてるわ」

わたしのお邸(やしき)訪問がそんなに嬉しいんだ。

ちょっとだけ、こそばゆいかも。

クルリ、とわたしに背中を向ける愛。

「約束してた場所に案内しないとね」

そう言って、玄関スペースから動き出す。

 

× × ×

 

アツマさんの実家のお邸には至る所に部屋がある。

わたしが案内されたのは初めて入る部屋だった。床がフローリングの洋室で、大きめの窓から庭が見える。このお邸には、「庭園」と言ってもいいスケールの庭が複数ある。「豪邸」なんだとあらためて思う。

初夏の花が咲く気配を窓の庭から感じ取っていたら、

「あなたも早く座ってよ、侑(ゆう)。本来の目的忘れちゃダメでしょ」

という声。

部屋の中央の辺りに置かれている椅子に愛は既に腰掛けている。

「そうね。植物じゃなくて人物をデッサンするんだもんね」

応えるわたしは然るべき地点に歩み寄り、愛をデッサンするのに相応しい椅子に座り、肩掛けバッグからスケッチブックを取り出した。

親友をデッサンするのは初めてだ。

わたしの方から申し出た。愛は即座にOKを出してくれた。

『わかってるから。あなたなら、わたしを美人に可愛く描(か)いてくれるって』

彼女らしいコトバを思い出しながら、鉛筆を持つ。

 

× × ×

 

『『座れば牡丹(ぼたん)』、か』

胸の中だけで呟きながら、鉛筆を動かしていく。

美人で可愛いから、デッサンしたいと思っていた。人物の魅力が外見だけで認識できるワケではもちろん無い。そうではあるけど、今眼の前に座っている親友女子が美人で可愛いのが「描き甲斐がある」理由であるのも事実。

悔しくなるぐらいステキな見た目の内側には若干難のある性格。

羽田愛は、そんなズルい女の子だから、なおさら魅力に満ちている。

 

バッサリ切った髪を見た時、『何事か』と思った。でも、『教育実習に赴くのに相応しい髪の長さにしたのよ』と説明されて納得した。

バッサリ切ったといっても、依然としてロングヘアだ。限界まで髪を伸ばしていたのだから。自分の超・ロングヘアに無頓着な面もあった。髪を結わえるコト無くソフトボールのマウンドに立った時を思い出す。あの時は、サークルのみんながハラハラしながら愛を見ていたっけ。せっかく日本人離れしたような鮮やかな栗色の髪なのに、砂埃(すなぼこり)とかで汚れちゃったら大変だもんね。

そう。愛の栗色の髪は放っておいてもキラキラ輝くし、放っておいてもサラサラ靡(なび)くのだ。教育実習のためにバッサリカットしたって言うけど、キラキラもサラサラも少しも変わらない。今日は色鉛筆でデッサンするワケじゃないけど、もし色鉛筆を用いるとしたら、髪を描く鉛筆の色は『あの色』しか考えられない。

 

もしかしたら現在(イマ)の愛はノーメイクなのかもしれない。『人物デッサンの対象になる意識が薄いのかも』と思う一方で、『これが『いつも通り』なのかもしれない』と嘆きのような思いも抱いてしまう。

つまり、メイクなんて一切しなくても、愛の顔は自ずから輝きを放ちまくっているのだ。

わたしが通っていた高校では、「映(は)える」メイクのやり方を模索する女子が結構いた。愛が通っていた女子校高等部の事情は分からない。でも、これだけは確信できる。愛は女子校卒業まで「お化粧」などという概念に全く無頓着かつ無関係で、その無頓着と無関係を現在(イマ)に至るまで押し通している。

どういうコトなんだろうか。漫画の世界の中から出てきた美少女キャラクターなんだろうか。……いや、現年齢22歳なんだから、「美少女」という形容はちょっと違う。「美女」になったのだ、眼の前の椅子の愛は。これから先、どこまで「美女」であり続けるんだろう。いわゆる『美魔女』に進化する可能性は120%を超えていると思う。

 

放っておいても潤いがある。そんな肌だ。

ノーメイクなのにこんなに潤っている理由が全く分からない。謎を通り越している。やっぱり、自分自身に『魔法』をかけて潤いを迸(ほとばし)らせているんでは無かろうか? 保湿のメカニズムを真剣に知りたい。

アツマさんの妹さんであり愛の妹分でもあるあすかちゃん。あすかちゃんだったら愛よりも保湿に関心があるはずだ。でも、たとえあすかちゃんが保湿に関するアドバイスを愛に対してしているとしても、アドバイスされた本人はたぶん適当に聞き流している。

わたしには流石に、肌の潤いぐらいまでもデッサンできるような能力は無い。鉛筆をスケッチブックに走らせながら、密着するほどの至近距離でも無いのに伝わってくる肌の潤いに苦笑してしまうだけだ。

 

鉛筆を走らせる手をいったん止める。愛の方から見えないようにスケッチブックで顔を隠して溜め息をつき、それから再び顔を晒して、今度は下半身方面に視線を当てていく。同性なのだし親友なのだ。上半身ではない方に注目したって許される。

愛はいつも言っている。

『わたし、ずーっと嫉妬してるのよ。何に嫉妬してるかっていうと、あなたの脚の長さに。侑、あなたの身長は160センチか161センチってとこでしょ? わたしとほとんど同一の身長なのに、どうしてそんなにジーンズが似合うのよ』

ボトムスに小細工を施すのが面倒くさいからジーンズばかり買っているんだけど、そのコトは愛にはまだ伝えていない。

それに、愛が強調するほど、自分の脚の長さに魅力があるとも思えない。そもそも、愛が思っているよりも、互いの脚の長さに格差は存在していないと思う。つまりは愛の思い込みの面が大きいのだ。

丈が長めのスカートに包まれた愛の脚はキレイで可愛い。『わたしからも嫉妬してあげるわ』と言ってやりたいぐらい。

スカートの柔らかい感じならば鉛筆でも表現できるから、時間をかけて描(えが)いてあげるコトにする。