淹れたてのコーヒーがテーブル上に2人分置かれている。お邸(やしき)初来訪の城(じょう)ミアちゃんをもてなすためにわたしが淹れたコーヒーだ。
ミアちゃんは天井を見上げながら、
「広いねえ。想像以上」
とコメントする。
お邸の中で最も広大な「リビングA(仮)」にいるのだ。「想像以上」とコメントされるのも予想通りだった。
さて、ミアちゃんは、ミアちゃんから見て右斜め前のソファに腰掛けるわたしに向き直ったかと思えば、
「アツマさんは不在なの? 愛ちゃん言ってたよね、このお邸(うち)に一緒に『プチ帰省』するって」
やっぱり突っついてきたかーっ。
わたしは即座に正直に、
「ごめんなさい、『10キロ走ってくる』って言って出て行っちゃったから、今は不在なの」
と答える。
ミアちゃんは満面の笑みで、
「スポーツマンなんだねえ」
わたしも楽しさを声に籠めて、
「そうよスポーツマンなのよ。唯一の取り柄なのよ」
ミアちゃんは満面の明るい苦笑いで、
「『唯一』なんて可哀想だよお」
わたしはなおも楽しさを声に籠めて、
「たしかにね。だけど、彼に辛口になるのも『愛』の証なのよ」
× × ×
アツマくんの難点を列挙していたら、ミアちゃんがついに吹き出してしまった。
こうでなくっちゃ……と思ったりしていたら、誰かの足音が近づく気配が感じられた。
あすかちゃん以外にありえない。あすかちゃんの足音ならば熟知している。2階の自分の部屋から「リビングA(仮)」に下りてきたのだ。
わたしは緊張感を持たざるを得なかった。
なぜか。
先月のコトだった。わたしの大学の文学部キャンパスをあすかちゃんを連れて歩いていたら、ミアちゃんとバッタリ出会った。ミアちゃんと初対面のあすかちゃんの様子を窺(うかが)ったら、何だかピリピリしたような空気があすかちゃんから発せられていたからドッキリしてしまった。
『それ以来』の顔合わせだった。
ミアちゃんについての印象や感想や評価を聞く勇気が無かった。聞かないままズルズル引っ張ったのはわたしの落ち度だ。あらためて自覚する自分の落ち度によって背中の緊張感が増してゆく。
「おねーさん」
わたしの間近に立ったあすかちゃんが背後から呼び掛けてきて、
「わたし、おねーさんの左隣に座りたいので、スペース作ってもらってもいいですか?」
予想外の積極性に驚くわたしがいた。つまり、もう少し右に寄ってくれというコトだ。
そう要求するというコトはすなわち、わたしよりも近い距離でミアちゃんに向かいたいというコト。
「わかったわ」
持続する驚きの中で了解を示し、スペースを右に寄って作ってあげたら、わたしの妹分は驚くほどの俊敏さでそのスペースに着座した。
着座してから1秒後に、
「おはようございまーす」
と妹分の彼女はミアちゃんに明るさいっぱいの挨拶をして、
「今日と明日の2日間、よろしくおねがいしまーす♫」
とミアちゃんに軽やかに言うのだった……。
× × ×
オトナなあすかちゃんだったというか、なんというか。
嫌悪感は最初から無かったのかも。……そうよね、たぶん無かったのよね。
嫉妬ならば、たぶんあった。『しばしば行動をともにするようになった同学年(5年生)の女友達』が、ほとんど崇拝に近い敬慕(けいぼ)の対象だったわたしに出来てしまったのだから。わたしを激しく慕うあすかちゃんだから、ミアちゃんの存在を受け入れにくくて妬いてしまった。
でも、ジェラシーは最初だけ。すぐに薄らいで和らいだ。
だから、明るさいっぱいの挨拶だってできるし、「よろしくおねがいしまーす♫」と軽やかに言うコトだってできる。
「杞憂(きゆう)」の漢字2文字がピタリと当てはまっていた。
× × ×
洗い場でも浴槽の中でも、わたしよりもミアちゃんに近い場所にいたあすかちゃんが、畳部屋に真っ先に駆け込んでいく。
入浴の前に敷いておいた3つの布団。3つの内の真ん中にあすかちゃんはダイブする。
俊敏に、うつ伏せから仰向けになって、
「わたしが真ん中なのは譲れませんよ」
苦笑のわたしは、あすかちゃんを見下ろしながら、
「どうして真ん中に寝るのにこだわるの?」
「平等に寄り添いたいんです、おねーさんとミアさんに」
そんな答えをあすかちゃんが発したら、
「嬉しいコト言ってくれるねえ。そういうコトバ、わたしは大好物なんだ」
と言って、ミアちゃんもあすかちゃんに歩み寄ってきた。
あすかちゃんの横の布団に立ち、
「今夜はどーぞよろしくね」
と言ったかと思うと、わたしの新たなる親友女子は腰を下ろしてわたしの長年の妹分に躙(にじ)り寄り、洗い上げたばかりの長い黒髪を手櫛で整えてから、
「眠っちゃう前におしゃべりがしたいな。あすかちゃんと愛ちゃんのこれまでの◯◯なコトとか◯◯なコトとか……」
「その◯◯には何が入るんですか~~?」
ミアちゃん方面に顔を即座に向けて訊くあすかちゃんに、
「そりゃー、電気消してからの『おたのしみ』だよっ☆」
と、ミアちゃんが、決めゼリフを。