ノートPCのモニターに映る北崎(きたざき)サラさんは既視感のある格好だ。ショートパンツに半袖Tシャツ。去年の秋にモニター通話した時もこんな格好だったと思う。Tシャツが半袖だったかどうかまでは憶えていないけど。
既視感のあるショートパンツから長く脚が伸びている。長く脚が伸びているのにも既視感があるからか、本当は気にしたらイケないんだろうけど、気になってしまい、自(おの)ずから目線が寄っていってしまう。
『おー』
去年の秋より髪が短くなったと思われる北崎さんがいきなり声を発し、
『黒柳(くろやなぎ)の目線、まるでセクハラオヤジみたいじゃん』
と痛烈なコトバをぼくに投じてくる。
『なぎさぁ。あんたの躾(しつけ)が足りてないんじゃないのぉ?』
ニヤニヤとした表情になりながら、北崎さんは、四角いテーブルを挟んでぼくの向かい側に居る板東(ばんどう)なぎささんに問う。
半分以上は『からかい』の問い掛け。これに対して、ぼくのパートナーたるなぎささんが、
「足りてなかったかもね」
と応(こた)えてから、
「だけど、巧(たくみ)くんは今は視線をサラちゃんから外してるから、赦(ゆる)してあげて?」
と、ぼくのタジタジぶりを面白がってる風な表情になりつつ、一応弁護してくれる。
× × ×
なぎささんと北崎さんが互いの進路について話している。なぎささんは就職活動のコトを、北崎さんは大学院進学のコトを。
「自分で言うのもアレだけど、アナウンス技術なら、キー局アナウンサーの水準に達してると思うの。でも、なんてったってキー局なんだから、アナウンサー採用には技術以外の要素の方が大きく絡んでくるでしょ?」
一貫してアナウンサー志望であるなぎささんの語りを耳に入れつつ、ぼくは、進路のコトとは全く関係の無いコトを考えている。
それは、北崎さんにまつわる◯◯だ。
『セクハラオヤジ的目線』とぼくを攻め立てる北崎さん。躾(しつけ)が足りていないから『セクハラオヤジ的目線』になる……そんな風に、ぼくのパートナーに対してからかい混じりの指摘をする北崎さん。
大学4年生になる直前になっても、『構図』が高校入学当初から変わっていない。『構図』とはつまり、『ぼくに対して北崎さんが圧倒的優位である』という構図だ。
踏みつけてくるように北崎さんはぼくをイジメてくる。高校卒業間際にぼくとなぎささんが交際し始めてからは、踏みつけに『爆笑しながら』という要素が加わった。要するに年々(ねんねん)、ぼくに対するイジメの度合いがエスカレートしているのだ。
『北海道の放送局は受けないの~? なぎさ~』
具体的な局名を挙げてぼくのパートナーに尋ねる、モニターの向こうの北海道在住の彼女。
彼女の半袖Tシャツには、特急列車のヘッドマークのようなイラストが大きく描かれており、ヘッドマークっぽいイラストの中には『北斗星』という文字が描かれている。
『あっ!! 黒柳の目線がまた変態オヤジっぽくなってる』
北崎さんに再度、痛烈なコトバを浴びせられてしまった。
カラダが一瞬強張(こわば)る。
しかし。
去年の秋とは一味違うぼくは、強張(こわば)りを直(ただ)ちにほぐして、深呼吸などするコト無く、カラダとココロを今日いちばんの落ち着きに持っていくコトを成し遂げる。
『……く、くろやなぎ?? あんた、なんだか、あっという間に別人みたいな姿勢と顔つきに……』
今年に入ってからいちばん整ったココロとカラダで、四角いテーブルの向かい側のなぎささんと微笑み合っているぼくが居た。
ゆっくりと、着実に、ぼくは息を吸い上げて、
「ぼく、北崎さんに、ずーっと訊いてみたいコトがあったんだよ」
右サイドのノートPCが完全に沈黙する。
北崎さんを閉じ込めたノートPCの沈黙を味わい切ってから、
「北崎さん。北海道(そっち)の親戚の男の子とは、どうなの?」
と、決定的な問い掛けを、炸裂させる。
落ち着きを保ったまま、モニターを横目でちらりと見る。
北崎サラさんは固まっていた。ただ固まるのではなく、度を越して固まっていた。ガチガチのレベルが明らかに120%を超えていた。
ショートパンツでも半袖Tシャツでもなく顔に視線を当ててみる。
弱々しい。やはり、度を越すぐらいに。こんな北崎さんの弱々しさは、いつ以来だろうか? ……おそらく、高3の共通試験でしくじって、北大合格に黄信号が灯(とも)りかけた時以来だろう。
弱々しいのを長く見続けないように配慮して、向かい側のパートナーに視線を戻す。それから、左腕で頬杖をつき、眼前(がんぜん)のパートナーとまた微笑み合う。
――北崎さんが喚(わめ)きまくり始めるのが、BGMになっていく。